6 クラスメートたち
「さて、このまま授業を始めるぞ。夏蓮は……そうだな、廊下側の後ろから二番目の席に座れ」
「えっ?」
廊下側の二番目の後といえば、いま輪が座っている席の真ん前だ。
こんな中途半端な位置が偶然空いているわけもなく、そこはちゃんと指定の生徒の席である。
「せ、先生。ここは拓……本田君の席なんですけど」
「実は夏蓮の席を用意するのを忘れてた。昼休みに持って来るから、それまで貸しておいてやれ。もし昼前に拓斗が来たら適当に立たせておくか、お前の席に半分座らせてやれ」
「なっ……」
周りからニヤニヤした視線の集中を受け輪は顔を赤くして黙ってしまう。
恥ずかしさを紛らわすため怒鳴り散らそうとしたが、気づけばレンが所在なさげに拓斗の席の前に立っていた。
「あの、座っても大丈夫ですか?」
「あ、う」
しまった、これでは彼のことを歓迎していないように受け取られてしまう。
別に拓斗の席に他の誰かが座るのが嫌なわけではない。
よく考えれば遅刻したあいつが悪いんだ。
「ご、ごめんね。どうぞ座って」
「はい。ありがとうございます」
丁寧におじぎをする清国人少年。
その仕草を見て取り乱しそうになった自分を恥じる。
改めて歓迎の意思を示すためにも輪は自分から自己紹介をしておいた。
「私は山羽輪。一応このクラスの学級委員長だから、困ったことがあったら何でも聞いてね」
「わかりました。よろしくお願いします」
なんて素直な良い子なんだろう。
しかしこうして間近で見ても本当に女の子にしか見えない。
体格は非常に小柄であり、制服さえ着ていなければ小学生でも通じるだろう。
「んじゃ、授業を始めるぞ」
数学担当である中村先生はそのまま一時間目の授業を開始した。
そういえば彼は教科書を持っていないんじゃないか?
「あ、レンくん……」
「ほら、教科書。どうせ持ってないんだろ」
「ありがとうございます」
輪が気づいて話しかけるより早く、隣の席の烈が机をくっつけて教科書を見せてあげていた。
烈は拓斗と同じ問題児のくせに成績はやたら良く、クラスで一番優秀な男子である。
もしレンが授業についていけなくても丁寧に教えてくれるだろう。
「鈴木烈だ。よろしくな、龍童」
「……あなたが監視の人ですか?」
「まあな。けど安心しろよ、俺は関係者ってだけで能力者でもなんでもない。あんたが大人しくしてればお互いの関係はただのクラスメートのままだ。中村も事情は知っているけど、いちいち上に報告したりはしないからよ」
なにやら小声で会話しているようだが、内容までは聞き取れない。
「烈、あんたレン君と知り合いなの?」
「いや。会うのは初めてだけど」
烈は椅子の背もたれに体重をかけ、後二本脚でバランスを取りながら言った。
「うちの兄貴がこいつの知り合いと同じクラブに入っててさ、話を聞いてみたら――」
その時だった。
「いやっはぁぁぁあああああ!」
バーン!
突然、教室の後ろの掃除ロッカーがものすごい勢いで開いた。
クラス中を震わせる大声と共に中から人が現れる。
「う、うわっ……痛ってえ!」
不安定な体勢でバランスを取っていた烈はそのまま後ろに倒れて輪の机に頭を打った。
だが、輪はそんなことに構っている余裕はなかった。
突然現れた声の主に対して例え様のない感情が渦巻いている。
ハッキリ言えば今にも爆発しそうな怒りである。
「あっはっはー! びっくりした、びっくりした? おはよざーっす! 呼ばれもせずに飛び出したオレ、宮ヶ谷中学一年六組本田ぼぐわあっ!?」
掃除ロッカーから飛び出したのは学ラン姿の少年であった。
レンと同じく不自然な水色の髪だが、ムラがあり染めていると一発でわかる。
彼は口上を最後まで上げることはなかった。
中村先生の放った日誌が回転しながら少年の喉を打ち、強制的に黙らせたからだ。
「おい拓斗……てめえ、俺の授業を邪魔するからには覚悟はできてるんだろうな」
「ごはっ、がはっ……ちょ、ちょっとソーイチ先生、マジこれは、死ぬって」
「死ね。クラスの平和のためだ」
輪が教室に来たのは誰よりも早い午前八時五分。
拓斗を起こしに行ってからすぐに学校に向ったので今朝は一番乗りであった。
その後は一度も教室を出ていないので、拓斗が後で登校して来たなら見落とすはずがない。
この状況が指し示す答えは一つ。
拓斗は母親に偽の伝言を頼み、輪よりも先に教室に来ていた。
そして一時間以上も掃除ロッカーの中に隠れ続けてこの時を待っていたということだ。
こんな下らない一発芸にどれだけ情熱をかけているのか。
考えると、もはや怒る気力すら失せてくる。
「ててて……」
喉を抑えながら、輪の幼馴染である本田拓斗は、レンの座っている彼本来の席に向かった。
「いよっす、転入生! レンっつったっけ? おれ、本田拓斗。そこの席の本当の持ち主」
「あ、ごめんね。いまどくから……」
「いいって、適当に立ってるから。っていうか間違いなく廊下行きだし」
「おう。わかってるならさっさとバケツに水を汲んで来やがれ」
「拓斗ォ! てめえ後で覚えておけよ!」
中村先生だけでなく、驚いて転んだ烈までも拓斗に恨みを込めた視線を送る。
当の拓斗は気にした風もなく笑顔で転入生に手を差し伸べた。
「これからよろしくな!」
※
シンクが学校から帰ると、美味しそうなカレーの匂いが出迎えた。
ドアを空けるとレンが「とたた……」と駆け寄ってくる。
「おかえりなさい! ご飯にする? お風呂にする? それとも」
「おう。いいから黙って着替えて来い」
思わず真顔で突っ込みを入れたのは、レンがフリルのついた白と黒のエプロンドレスを着ていたからだ。
いわゆるメイド服、それもご丁寧にカチューシャつきだ。
「シンくんが絶対に気に入るからってアオイ様がくれたんだけど、ダメだった?」
「気に入るとかいう以前の問題で……ああ、もういい。先に風呂入る」
「あ、だったらぼくがシンくんのお背中流してあげるよ!」
「いらない」
この上、スクール水着(女児用)とかを着用して来られたら目も当てられない。
風呂から上がって食卓につく。
カレーライスに野菜サラダ、手作りゼリーまである。
一口食べたカレーは良く煮込んであってめちゃくちゃ美味しかった。
「何時くらいに帰ってたんだ?」
「二時には戻ってきたよ」
「なんだよ。初日だし遊んでくればよかったのに」
やっぱりすぐに友達を作るのは難しいか。
まあ、まだ学校生活は始まったばかりだし、長い目で見ていけばいいか。
「友だちできたよ。レンと同じ色のタクトとか、監視のレツとか、イインチョーのリンとか。帰りに一緒に遊びに行こうって誘われた」
なんだ、意外と上手くやっているみたいだ。
「誘われたのに遊びに行かなかったのか?」
「今日はシンくんと一緒にいたかったの」
思わずスプーンを運ぶ手が止まる。
ストレートにそんなことを言われるといくらシンクでも恥ずかしい。
というか何が嫌かって、レンにこういう風に言われても別に気持ち悪いとか、そういう感情が全く湧いてこないことだ。
一般的な倫理観とアミティエの連中から冷たい眼で見られることを避けたいという思いを強く持たないといけない。
いや、別に少年に手を出すような趣味は全く持ち合わせていないのだが。
ちらりとレンの方を見る。
食卓にはシンクの分の食事しか用意されていない。
レンはさっきから頬杖をついてニコニコとこちらを眺めているばかりだ。
「お前は食わないのか?」
「うん。あ、ごめん。さっき一人で食べちゃったんだ」
「そうなのか」
腹が減っていないのなら別にいいんだが。
ともかく、そんな風に見られながらじゃ食べ辛いことこの上ない。
レンは夕食の用意や風呂の準備だけでなく、洗濯物の取り込みや掃除までやってくれていた。
懐かれるのは構わないが家政婦みたいに扱っているようでなんとなく心苦しい。
できればレンには普通の少年として暮らして欲しいのだ。
明日からは家事の役割分担をするよう提案してみよう。
共同生活もまだ二日目だし、これから少しずついろんなことを決めていけばいい。




