7 封印を解かれた龍童
反ラバース組織ALCO。
彼女たち自身がそう名乗っているわけではないが、ラバース関係者の中ではその呼称で定着している。
テンマの名を口にして挑発するのは組織の副リーダーを務めている女だ。
神田という苗字以外は何もわかっていないが、相当な手練れのJOY使いである。
彼女の後ろにある山中に置かれた座席は車内から奪ったものだろう。
縛られたままの上海の龍童シアリィェンの隣には神田とは別の女が腰掛けている。
おそらくあいつが車内から強制的に座席を移動させた瞬間移動能力者だろう。
見た目は中高生くらいだが奇妙に落ち着いた雰囲気を醸し出している。
そしてもう一人、フードで顔を隠した女。
奴こそがALCOのボスである。
かつて一度だけ見たその恐るべき能力を思い出したテンマは思わず震えた。
「可哀そうに。いま、あなたを自由にしてあげる」
フードの女がシアリィェンの頬に触れた。
閃光のような七色の光がテンマの目を眩ます。
ガラスが割れるような音と共に龍童は解き放たれた。
抑えられていたものが爆発する。
シアリィェンを縛っていた鎖が弾け飛ぶ。
先ほどよりもまばゆい翠色の光が昼の山中をさらに明るく照らした。
少年の体から発する光は粒となり彼の周囲を纏って漂う。
「ははは……」
シアリィェンが笑う。
左手の甲に『武』の光文字。
右手の甲に『闘』の光文字。
そして破れた服の隙間から覗く胸元には『龍』の光文字。
「!」
少年が動いた。
二十メートル以上離れた場所から一足飛び。
一瞬にしてテンマとの間の距離を詰め、その小さな拳を突き出した。
「やっ!」
「ぐっ!?」
とっさに体に残った土を硬化させてガードする。
しかし防御をものともせずに少年の拳はテンマを吹き飛ばした。
空中で一回転しながらテンマは軟化させたアスファルトの上に着地する。
「ははっ、面白え! 面白えぞてめえ!」
テンマは足を鳴らした。
足元のアスファルトが彼の体を這いあがる。
まとわりつく素材が数倍に膨れ上がり灰色の鎧と化す。
「かかってこいや、龍童ォ!」
二人は同時に地面を蹴った。
互いの中間点で二つの拳が交差する。
「たああああっ!」
「ウォラアァ!」
片や少女のような小さな手。
片や巨人のごとき灰色の剛腕。
二つがぶつかりあった瞬間、地面がめくれ上がるほどの衝撃が巻き起こった。
テンマとシアリィェンは同時に吹き飛んだ。
先に起き上がったのはシアリィェンの方だった。
「ふぅ……!」
灰色の鎧を纏ったテンマも見た目からは想像もできないほど俊敏な動きをする。
しかしシアリィェンの身軽さは彼の比ではなかった。
頭から地面に激突する直前、空中の体さばきだけで反転。
何事もなかったかのように両足で着地する。
シアリィェンの右拳が翠色に光る。
さきほど拘束を解かれた時を思い出させる眩い光だ。
「なんだ……!?」
「破ッ!」
テンマが迎撃の体制を整えた直後、それは小さな気合と共に光の龍となって放たれた。
「マジかよ! うおおおおおおっ!」
両腕を前に突き出して光の龍を受け止める。
かつてない衝撃にアスファルトの鎧がはじけ飛びそうになる。
腕部がひび割れる。
足もとの地面に亀裂が入る。
「う、うわあッ!」
テンマは力を振り絞って光の龍を後方に逸らした。
光の龍がぶつかった山間には巨大な穴が穿たれる。
「はぁ、はぁ……」
仮面の下で呼吸を整える。
体がバラバラになりそうだ。
しかし追撃はない。
テンマはシアリィェンに目を向けた。
少年はその場で力尽きてうつ伏せに倒れていた。
倒れた少年の横に神田が降り立つ。
「急激に力を取り戻したためでしょうか、体が耐えきれなかったみたいですわね」
シアリィェンを抱き起こした神田は艶然と微笑んだ。
奇妙に美しく、そして妖しい笑みだった。
まるで底に秘めたどす黒い何かを覆い隠すかのような……
テンマは前に進もうとしたが、思うように体を動かせない。
その代わり精一杯の怒りを込めて大声で叫んだ。
「神田! そのバケモノを解き放ってどうするつもりだ!?」
「別にどうもしませんわ。一応、責任を取って回復するまでは預からせてもらうつもりですけど、その後は完全に彼の自由です。私たちの目的は不当に虐げられる能力者の解放のみ……っていうか、あなた達の邪魔ができればそれでいいんですの」
「アミティエを敵に回してタダで済むと思ってるのか!」
「それこそ知ったことではありませんわ。望むのならいつでも相手になりますわよ。まあ、あなた達に我々の居場所を掴むことなどできないでしょうけどね……さあ、ユキ」
「ん」
神田が座席に腰掛けた女に視線を向ける。
次の瞬間、二人の女は神田の横へ瞬間移動していた。
「あなたたちもいつか真実に気づきます。それまでどうか命を粗末にしないでください」
「それでは、また逢いましょう」
フードの女と神田は一方的な言葉を吐いて逃げ去った。
シアリィェンと瞬間移動能力者を含め、四人の姿はもうどこにもない。
「くそっ!」
残されたテンマは地面を強く殴りつけた。
周囲には倒れたブラックペガサスの仲間たちが転がったままだった。




