7 もう一つの謝罪
夕食を食べ終わり、雑誌を読みながらゴロゴロしてるうちに、うたた寝をしてしまった。
寝る前にはなかったタオルケットが肩にかかっている。
レンが掛けてくれたのだろうか。
「おーい、レン。いるか?」
返事はない。
眠りに落ちる前の記憶を思い出す。
たしかレンはアニメを見ていたはずだがテレビの電源は消えている。
隣の部屋で寝ているのかと思ったがそちらにもいない。
出かけているのだろうか?
一人でどこに?
一抹の不安を感じながらも、レンなら心配があるはずもないと思い込もうとする。
あいつをどうにかできる人間なんてそれこそ班長クラスの能力者くらいしか――
「……あいつ、まさか」
シンクは部屋の隅に視線を向けた。
そこにはバイクと一緒に購入したノートパソコンがある。
普段はほとんど置物と化しているが、明らかに最近使われた痕跡があった。
ネットに繋いでブラウザを開く。
自動的に開いたページは電車の乗り換え案内だった。
電源を落とすのももどかしく、シンクはバイクのキーだけを手にマンションを飛び出した。
※
神奈川県の北西部、多摩川を渡ればすぐ東京という立地。
川崎市の中心街であるこの近辺は県下最大の繁華街である。
この街には裏の姿も多い。
日が暮れてからもメインストリートには家族づれや若い少年少女の姿が絶えない。
一方、裏道に入れば、浮浪者、客引き、獲物を求めて徘徊する犯罪者の姿。
そして飢狼のように血の気の多い若者たちの姿がそこら中に見える。
駅東口の歓楽街にその店はあった。
一見すると金持ち御用達の高級クラブのようである。
無関係な一般客が入ろうとしても門前払いを食らう店。
いくら金を積んでも、会員でない限りは足を踏み入れることはできない。
仮に何かの間違いで店中に一般人が足を踏み入れたら、想像と乖離した中の様子に驚くだろう。
店内の平均年齢は異常に若い。
それも資産家の道楽息子の類は一人もいない。
どこにでもいそうな不良少年や派手な化粧の少女たちばかりである。
激しい音楽に合わせて踊り、酒を飲んでは大声を出す。
高級クラブというよりは単なる若者のたまり場の様であった。
異常なのは、少年少女たちの中に煙のように姿を消したり、指先から出した炎でタバコに火をつけたり、低い天井にぶら下がって曲芸のように天井を移動したりする者がいることである。
ここはアミティエ第二班の溜まり場。
正確にはその母体である少年グループ、ブラックペガサスの本拠地である。
一応、第二班の本来の拠点は南橘樹市となっている。
だが元々が川崎市の少年グループだったブラックペガサスが中心となったため、今では完全にこの街をホームとしていた。
第三班は久良岐市をホームに横須賀や三浦を、第四班は戸塚市をホームに鎌倉と藤沢の一部を担当しているが、こちらは完全に本来の拠点の外にホームを移しているパターンである。
と言っても南橘樹市まではわずかひと駅である。
ブラックペガサスは総長のテンマを中心に纏まりの強いチームだ。
今の川崎は湘南地区のように複数のグループが勢力を争っているということはない。
かつて二度あった総長の敗北という危機の後にも変わらず、ブラックペガサスはしっかり統制が執れていた。
毎晩のようにこうして店に集まってはバカ騒ぎしたり、総長の気まぐれで街を爆走したりと、好き勝手に青春を謳歌している。
だが、今日は少しばかり様子が違っていた。
やかましいくらいに流れるロックミュージックは普段と変わりはない。
しかし店に集まったグループメンバーたちの陽気な話し声はほとんど聞こえなかった。
総長が命令を出したわけでもないのに誰もが私語を慎み、視線をある一点に集中させている。
店の最奥部にあるキングサイズのソファはテンマの指定席である。
彼はいつものようにそこに腰掛け、目の前のテーブルに複数のカクテルを並べている。
普段は左右に気に入った女を侍らせ、日替わりに同席を許されたメンバーが斜向かいにいるのだが、今日は周囲にそれらの姿はない。
代わりにテーブルを挟んだ場所に一人の少年が立っていた。
チームの人間たちの視線はそのたった一人の少年に注がれている。
県下最大の不良グループの本拠地に乗り込み、何をしたわけでもないのに店中に緊張を強いている少年。
かつて総長の背に埃を付けた二人目の人物である。
テンマは視線だけで射殺せそうなほど憎しみのこもった目で少年を睨みつけていた。
「もう一回言ってみろ、龍童」
上海の龍童こと陸夏蓮。
先日の事件でアミティエ第二班が総勢で当たっても勝てなかった化け物だ。
作戦に参加していなかった非能力者のブラックペガサスメンバーも、この悪鬼のような少年の姿は夢に見るほどである。
子どものような、それも幼い少女のような容貌。
だが彼を侮る人間はこの店には一人もいない。
「はい。ぼくはあなた達にひどいことをしました。お詫びにあなた達の気が済むように、ぼくを罰してください」
微妙にたどたどしい日本語だが、言わんとしている意味はハッキリとわかる。
それがどれほどあり得ない発言であるのかもテンマには理解できる。
「今の状況をよく見ろ。能力で治療は受けているとはいえ、普通なら一生モノの傷を負った奴もいる。お前に恨みを持ってる人間は一人や二人じゃきかねえぞ」
実際、いくらテンマでもメンバー全員が暴徒と化せば、止めることは不可能だ。
正当な恨みを持つ者たちが怒り暴れることを止めさせる理由も存在しない。
ところが、怖いもの知らずのはずのブラックペガサスのメンバーたちは誰も率先して動こうとはしない。
この少年が本気になれば自分たちの怒りなどものともせずにあっさり潰されるだろう。
それがわかっているから少年の言葉の真偽を確かめずにはいられない。
仮に謝罪が嘘だった場合は最悪だ。
いまこの店には非能力者の末端構成員も多くいる。
この少年の息の根を止める前にほとんどの人間が返り撃ちになれば、今度こそブラックペガサスは終わりだ。
少年の言葉の真意が判別ができない。
いや、普通に考えれば自殺志願も同然の発言をまともに受けることはできない。
もし今は本気で言っているとしても、過剰な私刑により命の危険が迫ったことで気が変わらないとも限らない。
結局、メンバーたちは無言を貫いた。
すべての決断を総長に任せているのだ。
テンマは考える。
陸夏蓮に対する恨みはもちろんある。
だが、それはチームの仲間を傷つけられたことが最大の理由だ。
個人の話をすれば、敵対そのものがアミティエとしての作戦行動であったこと、絶対有利な条件からの完全敗北であったことなどから、いまさら復讐なんて言いだすつもりは全くない。
相手の謝意を理由にボコボコにして満足する?
それはチームの長として品位を問われる恥ずべき行為だ。
とはいえ、これは以前にタイマンでショウに挑んで負けた時と違う。
チームを背負っての敗北である以上、このまま何事もなく許しを与えるわけもいかない。
禍根を残さない。
仲間たちにも納得のいく形で責任をとらせる。
且つ、ブラックペガサスの総長として恥ずかしくないようにしなければならない。
「難しいなあ、おい……」
誰にも聞こえないよう小声でテンマは呟いた。
目の前では覚悟を決めた表情の少年がまっすぐこちらを見ている。
「あーもう、面倒くせえ」
テンマは頭をかきむしり、キングサイズのソファから立ち上がった。
そして、神奈川最大規模の少年グループの総長として号令を発した。
「場所を変えんぞ!」
店内にざわめき声が広がる中、テンマは親指を立てて陸夏蓮に移動を促す。
「ついてこい、龍童」
「はい」
少年は神妙に頷いた。




