3 快進撃!
「なぜ攻撃命令が出ないんだ?」
フレンズ本社の元・社長室にて。
神奈川全域を見渡す高所で突撃銃を構えた軍曹が疑問を口にする。
緑色の光を放つ敵目標は偵察ヘリを撃墜した後で急速にスピードを低下させた。
放つ光が明らかに弱まっている。
おそらくはエネルギー切れを起こしているのだ。
今なら高射砲で十分に狙える距離。
なのに砲撃の許可どころか、すでに敵を目の前にしている自分たちへの命令もない。
窓がはめ殺しでさえなければ狙撃銃でも十分に狙えるくらい近くに敵がいるというのに。
つー、つー。
携帯式の無線が鳴った。
見ると、フロアにいる六名の隊員すべての無線が鳴っている。
軍曹は耳に当てて指示を仰ぐ。
そして、この仕事を始めてから今までで一番意味不明な命令を耳にした。
『歩兵各員に告げる。すべての携行武器の使用を許可する。弾丸はいくら消費しても構わない。独自判断で行動し、上海の龍童を制圧せよ』
それで無線は途切れた。
「……は?」
思わずマヌケな声を漏らしてしまった。
命令の続きを待ったが、それ以上の通信はない。
試しにこちらから問いかけてみても応答はなかった。
なんだ、どういうことだこれは。
独自判断で戦闘行為だと?
ゲリラが山ほど潜む敵地で孤立した独立部隊じゃねーんだぞ。
仮にも国内の市街地。
しかも仮設とはいえ駐屯地の防衛戦だ。
能力者が相手なら、なおさら綿密な作戦と連携が必要になる。
戦闘指揮の訓練は一般下士官の自分でも受けているが、どんな力を持っているかわからない相手と独自判断で戦闘を行うなんて、そんな状況は想定したこともない。
そもそも今の声は誰だ。
司令部の榊少将じゃないことは確かである。
所属と階級すら名乗らない人間の、しかも無線越しの命令に従って良いものか?
周囲の兵を見渡してみたが、他の兵士たちも同じように信じて良いのかわからない様子である。
思い出してみれば、さっきの無線の声は素人が軍人っぽい口調を無理にマネしていたような不自然さがあった。
命令を出し慣れていないというか、明らかに将官ではなさそうな感じだった。
もしや……と考えて軍曹は顔を歪める。
現在の新日本陸軍は再編成されたばかりである。
指揮系統は複雑に絡み合い、上官の命令よりもラバース重役の命令が優先されることすらある。
それ故に横紙破りとでも言うような割り込みもあり得るのだ。
「冗談じゃねえ。敵の攻撃を受けている最中だぞ……!」
状況としては最悪である。
指揮所で何があったかは知らない。
だがこれでは戦場の兵士を無駄に混乱させるようなものだ。
思わず唾を吐きたくなるような怒りを我慢してると、再び無線が鳴った。
今度は上官からのまともな命令を期待して無線機を耳に当てる。
が、聞こえてきたのはさっきと同じ声。
しかも告げられた言葉は全く予想外なものだった。
『伝え忘れていたが、私の名前は新生浩満。先ほどの命令は間違いではないので滞りなく遂行してくれたまえ。もし逆らったり逃げ出したりした場合、クーデターに荷担したものと見なし、新法に照らし合わせ処罰するからそのつもりで』
「し、新生浩満? ラバースコンツェルンの総帥?」
フロアの反対側にいた部下が素っ頓狂な声を上げた。
新日本陸軍は現在、ラバースコンツェルンの私兵という側面も担っている。
それ故に全軍の統帥権はかつてのように総理大臣ではなく、ラバース総帥の新生浩満にあった。
指揮系統をいくつも飛び越えた超絶トップダウン。
軍人としてはこれに逆らえる術はない。
しかし、なんなのだ一体。
クーデターとは何のことだ。
軍曹がまるで夢の中にいるような非現実感に包まれた直後、壁一面の窓ガラスを叩き割って、緑色の光を纏った少年が飛び込んできた。
※
フレンズ本社の上階に突っ込むなり、レンの体を包んでいた龍の衣が消失する。
さすがにエネルギーを全開にして飛び続けるのはキツかった。
だが到着さえすればこっちのものである。
適度に温存しつつ、時間さえ立てば龍脈から自然エネルギーを吸収して力も回復する。
とりあえずレンは周囲を見渡した。
銃を構えた迷彩柄の兵士たちがこちらの様子を窺っている。
「止ま――」
敵が警告を口にするより先にレンは動いた。
まずは近くにいた兵士の懐に飛び込んで鳩尾に拳を叩き込む。
相手が一撃で気を失って崩れ落ちると、同時に別の兵士が持つ小銃が火を噴いた。
弾丸がフロアの床に無数の穴を穿っていく。
レンはわずか三歩で距離を詰め、兵士が持つ銃を蹴り飛ばし、
「やっ!」
「ぶべっ!?」
そのまま横殴りにぶっ飛ばした。
「貴様っ!」
次の敵との間には大きな距離がある。
レンは大きくジャンプして天井に手をかける。
そのまま蛍光灯の出っ張りに手をかけて一気に接敵する。
それでもまだ届かない。
小銃の銃口がこちらを向いている。
レンは背中に手を回して武器を取り出した。
武神槍。
一メートル二十センチほどの棒に刃先が突いただけのシンプルな槍だ。
その強靭な刃はレンの力と合わさることでダイヤモンドでさえ容易く真っ二つに切断する。
引き金を引かれるより早くレンは槍を振った。
敵が構えた小銃の前面部分がずり落ちる。
ハンドガード周辺に綺麗に斜めの断面が作られた。
「ちっ!」
主武器を失った敵の判断は早かった。
腰の拳銃に手をやるが、引き抜くより先にレンは拳を横っ面に叩き込んだ。
わずかに顔を下げていたのが災いし、敵兵士は大きく後ろに仰け反ると、そのまま仰向けに倒れて昏倒する。
「ひ、ひっ!」
フロアに残った最後の兵士は完全に恐慌状態に陥っていた。
手にした小銃をフルオートで乱射し5,56mm弾をバラ撒く。
もちろん一発たりともレンには当たらない。
銃口が向くよりも速く、横から大きく回り込む。
「げっ……」
武神槍の柄が敵の喉元を打った。
あっという間にフロア内の敵兵士は全滅。
全員が気を失っているが、命を落としたものはいない。
上海支社を壊滅させた時もそうだったが、レンは自分より劣る相手の命を奪うことは極力避ける。
それは師の教えもあるからが、だからと言ってこの少年を止めることは容易くない。
そして必要とあればレンは躊躇なく敵にとどめを刺す覚悟もある。
「あ。やっつけないでシンくんがどこにいるか聞けば良かった」
軍隊が相手でも関係ない。
たった一人で戦うことに少年は恐れを感じていない。
「まいっか。自分でさがそう」
そして実行に移すだけの力がある。
少年は残酷ではないが、決して優しくもない。
愛する人に会うためなら誰が死のうが構わないのだから。




