8 威信回復
「ゴアアアアアアっ!」
オムが咆哮を上げる。
その直前にシンクは動物的なカンで一瞬早く攻撃を止めた。
目の前が炎の色に包まれる。
即座に瞬間移動を行って緊急回避する。
移動地点を定める余裕もなく最大限後方へと逃げた。
移動後に見たのは迫る土塊を飲み込むほどの大爆発。
その衝撃波は三十メートル以上離れた場所に現れたシンクを爆風で吹き飛ばした。
轟音が遥か遠くにまで響く。
地面はクレーターのごとく抉れる。
もちろん頭上の土塊は塵となって消し飛んだ。
「はは、冗談じゃねえぞ……」
改めて班長クラスの能力者の恐ろしさを思い知った。
逃げるのが少し遅かったら跡形も残らず消し飛んでいただろう。
爆煙と土埃の中から地獄の鬼を思わせる立ち姿でオムが姿を現した。
「う、うおおおおっ!」
フェンスの傍で立ち上がったシンクは後方から聞こえてきた歓声を聞いた。
何事だと思って振り向くと、第四班の不良たちが熱狂していた。
「すげえ、すげえよオム班長!」
「半端じゃねえ! こんな力を今まで隠してたのか!」
「オムさん、やっちまえ! 紅蓮のシンクなんてぶち殺せぇ!」
シンクはうっすらと口元で笑みを浮かべた。
目を見張るほどのオムの力を目にした四班のメンバーたち。
彼らはもはや今までのような不遜な態度で彼に接することはないだろう。
元々が強者に弱く、心酔しやすい奴らなのだ。
さて、目的の大部分は達成できたわけだが……
後の問題は迫る悪鬼との決着をどのようにつけるかだ。
全力を引き出すためとはいえ、敵役を演じるための挑発をやり過ぎた。
大切にしたい仲間を傷つけられた怒りは簡単には収まらないだろう。
「新九郎ゥ……」
オムはゆっくりとこちらに近づいてくる。
服の裾が少しだけ焦げているが、基本的には無傷である。
その佇まいに大船駅で再会したかつての腰巾着の面影は微塵も見られなかった。
「よう亮。そろそろ終わりにするか」
唇の端を吊り上げ余裕の表情を作ってみせる。
が、もちろん勝って終わらせる自信など微塵もない。
かつてある強敵を打ち破った時みたく、相手の技を吸収して跳ね返すなんてことは不可能だろう。
勝機があるとすれば、冷気で炎をこじ開けて一撃を叩きこむくらいか。
シンクが覚悟を決めて両手の指を立て構えを取ると、
「……ありがとう」
聞き間違えではない。
オムの唇は確かにそう告げた。
――相変わらず甘い奴だ。
途中からオムは全部わかっていたんだろう。
まあ、ここで引くことができないのが班長の辛いところだ。
ならせめて奇麗に終わらせなきゃな。
「行くぞおっ!」
シンクが駆ける。
オムは拳を振り上げた。
※
「やったぜ、オム班長!」
「俺ァ信じてましたよ、あんたなら紅蓮のシンクをやってくれるって!」
「アンタは戸塚の英雄だ! 伝説の男の再来だ!」
決着がつくと同時に、第四班の不良たちがグラウンドになだれ込んで来た。
現金にも掌を返して口々に班長のオムを褒めたたえる不良たち。
そんな仲間たちにオムは力強さに溢れた笑みを向けた。
外見に似合わぬ優しさゆえ、あるいは彼を臆病者と謗っていた者もいた。
そんな奴も今日の戦いを見て心を入れ替えだろう。
その上でオムは彼らに命令する。
「お前たち」
「はっ、はい!」
不良たちはよく訓練された軍隊のように声をそろえた。
「今後、アミティエ内部での争いを全面的に禁止する。無論、他班に対してもだ。川崎に攻め込むという計画は班長権限で白紙とする」
「えっ、でも……」
「いいな」
「はいぃ!」
サングラス越しの眼力だけで口答えをしようとした湘南デストロイのヤスを黙らせる。
結局、こういうことなのだ。
己の意思を貫かないリーダーなど尊敬されるわけもない。
自分は班長なのだから、それを誇りと思い、二度と軽々しく他人に譲るなどと言いだすまい。
「オム班長! 紅蓮のシンクの姿がどこにも見当たりません!」
輪の外周部からそんな声が聞こえてきた。
その報告を聞いて安堵したことを悟らせないよう、オムはゆっくりと彼らに背を向ける。
最後の一撃……
新九郎はオムの攻撃に対して、絶妙なタイミングでカウンターを合わせてきた。
冷気によって炎は散らされ、あのまま攻撃を繰り出せば、グラウンドに沈んでいたのはオムの方だったかもしれない。
けれどシンクは炎の消えたオムの拳を無防備で受けた。
まともに殴られたシンクは倒れ、そのままうつ伏せで黙ること約一分。
オムの勝利に不良たちが歓声を上げてグラウンドに流れ込んできたと同時に瞬間移動で逃亡した。
怪我は浅くないはずだが、無事に逃げきれたようならなによりだ。
「何から何まで世話になりっぱなしだね……この借りはいつか返すよ。ありがとう、新九郎」
オムは誰にも聞こえないよう、尊敬する友人に感謝の言葉を捧げた。
見上げた空には淡い光を照り返す三日月が浮かんでいた。




