27 青山紗雪VSハルミ
「こんなところにいたのね、新九郎!」
「お前、なんで……」
壁を切り抜いて現れたのは、さっき外で撒いたはずの青山紗雪だった。
彼女が肩に背負っている刀は≪古大砕剣≫とかいう大剣のJOYではない。
柄部分だけで一メートル、刀身を含めれば五メートルを超える非常識な長さの長刀。
あれはルシフェルに奪われた紗雪自身のJOYだ。
「なんで来たんだよ、それにその刀は……」
「話は後にしましょう。あいつが敵ね」
紗雪は悠然と歩きながらハルミの方へ視線を向ける。
ハルミも何が起こったのかよく理解できていない様子である、
普段の彼からは似合わないようなぽかんとした表情すら浮かべていた。
「えっと……ああ、新九郎の幼なじみの。名前はなんて言ったかなっ」
「ふっ」
紗雪は問われて小さく笑うと、なんと両手で刀を頭上でプロペラのように回転させた。
それだけですごい風圧が巻き起こってシンクは吹き飛ばされそうになる。
剣を振り下ろして左手を前にした紗雪は謎のポーズを取る。
「その通り、私が青山紗雪よ!」
「ちょ、おまっ」
ちなみに振り下ろされた長すぎる刀はシンクのすぐ横の床を抉り取っていた。
風を受けて少し後ろに動いていなければ両断されていたという事実に戦慄する。
その刀がフッとかき消えた。
紗雪の手には鮮やかに光を反射する石がある。
どうやら能力を解除してジョイストーンに戻したらしい。
「新九郎」
「な、なんだよっ」
近づいてくる紗雪の迫力に後じさりそうになるが、残念ながら体は動かない。
シンクがさっきまでハルミに脅されていた時を遥かに超える恐怖を味わっていると、
「じっとしてて」
しゃがみ込んだ紗雪がシンクの体に触れた。
その瞬間、錘がふっと消えるような感覚を味わった。
拳を握る。
力が入る。
シンクはゆっくりと上体を起こした。
「なっ!」
驚きの声を上げたのはハルミである。
シンクは自分の身体に何が起こったのかをぼんやりと理解した。
「それは、アテナさんの……」
「うん?」
紗雪の手には刀から戻したものとは別のジョイストーンがあった。
全身が温もりに包まれるようなこの感覚はよく覚えている。
元アミティエ第三班副班長、アテナさんのJOYだ。
体力の消費と引き替えに怪我を治療する能力≪癒天祝福≫
これは確かに以前あの人に治療してもらった時と全く同じ感覚だった。
「どこで手に入れたんだ?」
シンクの体を蝕んでいた毒は完全に浄化されていた。
その代わり気怠さがひどく、すぐに動き回れそうな状態ではない。
「そこの船の中で見つけのよ」
「船の中……?」
「フェリー乗り場に泊まってた船。新九郎があそこに乗り込んだのかと思って」
「いや、あの中は軍の兵士がいっぱいいただろ」
「けちらしたわ」
別の意味で頭が痛くなった。
軍の輸送船に殴りこむとか馬鹿じゃねーの?
「でね。そこで見つけたのがこの怪我を治すジョイストーンと、こっち」
紗雪はさらに別のジョイストーンを差し出す。
「これは……?」
「なんか自分のジョイストーンを手元に戻す能力だって。他にもいっぱいあったけど、この二つだけはなぜか目立つ場所に説明書付きで置いてあったの」
これはたぶん≪再び手にする奇跡≫とかいうJOYだ。
自分のジョイストーンを手元に呼び戻すという、忘れ物防止のための能力である。
紗雪の≪神罰の長刀≫はルシフェルに奪われていたが、これを使って強制的に取り戻したらしい。
ということは、シンクがこれを使えば――
「いきなり現れて……うっとおしいなっ!」
「おっと」
ハルミが大声を上げながら腕を振る。
常にない激情を表に表す彼の態度の変化にシンクは驚いた。
だが紗雪が飛んできたクナイを指二本で挟んで受け止めたことにはもっと驚愕する。
「そんな不意打ちは通用しないわよ!」
「いや、通用しないって」
どう考えてもまともな人間に反応できるような攻撃じゃないんですがそれは。
「貴様ぁっ!」
ハルミは怒りの声と共に地面を擦るように蹴る。
すると彼の足下を基点に蛇のような炎が迸った。
炎は不規則に地面を走って紗雪へと襲いかかる。
「どっせい!」
炎が届く直前、紗雪の手に強大な剣が出現する。
あれは≪古大砕剣≫だ。
幅広の大剣を振り抜いた風圧で炎はあっさりとかき消える。
「小細工は終わりかしら! 次はこっちから行くわよ!」
大剣をジョイストーンに戻して身軽になった紗雪が駆ける。
ハルミまでの距離が十メートルを切った所で大きくジャンプ。
そして振り上げた腕に≪神罰の長刀≫を具現化させた。
「おりゃあっ!」
長大な刀が振り下ろされる。
文字通り地面を割る勢いの一撃だ。
しかし、あまりに大振りすぎる。
ハルミは横に飛んで楽々とかわした。
紗雪は地面に埋まった剣を持ち上げるような隙は見せない。
即座にジョイストーンに戻して腕を振りながら再具現化。
今度は遠心力を込めた横薙ぎの斬撃を振るう。
反撃に移ろうとしていたハルミは間一髪のところでしゃがんで避けた。
「くっ!」
後ろに飛びながらハルミは苦し紛れに何かの小袋を放り投げる。
その小袋にクナイをぶつけると、怪しいピンク色の粉が紗雪の身体を包んだ。
おそらくは毒だろう。
だが紗雪は慌てない。
「効かないっての!」
即座に≪癒天祝福≫で自浄。
さらに追撃で飛んできたクナイは≪古大砕剣≫を盾にして防いだ。
「なんつー戦闘センスだよ……」
あいつ本当に少し前までただの一般人だったのか?
シンクは幼馴染の戦いぶりに驚愕しつつ、あらためて体が自由に動くことを確認する。
……よし。
ハルミはさらに後方に逃れる。
まるで糸で引っ張られているかのような大ジャンプで建物の中二階に待避した。
SHIP能力なのかと思ったが、たぶん見えないロープかなんかを利用しているのだろう。
「この、女ァっ!」
ハルミの指の隙間に四本のクナイが現れる。
それを投げるより先に彼の目は驚愕に見開かれた。
「でえええええぃっ!」
紗雪は具現化させたままの≪神罰の長刀≫を振りかぶると、それを勢い任せに投げつけた。
長い刃が巨大なフリスビーのように回転しながらハルミに向かって飛んでいく。
狭い中二階では逃げるスペースもない。
ハルミは頭上にあるパイプを掴んでやり過ごす。
回転する刃はを天井を斬り裂きながら外へと飛んでいく。
武器を失った紗雪だが余裕は失わない。
今度は≪古大砕剣≫を担ぎ、ぶら下がっているハルミめがけて投げる。
しかも例の投げた剣に飛び乗る技で波に乗るサーファーのように一気に接敵する。
「うおおおおおっ!」
馬鹿みたいにデカい武器を軽々と振り回す女。
たとえ刀がなくても危険な相手だとわかるだろう。
ハルミは横に大きく飛んだ。
紗雪も≪古大砕剣≫から飛び降りて追いかける。
伸ばした手はハルミに届かない。
ハルミが笑う。
手には四本のクナイ。
空中で軌道を変えることは紗雪にはできない。
防ぐための武器ももうない。
絶好の反撃のチャンス。
ハルミはクナイを持った腕を振った。
瞬間、壁を切り裂いて≪神罰の長刀≫が紗雪の手に戻ってくる。
「な……」
≪再び手にする奇跡≫を使ったのだ。
ハルミと紗雪の間の距離はおよそ五メートル弱。
ギリギリ≪神罰の長刀≫の刃が届く範囲だった。
「どおぉりゃあああぁっ!」
「う、うわあっ!」
必死に体勢を変えて逃げようとするがもはや間に合わない。
紗雪が振り抜いた長刀はハルミの両足を切断した。




