7 高木襲来
「あんたはALCOの人間なんだろ? 俺にここまでしてくれる理由はなんだ?」
シンクは香織の下を去ってここにいる。
やろうとしている復讐とも全く個人的な目的だ。
まさか善意で援護してくれているわけでもないだろう。
「近々、反ラバース組織は非常に重要な行動を起こす。可能ならば少しでも強い味方が欲しいが、俺の目から見てもお前のような狂犬を飼い慣らすことは不可能だ」
「そりゃどうも」
「だったらせめて囮になってみせろ」
なるほど、そういうことか。
要は彼らが活動しやすくなるため軍の目を引き付けろってことだろう。
どいつもこいつも勝手な都合で人を利用しやがる。
「いいぜ。やってやるよ」
とにかくシンクがやるべきことは怨敵への復讐だ。
目的達成のためならこっちだってお前らを利用してやる。
その結果、許されざる裏切りを働くというのなら……次の標的はお前らだ。
もはや平和や安息などは望まない。
戦い続けてやるさ、レンが帰ってくるまではな。
「車で行くなら久横道路を使うのはやめておけ。軍が検問所を敷いているから、テロリストとバレたら一発で囲まれるぞ」
「忠告どうも。お前らとは二度と会わないことを願ってるぜ」
シンクは手に入れたジョイストーンを握り締めて能力を発動させた。
懐かしい浮遊感が全身を包んだ直後、シンクの体は虚空を渡った。
出現したのは男の背後。
シンクが銃を構えるより速く男は跳躍して、近隣のビルの屋上へと逃れた。
「本当に油断がならない奴だ。まるで猛獣だな……くっくっく」
低い笑い声だけを残して男はそのまま姿を消した。
シンクは再度の空間跳躍でビルの屋上に移動するが、すでに男の姿はなかった。
「……どっちがだよ」
あの男は疑いようもなく相当な実力者である。
今の奇襲に反応されるとはさすがに思わなかった。
そして何らかの正体不明のJOYも持っている。
気づかれずに密閉された移動中の車内に入り込める能力を。
もしあいつが敵なら今のやり取りの中で三回は殺されていたはずだ。
できる事なら本当に二度と会いたくないとシンクは思った。
※
久しぶりに使う≪空間跳躍≫は非常に使い勝手が良かった。
シンクがかつて≪七色の皇帝≫でコピーした劣化版とは違い、瞬間移動後に強制的に直立姿勢に戻されてしまうという欠点がなくなっている。
オリジナルには建物の陰や壁の裏側などに先に意識を飛ばすことで転移先の空間把握がある程度できるという特性までついていた。
残念ながら三十メートル程度という飛距離や使用後三秒間の再使用不可能という欠点はそのままだが、依然と比べれば格段に使いやすい能力になっている。
駐車場に停まっていたキー指しっぱなしの車に侵入して拝借するという穏便な手段も使える。
組織的に追い詰められない限りは軍に捕まる事はないだろう。
とは言え油断は禁物だが。
信号は変わらず無視しつつ、時速八十キロ程度の安全運転で鎌倉街道を南下。
大岡川駅を過ぎてすぐの三叉路を左前方へ曲がる。
カーナビの目的地を久里浜港にセット。
案内路は当然のように高速道路を指したので設定を一般道のみに変更する。
有料道路なしの道だとほとんど国道を真っ直ぐ行くルートだった。
湘鉄線の武州金沢駅近くから横須賀街道を右折し南下する。
それから数分ほどで横須賀市内に入った。
追浜の繁華街を過ぎるとトンネルが見えてくる。
シンクは横須賀の地理にそれほど詳しくはない。
中学時代にバカやってた頃、遠征と称して何度か訪れたことがあるくらいだ。
思えばあの頃から無茶ばっかりやっていたが今じゃ本物のテロリスト。
一度はおとなしく生きようと誓ったのにな、とシンクは自嘲気味に笑った。
トンネルを抜ける。
大きな衝撃があった。
「っ!」
目の前で起こっていることへの理解が遅れる。
致命的な判断の遅れだったと言っていい。
だが、こんなことは予想できるものか。
起こった出来事はあまりにも唐突だった
「よう、はじめまして」
トンネルを抜けると同時に空から人が降ってきたのである。
短髪長躯、耳に大きなピアスをつけた男が、ボンネットの上でニヤリと笑った。
「お前が荏原新九郎君で間違いな――どわぁっ!」
シンクは思いっきりハンドルを切った。
縁石の切れ目から反対車線にターン。
当然だが男は振り落とされて路上に転がった。
ブレーキを軽く踏んで最小半径でUターンをかける。
片輪が縁石に乗り上げて車内が大きく揺れる。
車は倒れる路上の男へと向かっていく。
「死にやがれ!」
男が何者かなど関係ない。
あんな登場の仕方をする奴は敵に決まっている。
車に飛び乗ってくるような身体能力があるなら轢いたくらいで死ぬこともないだろう。
だが予想はまたも裏切られた。
シンクは再び思考停止状態に陥る。
「ぐっ……!?」
胸が痛い。
それがシートベルトによる締め付けと気づいたのは、車が強制的停止させられた後のことだった。
「な……」
「おいおい、話くらいはさせてくれよなぁ!」
タイヤがひたすら路上で空転する。
いくらアクセルを踏んでも前に進むことはない。
「一応自己紹介させてもらうぜ。俺の名は高木、ちょっとお前に聞きたいことが……」
シンクは≪空間跳躍≫で車外に脱出した。
移動範囲ギリギリ、左側の坂の上の住宅の屋根へ逃れる。
冗談じゃない。
片手で車を止めるような化け物の相手なんてしていられるか。
ここはやり過ごし、改めて人通りの少ない道を選んでこっそりと横須賀中心部を目指そう。
そんなふうに考えながら道路の様子を確認すると、高木と名乗った男と目が合った。
「な……」
「そこかぁ!」
高木が跳躍する。
一足飛びでシンクのいる民家の屋根へ降り立つ。
「逃がさねえぜ。お前に恨みはないが、この俺の栄達のためにALCOの情報を洗いざらい吐いてから死ねやァ!」




