DRAGON CHILD LEN -Jewel of Youth ep2-

最終話 カタストロフ

39 龍神の呪いという意味

「なんで避けるの？」

　起き上がって不思議そうな顔で首を傾けるレン。

　シンクはそんな彼にハッキリと文句を言ってやった。

「なあレン。お前なにか俺に言うことはないのか？」

「えっ？　……ただいま！」

「違えよ馬鹿。俺はルシフェルのアホと戦うことは許可したが、こんなよくわからない異世界にまで行っていいとは言ってねえぞ」

「だってそれは、あのばかがここに逃げたから」

「言い訳すんな」

「いいわけじゃないよ！」

「お前がいなくなって俺がどれだけ心配したと思ってやがる」

「うっ」

「そっか、お前は俺のことなんてどうでもいいんだな。好き好き言われて勘違いしちまってたけど、俺なんてケンカよりも優先順位が低いんだな。その程度にしか思われてなかったんだな」

「ち、ちがうよ！」

「あーあ、ショックだ」

「ううううううう！」

　これはもちろん嘘だ。

　シンクはレンは無事に帰ってくると信じていた。

　こぃつが自分のことを大切に思っていないなんて微塵も思ってもいない。

　だが衝動に任せて何度もこんなことをくり返されてはたまらない。

　ここはレンの良心に訴えてでも二度と勝手なマネをしないよう釘を刺しておくべきだ。

　そうシンクは考えたのである。

「……ほら、帰るぞ」

　しょんぼりするレンに今度は優しく手を差し伸べる。

「もう十分に暴れただろ。許してやるから俺の所に戻ってこい」

「シンくん、レンを嫌いになってない？」

「なるわけねえだろ馬鹿」

「シンくんっ」

　小さな手を握ると、レンは目尻に涙を浮かべながら最高の笑顔を浮かべた。

　まったく、本当にコイツってやつは。

　こうしていると寂しがりの子どもにしか見えないのにな。

　手を引いて歩き出そうとすると、軽い抵抗を感じた。

　レンは上目遣いで気まずそうにおずおず口を開く。

「えっと、シンくん、帰る前に一つだけお願いしていい？」

「ルシフェルのアホと決着をつけたいって以外なら」

「ちがうよ。あのばかはもう死んだよ」

　そうなのか。

　まああんな厨二野郎なんて生きたって死んだってどうでもいいか。

「じゃあ何だ？」

「えっとね。ばかはレンじゃなくて長髪がやっつけたんだけど」

　長髪？

　ああ、ショウのことか。

　っておいまさか。

「でね、さっきまで長髪とたたかってたんだけど、竜撃波をぶつけたら、すごい衝撃でばーんってなって、どっちもふっとんじゃって。でもレンが負けたわけじゃなくてね。やり直しになっただけだから、次はぜったいにレンが勝つんだよ」

　早口の上に説明下手だが、何を言いたいのかはよくわかった。

「つまりルシフェルではなく、ショウの野郎と決着をつけたいと」

「うんっ！」

　これはもう少しお仕置きが必要なようだ。

「よーしレン。ちょっとそのまま立ってろ」

　拳骨に息を吐きかける。

　殴る前にちらりとレンの顔を見る。

　レンは口の前で手を合わせて首をかしげていた。

　……やばい、可愛すぎる。

「あのな、レン」

　これは殴れない。

　無理なものは無理だ。

　紅蓮のシンクの名が廃ると笑わば笑えよ。

　無駄かも知れないが可能な限り言葉で説得してみよう。

「あいつと決着をつけたいなら後でいくらでもやっていい。けどここじゃダメだ。上を見ろ、俺が通って来た裂け目があるだろ。あれが閉じたらもう地球に帰れなくなるんだぞ」

　あの次元の裂け目ができたのはおそらく、ルシフェルが持っていた≪神罰の長刀(パニッシャー)≫を紗雪が≪再び手にする奇跡(リゲインロスト)≫を使って強制的に呼び戻したことが原因だ。

　ほとんど偶然みたいなものだし、ルシフェル亡き今は他に元の世界へ戻る方法も思いつかない。

　しかも次元の裂け目はこうしている今も少しずつ塞がり続けている。

「えーっ。でも、このままじゃ気持ちわるいよ！　だって戦いが途中で終わってるんだよ！」

「帰ってからにしろ。あいつもお前が戻ればついてくるだろ」

「でも……」

　頑固なやつだな。

　仕方ない、最後の手段だ。

「わかった。そんなにショウと闘いたいなら、俺を倒してからにしろ」

「えっ」

「それが無理なら今は少し我慢を――」

　強烈な殺気を感じた。

　反射的に≪空間跳躍(ザ・ワープ)≫で遠くへと逃れる。

　意識していたわけではなく、≪心理色彩《ハートパレットリーディング》≫が危機を知らせなければ危なかったかも知れない。

　一切の迷いがない攻撃だった。

　避けなければあの小さな拳に顔面を撃ち抜かれて絶命していただろう。

「ダメだよ、シンくん」

　ゆらり、と……

　レンは体を大きく揺らす。

　薄い笑みを浮かべながらこちらを見る。

「シンくんとは戦えないよ。だって、二度目はないもの」

「お前、何言ってんだ……？」

　レンは絶対に自分に危害を加えない。

　シンクが強く出れば引いてくれると思っていた。

　だから躊躇わずに攻撃してきたことに大きなショックを受ける。

「シンくんがぼくと戦うなら、今度は勝たなきゃいけないんだよ。それでも邪魔するならぼくはシンくんをころさなきゃいけなくなっちゃうんだよ。大好きなシンくんをころすなんて、そんなのいやだ。けど、シンくんが敵になるなら仕方ないんだよね」

　狂気。

　最強の称号を求めた上海の龍童。

　この少年のことをバトルマニアの戦闘狂だと呼ぶ者は多い。

　しかし、それはあくまでレンの一面でしかない。

　無邪気に最強を目指す子どもの欲求だと、そう思っていた。

　現に最初の頃と比べたらだいぶ大人しくなったし、最初の頃のように強い者と見れば誰彼構わずケンカをふっかけるようなことはほとんどなくなった。

　違った。

　認識が甘すぎた。

　レンは必死に押さえ込んでいただけなのだ。

　内からわき出る衝動を。

　理性や常識という殻を破って外に飛び出そうとするどす黒い熱情を。

　好戦的な性格ってだけじゃ説明がつかない。

　高みを目指す向上心なんて健全なものでもない。

　これは龍神の呪い。

　シンクたちが≪龍童の力≫と呼んでいたもの。

　それは段階的に解放されるたび、強烈にレンの心を蝕んでいった。

　ついには愛する者すら障害としか見なさなくなるほどに。

「……そうかよ」

　ここでシンクが引けばレンはショウを相手に殺し合いを始める。

　どちらかが死ぬまで……いや、レンが勝ったとしてもまた別の強者を探して永遠に戦い続けようとするだろう。

　こんなふざけた呪縛は断ち切ってやらなければならない。

　ここで、俺の手で。

「よくわかった。口で説明してもわからないってんなら体に教え込んでやる」

　命がけの戦いになるだろう。

　なにせ相手は子どもの皮を被った龍の神だ。

「こいよレン。もう一度お前に敗北の味を思い出させてやるぜ」

「……あはっ！」

　心から嬉しそうな顔をするレン。

　少年の体から爆発的なオーラが溢れた。