7 シンクVSオム
呆然と立ちすくんでいたリュウを回し蹴り一撃でダウンさせ、ざわつく集団に冷や水を浴びせる。
ひまわり先輩からコピーした≪氷雪の女神≫は本家ほどの力は持たない。
それでも突然の襲撃で不良たちを恐慌に陥れるには十分だった。
とは言え、アミティエの班ひとつの人数が集まっているのである。
きちんと連携を取って対処されたら、あっという間にやられてしまうだろう。
この場にいるリーダークラスの人間は『紅蓮のシンク』の名に畏れを抱いている。
かつての恐怖の対象の登場にビビり、知らない者にも空気は伝播する。
まとまりのない集団なら各個撃破していけば勝機もある。
つまり、今ここにシンクを止められる人間は一人しかいない。
「新九郎、どういうつもりだ!」
亮である。
亮は……いや、第四班班長オムはシンクの肩を掴んで強引に振り向かせた。
「同盟を結んでくれるんじゃなかったのか! なぜ班員に拳を向ける!?」
「あー、あれやめた」
シンクは小馬鹿にするよう表情を歪めて見せる。
「なんかぶっ潰した方が早そうだし、俺がお前に変わってこいつらを躾けてやるよ。四班全員、三班の下っ端として使ってやる」
「班長の肩書が欲しいなら譲ってやる! だが班員を傷つけるのは許さないと言ったはずだ!」
「じゃあ止めてみろよ」
シンクはオムの手を振り払い、彼自身の能力である≪爆炎の魔神≫による炎撃を拳に乗せて撃った。
両者の間の空間が膨張、爆発を起こす。
しかし流石は班長クラスだけあって、オムは即座に爆発を抑え込んだ。
≪爆炎の魔神≫は攻撃と同時に、自身を爆発の衝撃から守るための薄いバリアを自動的に張る効果がある。
本来の使い手であるオムはその防御バリアを自由に扱えるようだ。
シンクが劣化コピーした爆発を片手で防げる程度の防御力である。
この男を打ち倒すのは一筋縄ではいかない。
「……本気なのか」
「おうよ。仲間を守りたいなら止めてみな」
エネルギーを込めた拳でオムの横っ面を殴りつける。
手加減したとはいえ『あの少年』の能力を纏った拳は相当に効くだろう。
「おのれ……!」
オムは歯を向いて怒りを露にする。
並の人間なら竦んでしまうような鬼の形相だ。
「見そこなったぞ、新九郎ォ!」
オムの剛腕が意趣返しとばかりにシンクの頬を打つ。
予想通り、あるいは予想以下の攻撃をシンクはまともに受けた。
そして彼はニヤリと笑う。
「なんだそりゃ、おい。そんなんで仲間を守れると」
言葉の途中でシンクの姿が描き消える。
マナからコピーした≪空間跳躍≫の能力だ。
周りで固唾をのんで見ていた不良たちは完全にシンクを見失った。
「思ってんのかよ!」
ギャラリーの背後に現れたシンクは、手近にいた男の襟首を掴んで持ち上げる。
「ひ、ひぃ!」
遠心力に任せてぶん回した男の体が周囲の不良たちを薙ぎ倒す。
シンクは男を放り投げると、次は手近にあったバイクを担ぎあげた。
「やめろ、キサマァ!」
オムが駆け寄ってくる。
腕力では投げられたバイクを受け止めることはできない。
仲間を圧殺される危機から救うには、全力で能力を使うしかないはずだ。
「うおおおおおっ!」
オムの右腕から爆炎が巻き起こる。
それはシンクの手から離れたバイクを飲み込んで大爆発を起こした。
「うわっち!」
衝撃の余波を食らって吹き飛ばされる。
予想以上の破壊力に冷や汗が頬を伝った。
だが、どうやらこれで本気になったようだ。
シンクは再び≪空間跳躍≫でオムの背後に回る。
「そこかっ!」
流石に勘が鋭い。
オムは即座に振り返った。
だが、シンクの方が一瞬早い。
オムの体に触れて共に空間を渡る。
≪空間跳躍≫の最高移動距離はあまり長くない。
二人は不良たちの集まっていた駐車場の隣、ネットで区切られたグラウンドの中に降り立った。
「おい、あっちだ!」
グラウンドに移動した二人に気づいた不良たちが集まってくる。
彼らはネットにへばりつくように二人の様子を眺めていた。
まるで闘技場に降り立った戦士と観客のようである。
「そんじゃ、存分にやり合おうか」
宣言と同時に先に動いたのはシンクだった。
オムは能力者としては明らかに格上の相手である。
先手必勝、班長クラスを相手に後手に回れば即座に負ける。
空間を立ってオムの背後に移動。
今度は真後ろではなくやや離れた斜め後方だ。
「二度も同じ戦法が通じるか!」
移動すると同時にオムはこちらを向いて爆炎の拳を振う。
やはりこいつは気配を読んで即座に行動できるだけの対応力を持っている。
迂闊に近寄るのは危険。
だが、この反撃はシンクも当然読んでいた。
高範囲の破壊を巻き起こす≪爆炎の魔神≫にシンクには対応する術がある。
指先に冷気を集中。
炎の壁をこじ開けるように左右に開く。
爆炎はシンクを避けるように二つに分かれて後方の地面を焼いた。
「≪氷雪の女神≫か!」
ひまわり先輩の能力のコピー。
炎を操るオムにとっては天敵と言ってもいい。
とはいえ絶対的に威力が段違いなので、今のように力を一点に集中、かつタイミングを合わせることでようやく攻撃の向きを逸らせる程度だ。
シンクの劣化版≪爆炎の魔神≫で生じる防御壁ではオムの≪爆炎の魔神≫を防ぐことはできない。
正面から攻撃を受けるには、ギリギリのタイミングを合わせるしかない。
「練習したわけでもあるまいに、その応用力と戦闘センスには目を見張るばかりだ……」
「そいつはどうも」
必殺の一撃を防がれたというのに、オムの余裕はまるで揺らがない。
その理由は直後に思い知らされることになる。
「だが、こいつは防げるか!」
オムは体をひねって右腕を引いた。
まるでオイルに火をつけたように彼の半身が燃え上がった。
「おいおい、マジか」
恐ろしく高威力の攻撃が来る。
シンクの紛い物とは次元の違う攻撃が。
シンクは大地を踏みしめた。
グラウンドにひびが入り地面が隆起する。
これはテンマの能力≪大地の鬼神≫である。
本家はアスファルトを鎧にするほどの力があるが、コピー版ではせいぜい足もとの地面を盛り上げて壁とするくらいである。
「その程度の盾で俺の全力を防げるかぁ!」
もちろん、これで防げるとは思ってない。
シンクは盛り上がった大地を隠れ蓑にして空間を渡った。
「バーニング……ボンバァー!」
オムは必殺の一撃をやや斜め下に向けて撃った。
榴弾でも落ちてきたかと思うほどの爆発が地面を抉り砂煙をまき散らす。
真横に打たなかった理由はおそらく、後方で見ている不良たちに被害を出さないためか。
そしておそらくシンクに直撃させるつもりもなかったと見られる。
そのため、空間を渡ったシンクの目論見に気づくのがわずかに遅れた。
シンクが次に現れたのはオムの上空。
繰り返し移動したことで背後にばかり気をとられたか。
どちらにせよ、シンクが身一つで渡ったわけではないことは予想外だったはずだ。
「何ッ!?」
抉られた地面が、直径二メートルほどの土塊が、オムの頭上に落下する。
瞬間移動で空間を渡れるのは自身の体だけではない。
着ている服はもちろん、ある程度の質量の物質なら一緒に運ぶこともできる。
土塊が重力に引かれて落下し始めると同時にシンクは再び空間を渡った。
今度こそオムの間後ろに移動して拳に炎を纏う。
「いくぜ」
「うぬっ!」
防御に専念すれば土塊の直撃を受ける。
迎撃すればシンクの攻撃をモロに食らう。
さあ、どうする?
シンクは心の中で問いかけた。
同時に手加減無用の爆炎の拳を叩き込む!
しかし――




