30 AEGISvsクリスタ軍
艦艇から発射された近接防空ミサイルが夜の海に驟雨のごとく降り注ぐ。
無数の水柱が立ち上がり耳を聾する轟音が周辺海域に響き渡った。
着弾点の中心には闇が蠢いていた。
夜の海よりも暗く深い、不定形生物のような奇妙な空間。
その外周部に触れたミサイルは起爆するすらことなく飲み込まれて消えていく。
闇が一点に収縮する。
そこには人の姿があった。
星野空人である。
日本の宣戦布告と同時に逆撃するため太平洋上に集められたクリスタ合酋国海軍の最新鋭戦闘艦隊。
その先制攻撃を見事に受けきった空人は流星のように夜空を切り裂いて敵艦隊へと突入する。
しかし七隻の戦闘艦による火砲の集中砲火はまさしく銃弾の結界だ。
さすがの空人も思うように接近することができない。
海面は嵐でもないのに波が異常に高かった。
目の前の艦が大きく傾いた隙に一気に距離を詰める。
船体側面を≪黒冥剣≫で斬りつけ、横一文字に裂け目の走った艦体は修復不可能なほどの浸水を受ける。
もはや航行不可能になった敵艦だが黙って転覆を待つことはしない。
水に紛れて入り込んだ闇の欠片が中の船員たちを残らず食い散らかす。
今ごろ艦内は阿鼻叫喚の地獄と化しているはずだ。
残った六隻が艦対空ミサイルと近接防御火器の波状攻撃を仕掛けてくる。
空人が生み出す闇による防御は厚いが神器≪神鏡翼≫のような自動防御性能はない。
気を抜いて生身であれらの攻撃を食らえばDリングの守りなど紙の装甲ほどの役にも立たないだろう。
無表情で飛び回る空人だが内心は死と隣り合わせの緊張感を味わっていた。
再びの接近を試みるがやはり隙間のない火線に遮られる。
無茶と判断して引いた、その直後。
「来たか」
海中から槍のような水柱が立ち上がって戦闘艦の一隻を貫いた。
艦は海面から数メートル浮かんで落ちた後、完全に沈黙する。
水の槍は戦闘指揮所を正確に貫いていた。
続けざまに発生した水の槍が残った艦も無力化していく。
真下からの、それもレーダーによる感知もできない奇襲攻撃である。
そんな攻撃を避ける手段はいくらクリスタ海軍の最新鋭艦にも備わっていないらしい。
敵の攻撃が緩まった隙に空人は再び近くの艦に接近。
次々と闇の刃で残った艦艇を沈めていった。
動かなくなった艦の残骸が漂う。
太平洋にしばしの静寂が戻る。
気づけば波は穏やかになっていた。
海面の一点が盛り上がり、人が飛び出す。
彼はそこに足場があるかのように海面に立って空人を見上げ親指を立てた。
「悪いな、遅くなった。随分ヤバい所だったんじゃないか?」
「別にヤバくはないし一人でも問題なく蹴散らせた」
「強がるなよ。いくらお前だって艦隊と正面から戦うのはキツかっただろ」
憎まれ口を叩くその男は速海駿也である。
≪大海嘯≫という海を操る能力を持つ速海は海上の闘いにおいては空人以上に無敵を誇る。
さっきの攻撃正体は深度二千メートルの深海の水圧を使って打ち上げた海水だ。
大量の水を圧縮させ鋭く尖らせた氷の槍は鋼の船体すら貫く一撃となる。
「時間はかかったけど潜水艦は全滅させたぜ。後に残るは――」
速海の言葉を轟音がかき消した。
二人の頭上を戦闘機が二機通り過ぎる。
空人は落ち着いて現在の状況を分析した。
「敵空母も近くまで来ていたみたいだな」
「あっちゃあ、どうする? あっさり上を抜かれちまったぜ」
「不可抗力だ。あんなのを止めるなんて無理に決まっている」
当然と言えば当然である。
そもそも人間二人で艦隊を止められると考えるほうがおかしい。
目の前にいる巨大な敵ならどうにかできても、遥か頭上をマッハ超で飛ぶ航空機を止められるわけがない。
適当に戦力は減らせたことだし、あとは新日本軍に任せて撤退しよう。
空人たちの役目はあくまで時間稼ぎなのだから。
「おっ?」
空を見上げていた速海が驚きの声を上げた。
光の筋が日本の方から線を引いて戦闘機を貫いたのである。
その直撃を受けた戦闘機は残骸すら残すことなく完全に消滅した。
「空軍の防空電光砲か。完成してたんだな」
「まだ宣戦布告はされてなかったと思ったが」
「クリスタも開戦と同時に攻撃するつもりで集まってたんだし、今更だろ。っていうか反転ガスがばらまかれた後は使えなくなる兵器なんだし、せっかく開発したおもちゃを最後に使ってみたかったんだと思うぞ」
遠くからさらなる轟音が聞こえてくる。
クリスタ軍の戦闘機が大編隊を組んで日本へと向かっていた。
おそらくは音速に近い速度で飛んでいるそれを、光の筋はすべて的確に撃ち落としていく。
防空電光砲。
軍がラバース技術部と共同で開発したばかりの新兵器である。
EEBCで超増幅・圧縮した電撃を放つ砲。
それは若干の屈曲も可能で狙った標的を正確に打ち貫く。
威力は見ての通り、装甲の薄い戦闘機程度なら一撃で落とせるほどだ。
なにより恐ろしいのはその命中率と射程である。
音速で飛行している戦闘機を超長距離から確実に撃ち抜くのだ。
狙撃手はまるでゲーム感覚で引き金を引くだけで莫大な戦果を出すことができる。
欠点は恐ろしいまでの電力消費で、EEBCで増幅してなお二十発も撃てば都内で一日に使われる電力量に匹敵する。
なので日本国内にあるいくつかの発電所に併設された施設からしか撃つことができないという、非常に限定的な状況でしか使えない兵器なのである。
「あんなの出してくるなら俺たちが必死になった意味ねえじゃん。できるんならお国の空は最初から自分たちで守れよ」
「速海」
「何?」
「実はかなり体力を消耗していて飛んでいるのも辛い。悪いが沖まで背中を貸してくれ」
急に空人が弱音を吐いたのは、後は任せても大丈夫だと理解したからである。
さすがの彼も単身で艦隊相手に劣り役を務めるのは辛かったようだ。
「ま、こんな無茶な戦闘は今後二度とないだろうし、帰ったらゆっくりと休もうぜ」




