17 軍基地襲撃
通信を切ったヒイラギは改めてHALL社製の携帯端末をじっくりと眺めた。
さすがはクリスタカルテル随一のPCメーカーの製品。
立体映像で会話なんて、まるで未来人になったような気分である。
もっとも、この時代にノートサイズの携帯端末なんて日本じゃ売れないだろう。
マークから借りなければ一生使うことはなかったかも知れない。
「おい、頼むから前を見て運転してくれ……」
後部座席に座るマコトがやや緊張したような声で言った。
心配しなくても片手で携帯端末を操作しながら運転するくらいで事故なんて起こさないのに。
「テロリストが目標到着前に事故を起こしては……くっくっく。笑えんなぁ」
助手席ではタケハが腕を組んでいる。
真顔で前方を見ながらおかしそうに笑った。
ヒイラギが運転しているのは四人乗りのワンボックスカーである。
見た目は市販車と変わりないが、いくつもの装甲板を重ねたロシア製の特殊車両だ。
様々な機材を積んでいるため外見に反して内部は軽自動車並に狭い。
さっきからケンセイが愛刀を丹念に磨いているが、何度か刃がぶつかりそうになったマコトから文句を言われている。
タケハもケンセイも内藤清次にやられた傷はすでに完治していた。
「お、見ろよアレ。新九郎たちが暴れた跡じゃね?」
横須賀中心部付近の交差点に差し掛かった。
破壊された装甲車と死屍累々に転がる新日本陸軍の兵士たち。
その様子はまるで戦場のようである。
「陸軍の軍服を着ているが、あれはもともと警察の人間だろう。やはり正規軍はほとんどが開戦に向けて動いているようだな」
ケンセイの言葉に車内は若干の弛緩した空気が流れる。
現在は警察の再公営化に向けて一時的に治安維持を軍が執り行っているが、急にそれだけの人員を確保できるはずもなく、出向という形で警察から軍に出向いている者が多くいると聞く。
一騎当千の彼らだが練度の高い軍人に正面から挑むのは骨が折れる。
しかし相手が武装しただけの有象無象ならば陽動の役目は十分に果たせるはずだ。
「ついたよー」
ふたつ次の信号を左に曲がるとそこはもう横須賀統合基地である。
クリスタ禅譲以前は在日アメリカ軍基地があったが、現在は国内最大規模を誇る新日本軍の基地だ。
「では作戦通り俺が先行する」
タケハが車から降りた。
門番らしき男が大声で誰何する。
「待て、何者だ貴様ら!」
やはり有事前ということもあって彼らもピリピリしているようだ。
テロリストが付近を逃げ回っているという情報も流れているし当然だろう。
タケハはそんな兵士の声を無視してトランクから武器を取り出す。
AK24ライフルを二丁ストラップで両肩から下げ、彼は威風堂々とした足取りで門番へ近づいていく。
「何者だと聞いている! 銃を下ろせ! そ、それ以上近づくな!」
「どけ。死にたくなかったらな」
門番もライフルを構えて威嚇するがタケハの足は止まらない。
「うわああああああ!」
冗談ではないと理解したのか、門番は大声で叫びながら銃を乱射する。
弾丸のいくつかは確かにタケハの身体に当たった。
だが。
「これで正当防衛が成り立つ。死んでも恨みはないな?」
「な、なな……!?」
「うおおおっ!」
タケハは両手に持ったAKを乱射しながら門番に迫る。
両足を撃ち抜かれた兵士たちはその場で転がった。
「いや、銃を持って基地に近づいてその理屈は通用しないだろ……」
車内で武器の準備をしていたマコトはタケハの物言いに小声でツッコミを入れた。
撃たれたタケハの心配はしていない。
彼の浅黒いな肌は≪鋼鉄肉壁≫というJOYである。
銃弾くらいなら平気で弾いてしまう防御力を持つ、肉体と同化した鋼鉄の鎧なのだ。
「さて、オレらも行くか」
「ちょっとタケハ! あんまり無駄撃ちしないでよね!」
マコトがスナイパーライフルを取り出してワゴンのルーフから顔を出し、ヒイラギは文句を言いながらは車をゆっくり発進させる。
ぱん。
ぱん。
二発、撃った。
門の後ろの三階建ての建物から人が落ちてくる。
こっそりタケハを狙っていたようだが、マコトの≪絶対領域≫は周囲に潜む敵の存在を決して見逃さない。
マコトは狙撃の達人というわけではない。
だが周囲の状況を完璧に把握できる彼には銃の技量なんか関係がない。
引き金を引きさえすれば、あとは勝手に弾丸が敵に吸い込まれるように飛んで行ってくれるのだ。
もちろん銃弾の威力と射程は彼が普段使っているコイン投げとは次元が違う。
タケハが盾兼掃討役。
マコトが索敵兼狙撃役。
どちらも銃器を装備することで自分のJOYを最大限に活かした形になっている。
ヒイラギは今のところ運転に専念だ。
楽に見えるが、実はかなり重要な役目である。
彼女たちの目的はあくまで小型艇の奪取だからだ。
別行動中の香織と和代を新生浩満のいる艦に無事潜入させることが第一目標。
奪った小型船に装着するAGPSと工具はすべて車内に積んである。
タケハたちが使う弾薬も大量に運ばなくてはならない。
そして最後の一人、ケンセイは。
「行ってくる」
言うが早いか車から飛び出した。
凄まじい速度で走って門に向かっていく。
日本刀の形のJOY≪無位夢幻刃≫を目にもとまらぬ速さで一閃。
鋼鉄の門がチョコレートを割ったようにバラバラになった。
剣士であることに拘るケンセイは遊撃役を務める。
いざとなれば能力の裏特性である幻覚を使って道を切り開く手筈だ。
念のためにDリングは装備しているし、練度の低い兵士相手に後れを取るような男ではない。
「協力者の『K』って人が先に潜入しているらしいけど、探して合流する?」
「必要ないだろう。港を目指して進んでいればそのうち会えるはずだ」
最近のタケハは強敵相手に敗北続きで自信を失いかけていた。
しかし今日は本来の力を存分に発揮できる状況にご満悦の様子である。
ケンセイと違って攻撃手段には固執しないので、サブJOYである≪古大砕剣≫を青山紗雪に貸したままでも十二分に活躍できる。
なんだかんだで彼も鬱憤がたまっていたのだろう。
「うおおおおっ! 命のいらぬ者は前に出よ!」
両手に抱えたアサルトライフルから銃弾をまき散らしながら、鋼の戦士は先陣を切って敵中へと飛び込んでいった。




