46 大悪降臨
「よし、そんじゃやるか」
止まった時間の中、体感で四時間ほどかけてあらゆる検証をした。
時間はかかったが第七の能力の詳細と≪龍童の力≫の現状は理解できた。
レンに負わせた傷も動ける程度には回復している。
あとは二人で無事に地球へ帰るだけだ。
「手を出せ」
「うん」
レンが小さな手を差し伸べる。
シンクはその掌に触れ、力を送り込んだ。
「ん……っ」
「変な声を出すな」
頬を紅潮させて心なしか嬉しそうな表情になるレン。
対してシンクの胸の奥に溜まっていた重い感覚は消えていく。
龍神の呪いを一時的にレンに返しているのである。
どうやらシンクには彼ほどに龍神の力を使いこなす素質はなかったようだ。
勝者の宿命として普段は呪いを引き受けたが、必要になった時は彼に力を返すことができる。
呪いを引き受けてやるって言ったばっかりでカッコ悪い?
俺には使えないんだから仕方ないだろ。
――我、素質を見誤り也。
「うるせえよ出てくんな日本語喋れ呪いの龍神」
「え?」
「なんでもねえ」
とはいえあくまで一時的に返却するだけだ。
現在の龍神の呪いの宿主がシンクであることに変わりはない。
ある程度の時間が経つか、念じるだけですぐに龍の呪いは自分に戻ってくる。
「……あはっ!」
呪いの返却が終わった。
レンの身体から燃え上るような力が噴き出す。
彼の纏うオーラは緑色から紅色に、龍神の力の全力が解放される。
そして力を取り戻した少年は、
「それじゃちょっとあの長髪をやっつけてくる!」
「待て馬鹿野郎」
勝手に飛び立とうとしたのでシンクは強制的に呪いを自分の方に引き戻した。
「へぶっ!」
二メートルくらいの高さまで浮き上がっていたレンは顔から地面に落下する。
「いたたた……」
「なあレン、俺と約束したよな? 力を戻しても勝手なことするなってあれほど言ったよな?」
「そ、そうだけど、でも」
当然だが呪いを返却すればレンの強者と戦いたいという闘争心も元通りになってしまう。
ショウの事はひとまず忘れて一緒に元の世界に帰るぞとあれほど言ったのだが。
「でもじゃない。言うこと聞かないとマジで怒るぞ」
「ううう……ごめんなさい」
とはいえ、シンクも龍神の呪いによる闘争心の高揚は身をもって味わった。
あれを堪えるのは生半可な気持ちでは無理だということもわかる。
大目に見たい気持ちはあるが心を鬼にして厳しく叱る。
ここで時間を動かして勝手なことをされたら本当に元の世界に帰れなくなってしまう。
レンと一緒ならどこでもいいとは言ったが、さすがにこんな謎の異世界暮らしは御免被りたい。
まあいい、時間を止めてさえいれば余裕は無限にあるんだ。
きっちり気持ちを落ち着けられるようになるまで何回でも付き合ってやるさ。
そう考えた直後。
がさり。
「っ!?」
あり得ない音がした。
シンクは思わず身構える。
時は止めたままである。
野生動物や自然現象ということはない。
ここではシンクと彼が許可した人物以外は何物も動けないはず。
しかし今、確かに草木をかき分けるような音が向こうの岩陰から聞こえて来た。
「誰だ! 誰かいるのか!?」
呼びかける。
誰もいないはずだ。
単なる気のせいに違いない。
ところが、やはり姿を現した者がいた。
その人物を見てシンクは状況を理解する。
「荏原新九郎くん? ……と、レンくん?」
「あんた、小石川香織か」
ALCOのリーダーの女。
なんでコイツがここにいるのか、という無駄な質問はしない。
こいつは能力を無効化する能力を持っているが、時間停止にすら干渉してくるのか。
「時間を止めてるのはあなただったの?」
「……だったらなんだよ」
「そっか、≪七色の皇帝≫……和代さんが新生浩満を倒したから」
何やら一人でぶつぶつ言っている小石川香織。
正直に言うなら無視したいところだが……
※
これは、この上ないチャンスである。
降って湧いた奇跡的な状況に香織は内心で歓喜していた。
新生浩満が死に、あの最悪クラスのJOYを手にした者がいる。
その人物はかつて共闘したこともあり少なくとも明確な敵というわけではない。
むしろ彼も様々な事情からラバースを憎んでいる人物だ。
ルシフェルが死んで予定が狂った今、星野空人たちの洗脳を解除する方法は取りづらい。
それよりも≪絶零玉≫さえあればラバースを崩壊に導くことができるだろう。
奴と戦うための切り札にもなりうる。
彼には是非とも協力をして欲しい。
最悪、ジョイストーンを貸してくれるだけでも構わない。
「新九郎くん、お願いがあるの」
「断る」
だが彼は香織の言葉を聞くことすらなく拒絶の意を示した。
「もう利用されるのは沢山だ。俺はお前らとは二度と関わり合いにならない」
「ま、待って。ちょっと話を聞いて」
「ラバースのせいで世界がヤバいってことは聞いてる。けど、そんなの知ったことか。俺は俺とレンだけが平穏に暮らせればいい。たとえ世界が滅茶苦茶になったとしても、俺たちならどこでだって生きていける」
まったく取り付く島もない。
彼はこれまでにいろんな人から騙され利用されて続けてきた。
今回は香織たちもKを通して彼に協力をする形をとって攪乱の役割を押し付けている。
意固地になる気持ちはわかる。
だが、ここは何とか説得したい。
「復讐は? 貴方にはやっつけたい人がいたんじゃないの?」
Kから聞いた情報を元に何とか会話の糸口を探る。
シンクは一瞬だけ顔を歪めて押し黙ったが、
「気が向いた時に勝手にやるさ」
何とかなるかと思ったが、ダメだった。
ならば別の角度から説得をする。
「貴方が≪絶零玉≫のコピーを持ってると知られたら、きっとラバースに狙われ続けるよ。だったら心配の元を絶ってしまった方がいいんじゃないかな」
「そのたびに返り討ちにしてやるよ。つーか、もしお前がそのつもりだってんなら……」
シンクは目を細めて香織を睨む。
隣にいるレンも拳を構えて前に出た。
「今、この場で殺す」
香織はもちろん力づくでジョイストーンを奪うつもりなんてない。
だが彼からすれば停止した時間の中に入って来れる香織こそが最も危険な存在なのである。
下手なことを言えば敵と認定されてもおかしくない。
いや、現状ですでに彼は香織に強い不信感を持っている。
「ま、待ってよねえ、早まらないで。とにかく落ち着いて話を聞いてよ」
「聞かねえよ。敵対する気がないなら黙って道を開けろ」
これはもうダメだ。
今は余計なことを言っても火に油を注ぐだけになる。
「……わかったよ」
このチャンスを逃すのは悔しいが、香織は黙って後ろに下がって、
「まあ待ちなよ。少しくらい話を聞いてあげてもいいじゃないか」
空から降り注ぐ声を聴いた。
瞬間、香織の意識からすべてのことが消えた。
シンクの存在も、これからの展望も、組織の長としての打算や五感や感情さえも。
ここが香織とシンクたち以外は動けないはずの時間が止まった世界だというすら忘れてしまった。
顔を上げる。
まず目に移ったのは降り注ぐ無数の白い羽。
そして巨大な純白の翼を持ち、彫刻のような仮面を被った長い髪の女。
だが香織が見ていたのはそちらではなかった。
声を発した主は翼の女のすぐ横に浮かんでいる。
こちらも顔半分を隠す、黒い仮面をかぶった男だ。
「ミイ=ヘルサード……」
頭が真っ白になりかける中、香織はなんとかその男の名を口にした。




