49 団結する最強戦士たち
「どうだいこの『天使』は。とても美しいだろう」
「天使……?」
小石川香織はヘルサードの言葉を呟くように繰り返した。
ヘルサードは翼の女を残して一人地上に降り立ち、嬉々として答える。
「そう。レインシリーズをベースにルシフェル君やアリス君の培った技術を加え、そこに俺が『外側の力』を注ぎ込んで作った、最高の作品だよ」
ヘルサードは人の心を狂わせる魔物だ。
こいつの前では少しでも気を抜くと自分を保てなくなる。
正直に言って、一秒だってこうして向かい合って会話を続けていたくない。
だがこれはチャンスでもないだろうか?
常に居場所の掴めないヘルサードがこうして目の前にいる。
さらに少し離れた場所にはKとショウ、仲間とは言えないがシンクとレンもいる。
彼らがこの最悪の存在を前に一致団結してくれたら……
「おい」
シンクがヘルサードに話しかける。
「天使だか何だか知らねえけど、いきなり出てきてなんなんだテメーは」
「君は荏原新九郎くんだね。そしてそっちの可愛い少年は陸夏蓮くん」
「質問してるのはこっちだ。お前、どうやって時間停止を破ったんだ?」
香織はハッとした。
周囲を見れば砂煙が風に舞っている。
つまり≪絶零玉≫の時間停止効果は切れているのだ。
シンクの態度からみても彼が能力を解除したわけじゃないだろう。
香織の≪天河虹霓≫ですら時間停止そのものを破ることはできない。
「二つ目の質問から先に答えようか。俺は基本なんでもできる。神器レベルのJOYを無効化することだって簡単なんだ」
「ふざけてるのか?」
「そんなつもりはないよ。事実を言っているだけさ」
「くっ……」
二人の会話を聞いて香織は歯噛みした。
≪絶零玉≫が手に入ればヘルサードの殺害も可能と思っていた。
だが、どういうわけかこの男には時間停止すら通用しないらしい。
「そして遅ればせながら自己紹介をしよう。俺の名前はミイ=ヘルサード。君たちラバース傘下の能力者組織では『特異点の男』って呼び名の方がよく知られてるかな?」
「ああ、SHIP能力者を大量に産ませた大迷惑野郎か」
「そうそう。知ってくれてて嬉しいよ」
彼の皮肉にもまったく悪びれなくヘルサードは笑う。
シンクたち能力者組織は当初、天然のSHIP能力者を保護する活動をしていた。
そのSHIP能力者たちはすべて、このヘルサードが十数年前から無責任に残した、彼の血を分けた実の子供たちなのである。
考えると吐き気がする話だが、赤坂家を除くL.N.T.にいたSHIP能力者たちは皆、彼の血を引いていたことになる。
それを本人たちが知っていたかは定かではないが。
「なんにせよ俺には関係ねえな。お前たちだけで勝手に揉めてろ、じゃあな」
「まあまあ、そんなに急がないでもいいじゃないか。次元の裂け目なら閉じても俺がまた開けてあげられるからさ」
「お前の話自体に興味ねえんだよ。行くぞレン」
「う、うん……」
シンクは呼び止めるヘルサードを無視。
レンはちらちらと上空の天使に目を向けている。
「彼女が気になるのかい?」
「……」
「ダメだぞ、レン。さっき約束したよな」
「同じレインシリーズをベースにした存在として気になるのか、それとも強き者に反応せずにはいられない龍神詛の影響か。大変だねえ。よかったらそれ、追い払ってあげようか?」
「なんだと?」
シンクはヘルサードの方を振り返った。
興味を引けたのが満足なのかヘルサードの声が弾む。
「見たところ君たちは二人で一つの呪いを共有してるみたいだね。対処療法としてはそれでもいいけど、しっかり除去しておいた方が楽になるんじゃないかな。平穏に生きたいならなおさらね」
「お前にそれができるのかよ」
「言っただろ。俺はなんでもできるんだよ」
「ま、待ちなさい!」
香織は焦って止めに入った。
この二人がヘルサードに篭絡されるようなことは絶対にあってはならない。
ヘルサードの注目が一瞬こちらに向く。
しかしレンとシンクはこちらを見ようともしない。
彼らの持つ問題を解決してあげることは香織にはできないからだ。
「……お前にそれをしてもらったとして、何か見返りを求めるのか?」
シンクはヘルサードの言葉に耳を傾け始めている。
これは非常にマズイ展開である。
「そうだね、見返りというよりは、俺を楽しませてもらいたいかな」
「楽しませる?」
「うん。俺は基本的になんでもできるんだけど、でもそれって実はあまり楽しくないんだよね。君たちにはこれから変わる世界の中でたっぷり足掻いてもらいたい。浩満の神器を受け継いだ君がどんな役割を果たすのか考えるだけで面白くなりそうだ」
「言ってる意味がわからねーよ」
「つまりね……」
「シンくん」
ヘルサードの言葉をレンが遮る。
直後、彼は唐突にヘルサードに殴り掛かった。
「おっと」
「レン!?」
ギリギリで攻撃をかわしたヘルサードはふわりと上空へ浮かび上がる。
「なにやってんだ、お前!」
「だめだよシンくん。あいつはだめだ」
ヘルサードを睨み上げながら強い敵意を向けるレン。
普段のような無邪気な様子はそこにはない。
「シンくんもわかるはずだよ。あいつだけは絶対にだめだって」
「言ってる意味が……」
「これはいつもとは違うよ。強いから戦いたいとかじゃなくて、あいつは絶対に生きてちゃだめな奴だ。レンの中の龍神もそう言ってる」
どうやらレンはヘルサードを敵と見なしたらしい。
シンクも彼を強く咎めようとはしていない。
そして、
「香織さん!」
「うお、なんだありゃ!」
岩山の向こうから飛んでくる人物たちがいた。
さっきまでどつき合ってたはずのKとショウである。
二人はジェット機を思わせる勢いで香織たちのすぐそばに着地した。
そして上空のヘルサードと隣の天使を見上げる。
「奴は?」
「ミイ=ヘルサード。私たちの最大の敵だよ」
「ヘルサード、あいつが……!」
「ああ、あの有名なクソ野郎か」
「ショウよ」
「あん?」
「一時休戦だ。最優先で奴を始末する」
「別になんでも良いけどよ……お前はどうするんだ、龍童!」
ショウはレンに呼びかける。
少年はこくりと頷き、すぐに視線をヘルサードに戻した。
「あいつもやるってよ」
「よし。貴様と肩を並べるのは癪だが、ここで確実に奴を殺してすべての禍根を断ち切るぞ」
「みんな……!」
これは良い流れになった。
期せずしてショウ、K、レンが共闘してくれるらしい。
文字通り最強レベルの彼らが手を組んだ今、ヘルサードにだって勝てるかもしれない。
新生浩満はすでに死んだ。
あとは奴さえ倒せばL.N.T.の恨みは果たされる。
「ちっ、しょうがねえな……レン、これが最後だから存分にやってこい!」
「うん!」
シンクがレンの手に触れると、爆発的な紅色のエネルギーが少年の身体から溢れる。
ショウが透明な翼と赤黒い剣を構える。
Kが拳を握りしめ戦闘態勢に入る。
「ふふ……」
それを見下ろすヘルサードは笑っていた。
何一つ脅威なんて感じていないかのように上空から睥睨する。
「さっき俺はなんでもできると言ったが、実を言うと無条件に万能ってわけではないんだ。特に戦闘に関しては簡単な護身程度しかできなくてね」
意味不明な独り言に付き合う者はいない。
しかしヘルサードは構わずにしゃべり続ける。
「だから俺の代わりに彼女が君たちの相手をするよ」
ここ来て初めて、無言で浮かんでいた翼の女が前に出た。
そして彼女は自らの顔を覆っていた仮面に手をかける。
「おっけー。じゃあやっちゃっていいんだよね?」
見た目の荘厳からは似つかわしくない甲高い声。
ヘルサードは応え、彼女の名を呼んだ。
「もちろんだ、第三天使マナよ。お前の力を見せてやれ!」




