50 ヘルサードの自分語り
「少し、俺自身の話を聞いてもらってもいいだろうか?」
風の音だけが聞こえる中、ヘルサードは滔々と語り始めた。
「俺は十六歳までは普通の人間でね。取り立てて才能もなく、仲の良い友人もおらず、あまり良い生活を送っていたとは言えなかった。まあ平均以下のどこにでもいる学生だったんだよ」
土煙が舞う。
不快な声が風に流れる。
それに反応する者は誰もいない。
「だけどある日『テンプテーション』のSHIP能力に目覚めて、世界の半分が思い通りになるようになった。今までの生活が嘘のように順風満帆になって、俺を慕うたくさんの女の子たちと……中でもずっと憧れだった女性と一緒に幸せに暮らしていくつもりだったんだけど……」
聞く価値もない自分語り。
ただ幸運を得ただけの傲慢な男。
「悲しいことに最愛の女性は事故で死んでしまった。悲しみのあまり世界への復讐を誓った俺は、その過程で新生浩満と出会って彼の思想に共感した。互いに深い苦しみを抱えていた俺たちは共にこのくだらない世の中を変えようと誓い合った」
どこにでもある悲劇。
自分を正当化したいだけの悪人。
「でもね、今では神器と呼ばれる最初の三つのJOYを完成させ、L.N.T.を作り、いろいろやってるうちに復讐とかそんなのはどうでもよくなった。もっと楽しい経験がしたい。そのために世界を作り変えたい。なんなら新しく作ってしまえばいいんじゃないか? なんてことも思うようになった」
誇大妄想の精神異常者。
どこまでも自分勝手な最低野郎。
「俺の≪白命剣≫が何でも斬り裂くJOYだということは知っている者もいるだろう。ぶっちゃけるといくら切れ味が鋭くても近接戦闘くらいにしか役に立たない弱い能力だと思ってたんだが、ある時とんでもないものを斬れることに気づいてしまった」
罵倒してやるための言葉はいくらでも浮かんでくる。
けれど、それを口に出すことはできない。
「俺は次元を切り裂いた。そしてその向こう側へと足を踏み入れることができた。そこで手に入れたのがこの世界の『外側の力』だ。それは文字通りなんでもできる莫大なエネルギーだった」
「う、あ……」
体が痛い。
指一本すら満足に動かせない。
「残念ながら元の世界に戻れば力はその世界の理に縛られてしまう。俺はこの世界においては肉体を持つただのひとりの人間に過ぎないんだ。なんでもできる力はあるけど、目の前の障害ひとつ思い通りにできるわけじゃない。とてももどかしいよね」
血まみれで倒れているシンクは、ただ頭上のふざけた男を睨むことしかできなかった。
「そんな外側の力を注ぎ込んで使える『入れ物』が完成した。それが『天使』だよ」
この場で倒れているのはシンクだけではない。
龍神の力をすべて使い果たしたレン。
透明な翼を破壊されたショウ。
そしてKとか言う男。
誰もがひどい重症を負っていて起き上がることができない。
彼らは想像を絶する力を持った『天使』に敗北した。
最強クラスの四人が揃って手も足も出せずに。
周囲の地形は戦闘前とは一変している。
岩盤は砕け、クレーターがいくつも作られている。
まるで神々が人々を罰するための鉄槌を下した跡のようだった。
「天使の力によってまずは旧世界を一掃する。そしてもっともっと楽しい新世界を作るんだ。並行して浩満が続けていた『ミドワルトプロジェクト』も引き継いで着手しよう。どうだ、わくわくするだろう?」
「はい♪」
そんなヘルサードの腕の中で甘い声を出すのは、小石川香織。
「香織……さん……」
Kの悲痛な声が空しく風に流れる。
彼が尊敬し大切に思う女性はすでにいない。
「貴方の崇高な理想も知らず、いままでたくさんの迷惑をかけてごめんなさい。こんな愚かな私を許して傍に置いてくれますか?」
「もちろんだよ。誤解は誰にでもあることだしね」
「えへへ……」
彼が尊敬し、大切に思う女性は変わってしまった。
ヘルサードの『テンプテーション』という最悪の能力によって。
「ねえヘルサードくん、もういいかなー?」
そして指一本触れることなくシンクたち四人を散々に痛めつけた『天使』を名乗る女。
戦闘直前に被っていた彫刻のような仮面を外したその女をシンクはよく知っていた。
忘れもしない。
忘れるわけがない。
もし生きていればハルミやアオイよりも真っ先に殺さなければ気が済まなかった奴。
登場した時の荘厳な雰囲気などもう欠片も残っておらず、ただ背中の翼だけが天使を名乗る要素に留まる。
「ああ、いいよマナ。好きにすると良い」
「やった。それじゃちょっとお話してくるね!」
中座マナ。
シンクを非日常の世界に引きずり込み、最悪のタイミングで裏切った最低の女。
奴はバカでかい翼を広げて倒れているシンクの傍に降り立った。
邪気のない笑顔で顔を覗き込んでくる。
「あらためてひさしぶり、シンクくんっ!」
「ぐ、が……」
口が動くなら先ほどヘルサードに対して思ったことの百倍の罵声を浴びせてやりたい。
誰よりも憎むべき女が目の前にいても今のシンクは指一本すら動かせなかい。
「いろいろお話したいこともあったけど、君の知らないところで勝手に死んじゃってごめんね? でも、もう大丈夫! 私はこうして天使として蘇りました!」
黙れ。
黙れ黙れ。
「見たでしょ? 私、すっごく強いんだよ。あのショウくんやレンくんだって敵じゃない。新しいあの技は≪不可視縛手≫とほとんど同じ感覚で使えるんだ!」
シンクたちは誰一人こいつに触れることさえできなかった。
四方八方から強烈な打撃を受けて、気づけば地面に倒れていた。
各々が持っていた防御のための能力や技も何の役にも立たなかった。
「痛くて喋れないんだね、可哀想! だけど安心してね。シンクくんの事はころさないから。帰ったら前みたいに仲良くしよう。ちょーっと頭を弄られて、今の君とは違くなっちゃうかもしれないけどね!」
なんでこんな理不尽なことばっかり起こるんだ。
俺はもう、ただレンと平穏に暮らしたいだけなのに……




