1 テンマVSレン
灼熱の太陽がアスファルトを照りつけていた。
横須賀から八王子方面へと続く自動車専用道路。
絶え間ないほど車が列を作りクラクションの音が響く。
首都高への分岐手前の料金所の周辺は大渋滞を起こしている。
延々と続く渋滞の原因は不法な通行止めだった。
新道と交差する南橘樹市はずれのジャンクションの付近。
そこを二輪車でバリケードを作って道路を占拠している集団がいる。
その向こうには一見すると女の子にも見える小柄な少年がいた。
後ろで束ねた不自然な水色の髪を靡かせて少年は跳ねる。
「やっ!」
「ぐぼっ!?」
空中でくるりと回転。
男の側頭部を蹴りつけた。
「はあああああああっ!」
相手が倒れる前に髪を引っ掴んで振り回す。
倒した敵の体を使って左右から迫っていた別の男たちを薙ぎ払う。
「せいっ!」
着地と同時にもう一人を拳で打ち倒す。
顔面を正確に狙った稲妻のごとき電光石火の突きだ。
体重の軽さをカバーしてなお余りあるダメージを敵に与える。
まるで曲芸のような動きで少年は次々と不良たちを蹴散らしていく。
少年の名は陸夏蓮《ルゥ=シアリィェン》。
上海の龍童と呼ばれた武道の達人である。
彼の左手の甲には『武』の文字が光っていた。
「舐めんなよ、ガキが……!」
また別の男が陸夏蓮の前に立ちふさがった。
その男は重さ一〇〇キロ以上もありそうなバーベルを片手に持っている。
大柄な体格ではあるが、それでも尋常ではない筋力である。
彼は腕力強化型のSHIP能力者であった。
「死ねや!」
振り上げたバーベルを陸夏蓮めがけて叩きつける。
並の人間なら圧死確定な強烈な一撃だ。
だが陸夏蓮は避けようともしなかった。
叩きつけられたバーベルを右手で容易くと受け止める。
その手の甲には先ほどまでは見られなかった『闘』の文字が光る。
「な……う、うわっ! うわわわわっ!」
あろうことか、バーベルを持った男の体が空中に浮いた。
バーベルと合わせて推定二〇〇キロ近くの重量を片手で持ち上げたのだ。
「えいっ!」
そのまま陸夏蓮は男もろともバーベルを投げ捨てた
あわれな巨漢のSHIP能力者は高速道路の下へと落下してゆく。
陸蓮夏は周りを取り囲むアミティエ第二班の面々を鋭い目つきで見回した。
周囲にはすでに倒され気絶した者が五十人ほど死屍累々の姿をさらしている。
とは言え、まだその十倍近い人数が取り囲んでいる。
それなのに動ける者は誰もいない。
上海の龍童の圧倒的な力に誰もが恐れ怯えてしまっていた。
そんな中、一人の男が前に進み出た。
「どけ、お前らじゃ相手にならねえ」
男と呼ぶのが正しいのか。
一見すると判別するのは難しい。
なぜなら彼は普通の人間より二回りほど大きな、灰色のアスファルトの鎧に身を包んでいたからだ。
顔の部分には表情を隠すような石の仮面が付けられている。
アミティエ第二班班長テンマである。
「あは!」
テンマの姿を認めた陸夏蓮は楽しそうに笑う。
同時に彼の体が淡く緑色に発光した。
服のボタンがはじけ飛ぶ。
胸元に『龍』の文字が浮かび上がる。
それは≪龍童の力≫が第三段階に入った証だった。
「行くぞ龍童ォ!」
攻防が始まった。
重機のような重さと猛獣の如き速度で圧倒するテンマ。
猫のような身のこなしから、機関銃のような素早い攻撃を叩きつける陸夏蓮。
傍から見れば双方ともに動きを目で追うのがやっとの超速戦闘である。
数倍以上も体格の異なる違う二つの影が何度も交差する。
テンマの拳が地面を抉る。
陸夏蓮の蹴りが瓦礫を吹き飛ばす。
時速数十キロで走行する乗用車の激突にも等しい攻撃を何度もぶつけ合う。
それは人の範疇を越えた激闘であった。
しかし互角の戦いのバランスもやがては崩れる。
「そこだ!」
瓦礫の死角を突いてテンマが踏み込んだ。
鋼鉄の拳が陸夏蓮に直撃する。
小さな体を吹き飛ばす。
「うぎゃ……っ」
陸夏蓮は受け身もとれずに路上を転がった。
テンマは容赦なく追撃を行う。
「トドメだ!」
巨体が跳躍する。
数メートルの高さに達する。
倒れた陸夏蓮を踏み潰す心づもりだ。
「龍撃――」
その時、陸夏蓮の体から眩いばかりの緑色の光が漏れた。
落下中だったテンマが宙で奇妙な軌道を描く。
そのまま少し離れた路上に着地する。
「ちっ! なんだ今の……」
無理な着地だったために体勢が崩れた。
その時にはすでに陸夏蓮は立ち上がっている。
「破ァ!」
陸夏蓮の拳から光の龍が飛び出した。
とてつもないエネルギーの塊である。
「しゃらくせえ!」
テンマは腕を大きく開いた。
鎧の胸部には鏡が取り付けられている。
事前に備えておいたエネルギー攻撃対策用の反射鏡である。
龍童のとっておきである光の龍のことは知っていた。
反射鏡に激突すると、エネルギーはそのまま反転して術者に襲い掛かる。
ただし衝撃を殺しきれなかった鏡は割れ、テンマも後方に吹き飛ばされて尻餅をついた。
そして、見た。
光の龍を喰らった龍童を。
莫大なエネルギーをテンマと同じように鎧として纏った姿を。
すぐ眼前に。
少年は笑っていた。
戦いの最中とは思えないほど無邪気に。
「たのしかったです。ありがとう」
その言葉を耳にした直後、光の龍と同等の破壊力を持った拳が、テンマの灰色の鎧を打ち砕いた。
※
シンクはフレンズ社の社長室にやって来ていた。
隣には沈んだ様子のマナ、反対側には第三班副班長のアテナがいる。
三人と向き合う形でルシフェルがキングサイズの椅子に腰かける。
今までに見せたこともないような神妙な顔つきだった。
「知っていると思うが、第二班が壊滅した」
前もって聞かされていたので驚きを露にすることはなかったが、やはり上役の口からハッキリと告げられたショックは大きい。
昨日行われたアミティエの半数が動員された一大作戦。
リーダー代理のアテナの先導の下、第三班もレンを所定の位置におびき寄せる誘導役として協力したらしい。
だが作戦の要であったテンマ及び第二班の精鋭部隊が、レンとの決戦に敗れたのだ。
「なぜ能力者の存在を匂わせる放送を許したのですか?」
アテナがルシフェルに詰問する。
「ブラックペガサス傘下のチームを総動員しての大規模作戦だ。もみ消せるレベルを超えていた」
交通の要所での日中の大渋滞。
中心には一〇〇を超える不良少年たち。
頭上にはいくつものマスコミのヘリが飛び交っていた。
第二班の戦闘の様子はテレビでも大々的に放送されてしまった。
「最終的には親父がどうにかするだろうが、やはり能力者の存在はいつまでも隠し続けられるようなものではないんだよ。とはいえ混乱は最小限に抑えるよう努力はするつもりだ。我々は今後の行動を慎重策に切り替えていかなくてはならない」
「……心中お察知いたします」
アテナが軽くお辞儀をする。
本当に大変なことになっているようだ。
まだニュースでは能力者について触れられていないが、一部のバラエティ番組では、まことしやかに不思議な力を持つ少年たちとラバースコンツェルンの関連性について囁かれている。
学校や街中でも若者たちの間でうわさ話はとめどなく広がっている。
ラバース総帥の息子という立場上、今回の件はルシフェルにとっても頭が痛い出来事のようだ。




