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DRAGON CHILD LEN -Jewel of Youth ep2-  作者: すこみ
第二十四話 アーマゲドン
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10 老闘士の最期

「何物だ、止まれ」


 ここは横須賀の山間にある十階建ての無機質なビル。

 表向きは単なる研究所だが、実体はラバース関連企業の中でも最重要な建物の一つだ。


 その正門前にリーメイは姿を現した。

 彼女は警備員の誰何を無視して歩を進める。


「止まれと言って――」

「活ッ!」


 前を見据え『気』を発する。

 警備の男は腰を抜かしてへたり込んだ。


「ひ、ひっ……」


 大の男とは思えない姿で怯える男の横を、リーメイは一顧だにせず通り過ぎた。


 施設内に足を踏み入れる。

 スーツや白衣姿の男たちが多く目についた。

 それらの視線を無視し無人の荒野を行くかのように前へ進む。


「う、あ……」


 リーメイは何をしているわけでもないのに、側を歩くだけで周りの不健康そうな男たちは恐怖に身を縮こまらせ動けなくなってしまう。


 本能的に察しているのだ。

 今、そこを歩いている老婆に手を出してはいけない。

 これは人の皮を被った野獣であると。

 リーメイはかちこちに固まったスーツ姿の男を捕まえて尋ねた。


「おい」

「ひっ、はっ……」

「アリスって女はどこにいる」

「あっ、ひゃ、あは」


 男は恐慌状態でまともに言葉を発せない。

 軟弱者め、面倒だが優しく懐柔してやる気もない。

 男の襟首をひっつかんで近くの茂みに投げ込み正面玄関へと向かう。


 自動ドアの前に立った瞬間、リーメイの首が大きく傾いだ。

 こめかみに強い衝撃を食らった。

 リーメイは手を伸ばし、まだ宙にあった弾丸を掴む。


 遠距離からの狙撃である。

 普通の人間なら脳みそをまき散らして死んでいただろう。


「……ビビらず狙って当ててきた度胸と技量は褒めてやる」


 リーメイは独りごち、親指で手の中の弾丸をはじく。

 一キロほど離れた森の中で血飛沫が舞った。


 建物の中に入るとカーキ色の戦闘服を着た男たちがリーメイの前に立ち塞がる。


「ここは通さん」


 その数は五人。

 いずれも紛れもない戦闘のプロだ。

 纏っている張り詰めた空気が彼らの実力を如実に表している。


 リーメイを前にしても臆する様子は見られない。

 正面の男がナイフを抜いた。


「やれやれ」


 普段なら立ち向かってくる者には賞賛の言葉を与えるところだが、今は悠長に戦いを楽しんでいる場合ではない。


 まるで地脈を縮めたかのように暗殺者は一瞬で懐に入り込んできた。

 右手のナイフがリーメイの喉を下から突き上げる。

 瞬間、彼女は拳を敵に叩き込んだ。


「え?」


 さすがに思考が追いつかなかったのだろう。

 他の暗殺者たちが呆気にとられたようなマヌケな声を上げる。

 仲間が確実に標的を仕留めたと思った直後、グチャグチャになった顔面を晒して地面に転がったのだから。


「次はどいつだ?」

「う、うわああああっ!」


 百戦錬磨のプロとて、自信とプライドを砕けばただの人。

 簡単に状況判断も出来ない愚か者へと成り下がる。


 暗殺者たちはそれぞれの武器を手にリーメイに襲いかかってきた。

 どんな実力者だろうと恐慌状態に陥った相手など敵ではない。

 五秒後には残り四つの死体がその場に折り重なっていた。


「ふむ……」


 リーメイは疑問に思った。

 事前に掴んだ情報では一〇〇を超える兵士が厳重に守りを固めているはず。

 確かにこいつらはある程度の手練れだったし、普通の侵入者なら問題なく排除できるだけの実力もあっただろう。


 しかし、思っていたほどの達人というわけでもない。

 この程度ならALCOのメンバーでも十分に対処可能だ。


 考えても仕方がない。

 エレベーターでとりあえず最上階に向かう。

 特に理由はなく、一部屋ずつしらみつぶしに探していくつもりだ。


 間違いなくアリスという女はこの建物の中にいる。

 小石川香織が調べているし、それでなくてもわかるのだ。

 近くに確実に存在する禍々しい気を。


 エレベーターから降りると二人の女がリーメイを出迎えた。


「ようこそ、赤坂ルミさん」

「ようこそ、赤坂ルミさん」


 全く同じ顔。

 全く同じ声の若い女。


 リーメイを前にしても恐れた様子はない。

 彼女らの髪の色はどちらも目も覚めるような水色だった。

 ……レンと同じ。


「レインシリーズか」

「そうだよ。シーラ=レインです」

「ニナ=レインです」


 不気味なほど邪気のない笑み。

 リーメイは不快さに顔を歪めた。


 こいつらは人間ではない。

 ()()()と同じ、クソッタレ共に生み出された人造人間だ。


「あ、勝手な決めつけで同情とかやめてくださいね。私たちは幸せな方なんですよ? 自分たちの境遇をしっかり理解している個体なんですから」

「知らない子たちの方が幸せかも知れないけどね」


 きゃはは、とレインたちは耳障りな笑い声を発する。

 リーメイは足を踏み出し、ニナと名乗った方の顔面に拳を叩き込んだ。


「わ」


 柘榴のように頭がはじけ飛ぶ。

 ニナの体は血飛沫を上げながら廊下を転がって暗がりに消えていった。


 そのわずか数秒後。


「うう、痛いなあ。いきなり殴ることないじゃないですかあ」


 ニナ=レインが起き上がって歩いてくる。

 完全に砕いたはずの顔面が見る間に元通りに戻っていく。

 まるで悪趣味なスプラッタ映画を逆再生しているかのようだった。


 あっという間に少女は再生を完了。

 服についた血だけが先ほどの攻撃の跡を残している。


 超再生能力。

 ちょっとやそっとで死ぬことのない体を与えられた真性のバケモノだ。


「落ち着いてください。私たちはあなたと交戦する意志はないんです」

「そもそも私たちに戦う力はないですし」


 彼女たちの身体能力は外見同様に普通の少女と変わりない。

 特徴的な髪の色がなければ街中ですれ違っても普通の少女と区別がつかないだろう。


「私たちはただの案内役です。あなたをアリスさんの所にお連れします」

「正直に言えばあまり施設内を荒らされたくないので。どうぞこちらに」


 背を向けたレイン二人は武器を持っている様子もない。

 どうやら敵意がないのは間違いないようだ。


 以前、ラバース上海支社が一体のレインシリーズを殺害しようと試みたことがある。

 一ヶ月かけてありとあらゆる致死の拷問を試し、一万回以上殺してようやく生命活動を停止させたと記録に残っていた。


 ちなみに殺害の過程で実験に携わったプロの処刑人のうち二人が発狂したと言われている。

 戦闘能力がないとはいえ、そんな奴と戦うのは時間と労力の無駄である。

 リーメイは大人しく従うことにした。




   ※


「どうぞ」

「こちらへ」


 通された狭い部屋は複数のパソコンが並んでいる作業室。

 その一番奥でこちらに背を向けている女がいる。


「お前がアリスか」

「きゃ……」


 レインのどちらかが小さく悲鳴を上げる。

 床に散乱していた紙束が部屋中を激しく舞った。

 リーメイが発した気は物理的な圧力を持って吹き荒ぶ風となる。


「あたしと一緒に来てもらうぞ」


 女は何の反応も見せない。

 まるで柳を押すかのようにリーメイの気を受け流している。


 話通り、壊れた女らしい。

 だがこれくらいは予想の範疇である。

 もとより素直に協力を得られるとは思っていない。


 とにかくここから連れ去る。

 あとは拷問でも薬物でも使って言うことを聞かせるだけだ。

 必要なのは彼女という人格ではなく、彼女の持つ悪魔的な頭脳なのだから。


 リーメイはゆっくりと部屋の奥に進んでいく。

 あと数歩で手が届く距離で、唐突に女が椅子ごと振り返った。


 即座に構えを取る。

 アリスはナイフ格闘術の達人だと聞いている。

 しかし、この間合いで戦闘態勢に入ったリーメイに勝てる人間などこの世に存在しない。


「残念だけど、アリス博士ならすでに本社に出向されたわ」


 振り向いた女は妖艶に微笑んだ。

 真っ黒なドレスだ。

 話に聞いていたアリスの特徴とは合致しない。


「ここはSHINE研究施設とは何の関係もないただのダミー施設よ。遠路はるばるとご足労を頂いたのに、残念だったわね」


 ああそうかい。

 ならさっさと次の場所を調べるまでだ。

 お前を倒してな。


 この女が何物かなど関係ない。

 抵抗される前にぶっとばすだけだ。


 リーメイは床を蹴った。

 一歩目を踏み出した瞬間、体が動かなくなった。


「な……!」


 動かない。

 もっと正確に言えば凍り付いている。

 足が地面と同化し、腕はおろか指先一つ開くことができない。


「摂氏マイナス二五〇度。絶対零度とはいかないけれど、生物が動ける環境ではないでしょう?」


 視界が白い。

 部屋中に霜が降りている。

 肌の感覚はもはや完全に消失していた。


 鋼鉄の鎖に繋がれた程度なら、気合いと腕力で引きちぎる事もできる。

 だが、これでは体のどこにも全く力が入らない。


「貴様、逸脱者(ステージ1)か!」


 何とか絞り出した掠れたような声もほとんど音にはならない。


「はじめまして、赤坂ルミ。ヘルサードの系列にないオリジナルのSHIP能力者」


 何物もまともに動く事ができないはずの空間の中、目の前の黒いドレスの女は優雅な仕草で椅子から立ち上がった。


 彼女の手がリーメイの腕に触れる。

 凍り付いた肘から先が音もなく砕け散った。

 痛みを感じることはなく、血が噴き出すこともない。

 リーメイは失われた自分の腕のあった部分を夢の中のような気分で眺めた。


「まだ生きている方が不思議なのだけど。さすがは赤坂家の総元締めと褒めるべきかしら?」


 リーメイは自分の命が風前の灯火であることを知った。

 ちくしょう、と叫びたくても、もはや怨嗟の声すら出せない。


 まさかこんな小娘にやられるとはね。

 アタシもヤキがまわったもんだよ。


「でも、さようならね」


 女の手がリーメイの胸、心臓のある場所に触れる。


「最後にお礼を言っておくわ。あなたを始末できた功績で、私は正式に本社のエージェントとして認められるでしょう」


 音もなく銃弾を撃ち込まれたようにリーメイの胸に穴が穿たれた。


 おのれ、ラバースコンツェルン。

 どこまでも我が一族を愚弄しやがって。


 意識が途絶える直前にリーメイが思ったのは二人の少年のこと。

 血は繋がっているが話したこともない玄孫と、血縁はないが彼女の手で育てた少年。


 お前ら、いつまでも争ってる場合じゃないよ。

 協力してこのクソッタレ共を、ぶっ潰して――

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