4 特異点の男
街の伝説として恐れられる、特異点の男。
彼は手当たり次第に何人もの女性に自分の子を産ませていた。
それだけでも十分に不愉快な存在であるが、本当の問題は倫理的な話ではない。
「腹違いの兄弟が推定で一万人以上もいるって話だから恐れ入るぜ。本来はSHIP能力者なんて、何十年かに一度生まれる稀少な存在なのにな」
国家を救った英雄が、革命を起こした指導者が、あるいはとてつもない記録を残した大犯罪者が、はたまた天才と呼ばれた発明家がそうであったように、SHIP能力者とは歴史に稀に現れる『特殊な人間』だった。
宗教的に言えば神に選ばれた者。
生物学的に言えば突然変異か。
特異点の男もそういう特殊な存在だったのだろう。
ただし、彼は一代だけの例外では終わらなかった。
彼は『自分の血を分けた者にSHIP能力を芽生えさせる』力を持っていたのである。
「いやあ、でも惜しかったね。もう十年くらいその調子で子孫を増やしまくっていれば、半世紀後には旧人類は駆逐されて、世界は俺たち兄弟の天下になってたかもしれないのにな。あ、三世代目以降もSHIP能力が受け継がれるかどうかはまだわからないんだっけ?」
「そのような危険思想が芽生える恐れがあるから俺たちはSHIP能力者を保護しなければならんのだ。この国の秩序と平和のために、何よりも自分ではもてあます力に目覚めてしまったSHIP能力者自身のために――」
「あっはっは!」
「何がおかしい!」
精一杯の皮肉を込めて批判をしたつもりだったが、ダイキの嘲笑にオムは激昂してしまう。
「いやあ、ごめんごめん。バカにするつもりはないんだよ。うん。そりゃあんた達ならそう言うよな」
並の人間なら強面の外見に怯える。
アミティエの人間ならその力を知って畏れる。
オムに怒鳴られて平然としていられる者はそう多くない。
しかしダイキはまるで動じていない。
ニヤニヤ笑う姿はどこかオムを憐れんでいるようにも見える。
まるで何も知らない幼子の癇癪を宥めるみたいに。
「まあ、詳しくは中で聞いてくれよ。うちらのリーダーからさ」
気がつけばダイキの足は止まっていた。
二人の前には路地裏の寂れた喫茶店がある。
ここが恐らくはポシビリテのアジトなのだろう。
オムは腹を決めた。
ここまで来たらリーダーとやらと話をつけねば気が済まない。
たとえ、暴力に訴える結果になろうとも。
※
「胸糞悪い話だな」
シンクは特異点の男に関する話の感想を率直に述べた。
それ以外に言うべき言葉が見当たらない。
初代タイタンズを潰した伝説の男の話は中学生時代に噂で聞いて知っていた。
だがそいつが最初のSHIP能力者で、しかも洗脳のような力で次々と女を手籠めにしては能力者の素質を持つ子供を産ませていたとは知らなかった。
「同感ね。過去の話とは言え、自分がその時代に生まれていたらと思うとゾッとするわ」
ひまわり先輩も話して気分が悪くなったようだ。
珍しく眉根を寄せてわかりやすい苛立ちの表情をしている。
女性として、その男に対して感じる嫌悪感はシンクの比ではないだろう。
「つーことは、俺たちが保護してるSHIP能力者もある意味じゃそいつの被害者なんだな」
「乱暴に扱ってきたことを反省した?」
「まあちょっとは。でも放っておくわけにはいかないんだろ」
「その通りね。まだ第三世代の存在は確認されていないけれど、例えば爆発的にSHIP能力者が増えて、既存の人類と敵対するなんてことは絶対にあってはならないわ。あなたも知っているでしょう。強い力と憎しみは人格を容易く歪めるって」
保護したSHIP能力者の中に、大人しく捕まった人間なんてほとんどいない。
自由を諦めて監視の下でアミティエに参加するならマシな方。
抵抗せずに降った者なんて五人に満たない。
ましてや進んで自分の持つ力を消してもらいたいと申し出た人間など皆無である。
「レンもなのか……」
最強のSHIP能力者と呼ばれるレン。
彼も特異点の男によってこの世に生み出されたのか。
そう考えると気が沈むが、ひまわり先輩はあっさりと否定した。
「彼は違うわよ。というか彼は厳密には他のSHIP能力者とは異なるわ」
「は?」
「あなたがコピーできた時点で気付くべきだったのだけど、どちらかと言えばJOYインプラントに近いのよ。少なくとも天然のSHIP能力者でないのは確実ね。上海支社の技術は失われているから詳しくは調べられないのだけれど」
「そ、そうか」
不幸中の幸いと言うべきか?
シンクはあの幼い少年が変態野郎の犠牲者ではないことに安堵した。
それが表情に出て見えたのか、ひまわり先輩がニヤニヤしながら気持ちの悪い質問をしてくる。
「なあに。同衾しているうちに情が移ったの?」
「違えよ馬鹿。これまで散々辛い目に合ってきたアイツにこれ以上過去で苦しませるのは嫌だってだけだ。っていうか布団は別々だ」
本当は時々夜中に潜り込んでくるのだが。
寝相が悪いふりして蹴り出していることは言わないでおく。
「それも同感ね。私としてもあんな子どもをいつまでも闘い続けさせるのは望むところではないわ」
「意外だな、使える奴はなんでも利用したがるもんだと思ってたぜ」
「フレンズ社は……というかラバースコンツェルンはそうでしょう。でも私個人の感情は別よ。組織の一員としては会社の方針に従うけれど、思想まで染められたわけじゃないわ」
「へえ」
シンクは少しひまわり先輩を見直した。
第三班の班長という立場に加え傘下企業への就職も内定済み。
ラバース本社への出向もしている彼女は大人としての振る舞いを求められるだろう。
それでも心まで冷酷になったわけではないのだ。
「個人的には紗雪を巡るライバルだから消えて欲しいけど」
何か呟いてた気がするがたぶん気のせいだろう。
アパートをかけ上がってくる足音にかき消されて聞こえなかったことにしよう。
「ただいまー!」
元気な声と共に帰ってきたレンがドアを開ける。
「シンくんただいま。アオイさまもこんにちは」
「おう」
「お邪魔してるわよ」
「ぼくこれからタクトたちと遊びに出かけようと思ってるんだけど」
「九時前までには帰れよ」
シンクはいつものように答えるが、レンは心配そうにひまわり先輩の様子を伺った。
「あの、えっと……」
「構わないわよ。今日はあなたに用があるわけじゃないし」
「ありがとう。じゃあ、いってきます!」
レンは嬉しそうにカバンを置くと、元気よく叫んで出かけて行った。
「いいのか? レンに用事があったんだろ」
「様子を見に来ただけって言ったでしょう。元気な姿を見られたら心配ないわよ。学校でも上手くやっているようね」
「最初は不安だったけどな。いい友達に恵まれたみたいだ」
以前のレンを思えば中学で同年代の友人と普通に学校生活を送っていること自体が信じられない。
でも平和な生活を知らなかっただけで、本当はまだ子どもと言っていい年齢なのだ。
上海の龍童なんて言われていても、争いがなければこんなものなのかもしれない。
戦い以外の価値観を教えてくれたひまわり先輩には感謝したいところだ。
毎晩ひっつかれるたび余計なことを教えやがってとも思ってるが。
「口の悪い大人は私たちJOY使いをラバースの私兵だとか実験体だとか言うけれどね」
レンが出て行った後の開けっ放しのドアを眺めながら、ひまわり先輩は独り言のように呟いた。
「特異点の男が残したSHIP能力者。彼みたいな企業の犠牲者。そして鎌倉の件のような世間に知られるべきでない災いから人々の平和を守るため、私たち能力者組織は存在するのよ」
「何だよ急に真面目な話して。熱でもあるんじゃないのか?」
シンクはひまわり先輩の額に掌を当てる。
さすがに茶化し過ぎてキレられるかと身構えたが、彼女はむしろ穏やかにニコリと微笑んだ。
「心配してくれてありがとう、私は元気よ。ただ、あなた達にも自分たちのしていることが立派な誇り高い仕事だって思っていて欲しいのよ」
本当に今日のひまわり先輩には調子を狂わされる。
からかったシンクの方が赤くなって、触れていた掌をひっこめてしまうくらいに。




