3 能力没収
普段よりも良い寝心地だった。
体が沈むベッド。
フカフカの綿布団。
枕なんか綿菓子のようだ。
まだ目覚めたくないと思いながら、習慣的に時間が気になって手を頭の上に伸ばす。
普段ならそこにあるはずの目覚まし時計が見つからない。
億劫に思いながら眼を開く。
視界に飛び込んできたのは、薄暗い部屋と灰色の見慣れない天井だった。
シンクは跳ね起きた。
六畳ほどの小さな部屋だ。
あるのは簡易ベッドと小さな机だけ。
コンクリートむき出しの壁の一角は無骨な鉄格子で廊下と隔たれている。
絵にかいたような牢屋である。
ぶち込まれた経験はないが、想像と違うのはベッドが思ったより上等なくらいか。
少なくともフロアリングに漫画本が散らかった乱雑なシンクの部屋よりはずっとマシだった。
しかし、なぜ自分は牢屋にいるんだ?
眠る前に何があったのかを思い出そうとする。
頭がガンガン痛みを訴える。
まさか二日酔いか?
酔っ払ってケンカでもして警察に捕まったのか。
そう言えば本牧で第三班の活動に参加した後、ムシャクシャした気持ちのままコンビニで酒を買った記憶がある。
あの後はたしか……
違う。
それは二日前の出来事だ。
あの日の帰り道、シンクは女の子のような少年を拾った。
学校から帰って話をして、拾った責任は取らなきゃなどと考えつつ眠りについた。
そしてその夜。
何者かの襲撃を受けた。
シンクがそこまでを思い出したところで、牢屋に近づいてくる足音が聞こえた。
「目は覚めたようね」
「ひま……竜崎先輩?」
下の名前を呼びそうになった途端にものすごい目で睨みつけられた。
鉄格子で区切られた今だったらからかっても手を出されないかもと考えたが、能力でも使われたらシャレにならないのでやめておく。
「なんで竜崎先輩がこんなところにいるんですか。刑務所にもコネがあるんですか」
警察を顎で使うアミティエの班長ならばそれもあり得るか。
しかし、帰ってきた答えはシンクの予想とは違ったものだった。
「ここは刑務所じゃなくラバース横浜ビルの地下よ。一応フレンズ社の社内になるかしら」
「……あの中にはこんな部屋まであるんですか」
さすが天下のラバースコンツェルン傘下の大企業だ。
社内に人を不当に拘留する施設まで持っているとは。
「で、よければ俺がこんなところにぶち込まれている理由を説明してほしいんですけど」
「あなた、昨晩のことは何も覚えていないの?」
と、言われても。
思い出そうとしていた時にひまわり先輩がやってきたのだ。
仕方なく首をひねって思考を再開する。
「……っ!」
ふと、ダムが決壊するように記憶の奔流が訪れた。
数秒前まで忘れていたのが不思議なほどの密度で昨晩の出来事を思い出す。
「レンはどうした」
すべてを思い出したシンクがまず口にしたのは、あの少年の安否を気遣う言葉だった。
「その前に一つ聞かせてちょうだい。あなたとあの子はどういう関係なの?」
「どういう関係も、ただ道端で拾っただけだ」
ひまわり先輩は訝しげに眉をしかめる。
「それではよくわからないわ。ちゃんと説明しなさい」
「言葉通りだよ。夜中に道端で倒れてたあいつを連れて帰って保護してやったんだ。別におかしいことでもねえだろ?」
「知り合いでもなんでもない、縁もゆかりもない子を守るためにテンマと闘ったの?」
「ガキを守るのに縁も何もあるかよ。拾っちまった責任くらいは果たすのが筋だろ。まあ、理由がなくてもあの金髪の土使い野郎は気にくわなかったけどな」
「……なるほど。オムのあなたに対する評は正しいみたいね」
「あ?」
レンの姿が見られないことに加え、一方的な質問攻めにシンクは苛立っていた。
昨日の戦いを思い出して気が立っているために自然と言葉使いも荒くなる。
「こっちの質問に答えろよ。レンはどこに行ったんだ」
「今朝早くに横須賀の研究施設に運ばれたわ」
「研究施設?」
「本当に彼の正体を知らないのね」
「密航者って話は聞いた。国に送り返すんならわかるけど、なんだって研究施設になんか……」
「彼は『上海の龍童』と呼ばれる最強クラスのSHIP能力者よ。ラバース上海支社の能力者組織をたった一人で壊滅させた国際指名手配犯なの」
言っている意味が良くわからない。
確かにレンは上海から来たと言っていた。
だが、どう見てもそんな恐ろしい人間には思えない。
だってあいつは日本だったらまだ小学生で通じる年齢だぞ。
「信じられないのは私も同じよ。けどね、あなたが最後に使った力、あれは彼から引き出したものじゃなくて?」
あの時のことはよく覚えている。
体の内側から力があふれ出てくるようなあの感覚。
テンマと戦っている最中は力の正体など考える余裕もなかったが、言われてみれば確かにあの力を使えたのはレンと触れ合った後だ。
「上海の龍童陸夏蓮はSHIP能力の制限を受けているの。だから今は普通の少年と変わらない。あなたのJOYはそんな彼から無理やり力を引き出して自分の物としたのね」
「なあ竜崎先輩、俺の能力って……」
「悪いけどジョイストーンは没収させてもらったわ。あの能力はあまりに危険すぎる」
組織として活動している以上は予想できたことであった。
シンクの得た能力はおそらく『当たり』と呼べるレベルのものだろう。
新入りがいきなり班長クラスと渡り合えるほどの能力を持つことは許可できないのだ。
まあ、それは別にどうでもいい。
「で、レンはその研究所で何をされるんですか」
「悪いけどそれには答えられないわ」
「なんだよ、そりゃ」
落ち着きかけた気がまた昂ってきた。
「ムリヤリ連れて行ったんだし、説明くらいあっても……」
「これを読んで」
シンクの反論を遮ってひまわり先輩は一枚の紙を取り出した。
暗くてよく見えないが、びっしりと細かい文字で埋め尽くされている。
ベッドから立ち上がって鉄格子に触れるほど近づいて、ようやく一番上の見出しが読めた。
「誓約書?」
「あなたをここから出すための条件よ。本文のほとんどは意味のない形式文だから要約してあげる」
ひまわり先輩は文面を自分の方に向けてその条件とやらを読んだ。
「上海の龍童に関連する一件にはこれ以上関わらないこと。昨晩の出来事はすべて忘れて他のメンバーにも一切の口外をしないこと。今後とも第三班のメンバーとして組織のために忠勤に励むこと。なお預けたジョイストーンは一時的に没収する」
「ずいぶんと勝手な条件だな。キレていいか?」
「これでも随分と譲歩させたのよ。作戦遂行中の他班の班長と揉めてケンカする新入りなんて、本来なら内密に始末されてもおかしくないのだからね」
「ちっ、つくづくとんでもない奴らに関わっちまったぜ……」
「ちなみに条件に従わない場合はずっとこの牢屋の中で過ごしてもらうことになるわ。一日二食の食事は出るけれど、それ以外は基本的に何もさせてもらえないと思ってちょうだい。トイレはそこのバケツよ」
「わかったよ。言う通りにしますよ」
「賢明ね。助かるわ」
本当は何一つ納得できないが、そう言わなければここから出られないのなら仕方ない。
ひまわり先輩は取り出した小さな鍵で錠前を外して鉄格子の扉を開いた。




