10 レンの恨み
「ごめんね、ああ見えてアオイちゃんも結構まいってるんだ。怒らないであげて」
駅までの帰り道。
上り坂になっている線路わきの道をマナと歩く。
「怒ってなんかいませんよ。さっきのは明らかに俺が悪かったって反省してます」
「怪我のせいもあるだろうけど、アオイちゃんが苛立ってる一番の理由は紗雪ちゃんを守れなかったことだと思うんだよ。ああ見えて責任感が強い人だから」
それはあるかもしれない。
青山に対して彼女が普段から好意を寄せているのはわかっている。
能力者として、大切な一般人を巻き込んだのは彼女にとっても耐え難い失敗だったのだろう。
「しかし、ひまわり先輩ほどの人がそう簡単に負けるもんですかね」
シンクはこの前の本牧での彼女の活躍を思い出した。
ひまわり先輩は何人もの不法入国者たちをあっという間に凍えさせるほど強い。
テンマとかいう土使いもそうだったが、班長クラスとは相当な実力を持つ能力者なのである。
「紗雪ちゃんがいたからJOYを使うのをためらったんだって。もちろん先に逃がそうとしたんだけど、紗雪ちゃんはアオイちゃんを置いて一人で逃げたくないって言ってね。結局、龍童にやられて気絶しちゃったからJOYを使うところは見られてないけど、倒れた彼女を気遣いながらだと得意の大技も使えなくて」
「はあ、それはなんと言うか」
事情を知らなかったなら仕方ないが、青山がひまわり先輩の足を引っ張ったということである。
それなら必要以上に気にする必要はないと思うのだが。
そう言えば青山が戻ってくるのを待たずに出てきてしまった。
まあいいか、ひまわり先輩の機嫌を直すため二人っきりにさせてやろう。
ある意味で自業自得なんだから哀れな幼馴染には先輩のための生贄になってもらおう。
「で、俺たちはひまわり先輩がいない間、具体的に何をすればいいんですか?」
「まず何をおいても龍童に襲われないよう気をつけることだね。第三班のメンバーは一人歩きは厳禁だよ。必ず三名以上で行動するか、ジョイストーンを持たずに出歩くの」
「ジョイストーンを持たずに?」
「龍童は能力者だけを狙っているんだよ。力のない人間はそもそも狙われないし、不意打ちや闇討ちは絶対にない。正面から正々堂々と戦いを挑まれるんだってさ」
「なんだそりゃ、あいつは何がしたいんだ」
それじゃ暴漢というよりストリートファイターだ。
そもそもの話、レンが能力者を襲う理由とは一体何なのだろう?
少なくともあの日、シンクの部屋で一緒に過ごしたあの少年は、無差別に人を襲うような悪人には見えなかった。
「JOY使いすべてに恨みを晴らしたい……とかじゃないかな」
「どういうことですか?」
マナは神妙な面持ちで彼女なりの仮説を口にする。
「龍童の育った上海のスラム街はね、それはもう酷いところだったみたいだよ。あっちでは能力者の存在が半ば公然になってるから、ジョイストーンを持つ人は好き勝手し放題。治安もなにもあったもんじゃなかったんだって。SHIP能力者狩りも白昼堂々行われてたって話だよ」
「ちょっと待ってください。能力者の存在が明らかになっているって? それはさっきひまわり先輩が言っていたことと矛盾するじゃないですか」
「上海支社っていうのはそういう所だったんだよ。能力者同士を争わせてデータを取って、より強い能力者を研究するような行為が平気で行われてたんだ。街全体が大規模な実験場みたいなもんだよ。もちろん清国政府と結託して外には情報が流れないよう上手くやってたみたいだけどね。アジア大戦以降のあの国はもう本当にメチャクチャなんだよ」
「とんでもない話ですね……」
さすが戦後復興中の外国の都市である。
そのような非人道的な行為が平然と行われているとは。
マナ先輩の言う通り、情報統制は完璧になされているらしいが……
「でも、そんな街にあの龍童が革命を起こしたんだよ。街を仕切っていた能力者たちを次々と打ち倒してね。そのうち体制側のJOY使いがいなくなって、スラムの人たちに暴動を起こされた上、ラバース上海支社は政府からも見限られて撤退しちゃったんだって」
「難しい話ですね。その話だけ聞くとレンがいい奴にも思えるんですけど」
「上海の人たちから見れば英雄かもね。結果だけ見れば上海支社が潰れたのはよかったんだよ。最初は復興支援のために支社を置いたのに、ほとんど現地の人に乗っ取られて利益追求ばっかりになって、本社の言うこともほとんど聞かなくなってたらしいから」
確かに地域にとって害悪にしかならないような会社は潰れてしまった方がいい。
支社とはいえ、そのような行為が当たり前に行われればラバースの信用も落ちるだろう。
「ただ問題は、龍童が上海を救うだけじゃ終わらずに、日本にやってきて同じように能力者を狙い始めたってことだよ」
「ラバースの本社は日本にありますからね」
故郷の人たちを食い物にした元凶の大元を断つつもりか。
それとも上海支社を潰しただけでは彼の恨みは晴れなかったのか。
「こっちはフレンズ社みたいに能力者を統括してる会社があって、うまく一般の人たちに秘匿しながら活動をしてるから、龍童みたいなイレギュラーな存在はむしろ迷惑なんだよ」
「ヒーローも場所をわきまえなければただの乱暴者ってことですか」
シンクはあの夜のことを思い出す。
助けてあげたお礼にと食事を作ってくれた少年。
一緒に風呂で背中を流し、布団の中では無邪気な寝顔を見せた。
彼の胸の内には海を渡ってまで果たしたいほどの復讐心があったのだろうか?
あの笑顔の裏に、とてつもない恨みや怒りを隠していたのだろうか?
「放っておくわけにはいきませんね。それでレンを捕まえるためにどうすればいいんでしょう」
「どうにもしないよ」
「は?」
「正確に言えばどうもできないって言った方が正しいかな。アオイちゃんがやられちゃったから、私たち第三班に龍童を止められる能力者は誰もいないんだよ」
「マジか。打つ手なしってことですか」
「いまテンマくんが第二班を率いて大規模な作戦の準備をしているところ。自分たちが護衛していた龍童を逃がしちゃったから、責任を取ってどうにかするって意気込んでるって」
「あいつか……」
金髪の土使い。
あいつにはアパートを潰された恨みがある。
相当に強いことは知っているが、素直に頼りにする気にはなれない。
「私たちはひたすら戦いを避けることで龍童を南橘樹市方面に誘導するよ。これ以上の怪我人を出さないことが最大の勝利だね」
「確かにあいつは強いですけど、レンだって本気出したらめちゃくちゃ強いんでしょ。第二班に任せっぱなしで大丈夫なんでしょうか」
「大丈夫だと思うよ? 不意打ちさえなきゃ班長クラスが負ける所なんて想像もできないし。それにいざとなったらショウくんもいるしね」
「ショウ?」
「第一班の班長の人。シンクくんはまだ会ったことないかな?」
シンクは一週間前のことを思い出した。
レンの力を借りてテンマと闘ったあの夜のこと。
最後の攻防が交差する瞬間、間に割って入った一人の男。
「日本刀を持った奴か」
「うん。アミティエで一番強い能力者なんだよ!」
「……そうですか」
シンクは気に食わなかった。
夜中にいきなり襲撃をかけて家をめちゃくちゃにした奴。
ケンカに割って入られ圧倒的な力であっさりと気絶させてくれた奴。
そんな奴らに頼らなきゃいけない状況も、レンがそいつらに倒されるかもしれない事も。
「そうだよ。いままでショウくんが負けたことなんて一度もないんだから。第四班にはオムさんもいるし、上海では負け知らずだったからって日本じゃそうはいかないってみんなが教えてくれるよ!」
そして、マナが奴らにこれほど無条件の信頼を寄せていることも。
目をらんらんと輝かせる彼女を見ていると、余計に心がささくれ立ってくる。
なんで自分は、こんなにも無力なんだろう。




