11 そしてゲートは開かれる
なんだ。
なんなんだこの状況は。
ルシフェルは全身が燃え上がるような激しい怒りに打ち震えていた。
目の前には赤い剣を持つ神器使いと、赤い龍の神の呪いを身に纏った少年。
そいつらが互いを殺し合おうと全力で戦っている。
僕を無視して。
この僕を。
最強の力を作り上げたこの僕を無視して!
「おの、れえええぇっ!」
絶叫と共に翼から解き放つ『ライトニングフェザー』は万を超えた。
視界すべてを光に染めるように東京湾上空を踊り狂う。
しかし、攻撃は二人に何の影響を及ぼさない。
ショウは軌道を変えることなくすべてをオートガードで防いだ。
レンに近づいた羽は彼に触れる直前にすべて焼け落ちる。
こんな攻撃は避けるまでもないとでも言いたげに。
二人が激突する瞬間、赤い衝撃が迸る。
それに反応して≪暗黒魔王翼≫の防御壁が自動で発動する。
彼らがただぶつかり合っただけで能力が驚異判定を下したことが、何とも言えない惨めな気持ちにさせる。
「この、このっ! 僕を無視するなっ!」
右手に持った≪神罰の長刀≫を振り回しながら二人の元に斬り込むルシフェル。
だが高速で飛び回る彼らには追いつくことすらできない。
長い刃がむなしく宙を斬る。
「なんなんだよ、なんなんだよちくしょう……!」
こいつらのスペックはどうなっているんだ。
僕の≪暗黒魔王翼≫は絶妙な計算の上に作り上げた最強兵器だぞ。
現実世界で使用に耐えうる最高レベルの能力のはずだ。
その気になればたった一人で世界を滅ぼすことだってできる。
防御力に極振りした事による攻撃力不足という弱点も≪神罰の長刀≫がカバーした。
最強なんだ。
僕は最強のはずなんだ。
上回るやつなんて存在しちゃいけないんだ。
だいいち、お前らそのエネルギーはどっから得てやがるんだよ。
世の中のルールを無視しやがって、ちくしょう。
いや待てよ?
「くく、くくく……」
ルシフェルはクールである。
思考を鈍らせる怒りは適度に発散すれば消える。
ちょっとした癇癪を起したりもするが、いつでも最高の頭脳を取り戻せる。
こいつらがルールを無視するなら僕もそうすればいい。
とても簡単なことだった。
「おい、お前らァ!」
戦い続ける二人に大声で呼びかける。
予想通りに無視されたが、まあいいさ。
こうすれば間違いなくノッてくるはずだ。
「あんまり暴れると沿岸の街にも被害がでるぞ! どうせなら思いっきり戦える場所にご招待してあげようじゃないか!」
コードWoS。
開け、次元の扉。
ルシフェルの囁きに反応して彼の正面の空間が歪み始めた。
最初は拳大の小さな闇。
次第にそれは大きく膨らみ始める。
やがて人ひとりが潜れる程度にまで拡がった。
闇の中から漏れるエネルギーを吸収する。
翼の先に闇色の光が集中する。
そして、放つ。
「おうらぁ!」
闇色の光がそれぞれの翼から射出。
ルシフェルの前方三メートル地点で合流。
一つの大きな筋となって大地を激しく薙ぎ裂いた。
わずかに向きを変えると闇の光は神奈川西部から東京都を縦断。
埼玉南部までに及ぶ広大な範囲に破壊をもたらした。
「な……」
「わっ」
流石に二人のガキ共もさすがに動きを止める。
ショウは驚きの表情で、レンは狂気の笑みを浮かべながら。
よしよし、二人ともようやく気づいたらしい。
この僕こそが、お前らにとって最も恐るべき敵であるとな!
「これ以上の破壊を食い止めたいか? より強大な力を持っている僕と戦いたいか?」
現実世界では……
もとい、この世界ではこの世界のエネルギー法則に従う必要がある。
だがルシフェルの創造した世界は違う。
世界のすべてが≪暗黒魔王翼≫に味方をしてくれる。
開いたWoSゲートから漏れ出した力だけでこれだけの威力が出せる。
「ならば追ってくるが良い! 僕の創り上げた世界で十分に相手をしてあげよう!」
ルシフェルは振り向きもせずにゲートを潜る。
彼には確信があった。
それぞれ理由は違ってもこいつらは必ず僕を追ってくると。
その時は二人まとめて相手をしてあげよう。
そして思い知らせてやる。
この僕こそが、神を名乗るにふさわしい、最強の魔王だということを。
※
「なんだよ、今の……」
シンクがリアウインドーから顔を出して外を見たちょうどその時だった。
凄まじく巨大な黒い光線が視界いっぱいの空を縦断した。
ヒイラギの運転する車は関内地区を抜けて国道十六号線を南下している。
左側の車線が混んできたと思ったら、どうやら首都高に入る車で渋滞していたようだ。
それを横目で眺め、鎌倉街道と合流して急に動きがスムーズになったと思った矢先のことである。
「ちょっと止めてくれ!」
嫌な予感がしてシンクは叫んだ。
ヒイラギが普通に信号無視をして車を交差点に突っ込ませていた最中である。
「なによ急に」
前方の車線が両方とも塞がっていたのでヒイラギは仕方なさそうに減速した。
横から来た車にクラクションを鳴らされるが気にしない。
シンクは即座にドアを開けて外に出る。
さすがにここまで来れば戦闘の余波は届いていない。
付近の建物に衝撃波による破損は見られなかった。
そしてレンたちが戦っているはずの東の空には……なにもなかった。
いや、ここからだと高層ビルが邪魔になって見えないだけかもしれない。
そうに違いない、いま戻ったらまた衝撃波にやられるかもしれない。
必死にそう考えようとしてもシンクは嫌な予感が拭えなかった。
信号が青になる。
対向車線のバイクが発進する。
シンクは飛びかかって運転手を引き剥がす。
「ぎゃっ!」
「悪いけど借りるぞ」
「ちょ、ちょっと新九郎くん!?」
小石川香織の声は無視は無視。
バイクを奪ったシンクはそのまま関内地区へと戻っていった。




