7 オムの決意
ALCOは反ラバースを掲げるテロ組織である。
主な活動は電波放送へ介入して世間に反ラバースを呼び掛けること。
SHIP能力者保護に横やりを入れてくることもある。
アミティエなどの能力者組織から見れば明確な敵である。
しかしチカは「当然だろう」と言いたげに鷹揚に頷いた。
「別におかしいことじゃないでしょ。っていうか、あの人たちも私らと同じだし。むしろSHIP能力者についての理解はもっと深いはずだよ。なにせ主要メンバーは『あの街』からの数少ない生還者なんだし」
「……!」
「彼女たちもね、被害者なんだよ。ラバースの」
またも常識が崩れていく。
俺たちは騙されていたのか?
最初から、生まれた時からずっと……
「でね、話を元に戻すね」
オムの葛藤とは裏腹に明るく甲高いチカの声。
彼女の声に強制的に意識を引き戻される。
「これだけの戦力があっても、やっぱりアミティエと正面からやり合うのは不安なんだ。だからオムちゃんと第四班の部下たちには情報提供と撹乱をやってもらおうと思ってる」
「情報提供と、撹乱?」
「この≪白き石の鎧≫はアイティエ第二班班長テンマの能力に匹敵か、もしかすると上回るくらいの戦闘力がある。だけど、それ以上の力を持つ相手に各個撃破されるのは避けたいのよね」
「ショウか」
アミティエ第一班班長ショウ。
アミティエのみならず、日本中に一〇ある能力者組織に所属するすべての能力者の中でも最強と名高い男だ。
あの自尊心が強いテンマやアオイでさえショウに対しては自分勝手な行動を咎めることはない。
オムも彼には強い尊敬と好感の念を持っている。
シンクと並んで裏切りたくない人物だ。
「それともう一人。上海の龍童、陸夏蓮」
チカは言葉を続ける。
「現状でとにかくヤバイのはこの二人ね。こいつらと戦う時は最低でも三体同時に当たりたい。理想を言えば、そんな状況になる前にフレンズ社を占拠したいところなんだけど。そのためには向こう側の情報をできるだけ正確に手に入れて、ギリギリまで引き付けてくれる仲間が必要なのよ」
オムはもうハッキリとわかっていた。
こいつらが求めているのは第四班の戦力ではない。
アミティエから裏切り者を出すことで、向こう側の動揺を誘いたいのだ。
普段ならふざけるなと即座に切り捨てていたことだろう。
今日の出来事を他の班にも知らせて総勢でこの裏切り者を叩き潰す。
そういう真っ当な判断を行っていたはずだ。
しかし今のオムは真実を知った。
知ってしまった。
その上、こうして戦法次第では勝機まで見出している。
仮に勝てないとしても、揺れ動き始めたこの心はもはや――
「さ、どうする? あたしたちについて一緒にラバースを潰す? それとも負けるのを承知でこいつらと遊んでみる?」
いつの間にかさっきまで路地にいたポシビリテメンバーたちがオムの周囲を取り囲んでいた。
トートバックに手を入れたチカはその中で真っ白なジョイストーンの感触を確かめているだろう。
最後の最後でこの脅しとはたいしたものだ。
だが、その行為はすでに不要だということも彼女はよくわかっているようだ。
※
シンクは愛車のCB400SFで移動していた。
湘南日野の住宅街を南方向から抜け、環状三号線を超えると、大きな下り坂がある。
左右を学校に挟まれ、正面の景色は初冬でも青々とした山々が広がっていた。
山中を切り開いた丘陵地の住宅街を夕暮れの日差しが照らしている。
坂を下りきった環状四号線の丁字路を左に。
やや田舎びた雰囲気の道を少し進み、途中で右折。
坂を上った先には小奇麗な住宅街の町並みが広がっていた。
周囲に駅はなく、中心部にデパートがあるくらいで人通りも少ない。
中学時代の友人……というか、かつてのケンカ相手が多く住んでいる地域である。
この先の道はどこにも通じていないので、シンクが実際に訪れるのはおよそ一年ぶりくらいだ。
やってきた理由は亮に呼び出されたからである。
話があるから家まで来てくれと言われた。
現在住んでいるのは実家ではなく、一人でこの辺りのアパートに住んでいるらしい。
あのおっかない屋敷に招待されなかったのは幸いだが、わざわざ呼びつけて何の用だろう。
何かしら用事があるならまずは内容を言えと言っても「直接会って話したい」の一点張りだった。
まあ、都合が良かったし別に構わない。
と言うのも面倒な班会議をサボる口実ができたからだ。
第三班は定期的にいつのも場所で会議を行っている。
何人かが意見を出し合って改善提案を行うだけ。
重要ではない班員同士のなれ合い会議だ。
シンクはいままで一度もまともな発言をしたことがない。
何か新しい約束が決まっても実戦になればほとんど現場の裁量で判断する。
わざわざ堅苦しいルールに従うつもりもないので、正直言って意味がないと思っている。
とはいえ用もなくサボるとひまわり先輩やマナ先輩あたりがうるさい。
ちょうどいい口実を作ってくれた亮には感謝しているくらいだ。
他班の班長との個人的面会なら他人に止める権利はない。
シンクは亮の住んでいるアパートを知らなかった。
だから近くのデパート付近で待ち合わせする約束になっている。
適当にバイクを停めて、自販機でコーラを買って公園のベンチに腰掛ける。
約束の時間は六時。
少し早く着いたようで、あと五分ほどある。
呼んだ方が早めに来ておけよと内心で毒づきながら道行く人を眺めて待った。
すぐ近くに学校があるせいか学生が多い。
たわいもない話で盛り上がっている学ラン姿の男子生徒たち。
シンクは以前にこの近くの団地で大乱闘を繰り広げたことを思い出して軽く自嘲した。
そのまま待つことしばし。
気がつけば約束の時間を五分過ぎている。
「何やってんだ、亮のやつ」
自分で時間を指定しておいて遅刻とは。
これは罰として夕飯でも奢らせてやらなきゃな。
そんなことを考えながら携帯端末を取り出すと、急に着信音が鳴った。
亮かと思ったが、表示されている名前はツヨシのものだった。
「なんだよ」
通話ボタンを押してぶっきらぼうに答える。
『あ、シンクさんおはよっす』
「もう夕方だよ。何の用だ」
亮に連絡を入れようと思っていた所を邪魔された形になり、シンクはやや苛立った声で応える。
『なんで怒ってるんですか。ちょっと伝言を頼みたいんですけど』
「誰に何の伝言だ?」
『今日の班会議、一時間くらい遅れるってアオイさんに言っておいてください』
携帯端末越しに雑踏が聞こえる。
ツヨシはどこかの駅前にいるようだ。
「残念だったな、俺も今日の会議は休みだ。外せない用事があってな」
『えーっ、マジすか』
「っていうかなんで俺に連絡するんだよ。ちょくせつひま……班長に言えばいいだろ」
『だってアオイさん怖いんですもん』
その気持ちはわからないではないが、取り次ぎを頼まれたシンクが代わりにひまわり先輩の怒りを受けることへの配慮はないのだろうか。
「とにかく伝言頼むならアテナさんかその辺に……なんだ、うるせえな」
通話口の向こうから複数のエンジンの大音量が聞こえてくる。
『ああ、すんません。なんかバイクの大群が後ろを通ってまして』
そう言うツヨシの声もほとんど聞こえなくなった。
静かになるまで待ってやる義理もない。
シンクは一方的に通話を切った。
その直後、今度こそ亮からの電話が入る。
『どうした? なかなか繋がらなかったぞ』
「メンバーと話してたんだよ。それよりお前なに遅刻してんだよ。晩飯奢らせるぞ」
『すまない、電車が途中で止まってまだ新大船駅に着いたばかりなんだ。悪いがあと三十分ほど待ってくれ』
マジかよ、とシンクは顔をしかめる。
『本当にすまん。詫びにラーメンを奢るよ。近くに上手い中華料理屋があるんだ』
「チャーハンもつけろ」
シンクがそう言うと、電話の向こうの亮がフッと笑った。
『できるだけ急ぐよ。といってもバス頼みだからどうにもならないけど』
「わかった。んじゃ近くまで来たらまた連絡してくれ」
通話を切り、シンクは呆然と頭上の空を眺めた。
東の空はすでに蒼く染まり、夜の帳が降りかけている。
「暇だ……」
ボーっとしていても仕方ないので、デパートの中に入ってブラブラすることにした。
立ち読みができる本屋でもあればいいのだが。




