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DRAGON CHILD LEN -Jewel of Youth ep2-  作者: すこみ
第二十三話 バイオレントリー
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1 逸脱者

「『だいせつ』が撃沈だと!?」


 那賀川大佐は部下からの報告を信じられずに思わず問い返した。


 だいせつは第四世代型のネオイージス艦である。

 半径六〇〇キロ範囲、五一二箇所の同時索敵追尾能力を所持。

 命令一つで五十以上のミサイルを同時発射することができる最新鋭艦艇だ。


 まさしく海上に浮かぶ要塞である。

 それが正体不明の機影発見の報告から数分も経たない内に沈められるなど、到底信じられる話ではなかった。


「とりあえず、最優先でマスコミ対策だ。絶対に国民に知られるようなことがあってはならん。すぐに原因を調べてこちらへ回せ。乗員の安否など後回しで構わん」


 だが、あり得ない出来事を前に思考停止するほど彼は経験を積んでいないわけではない。

 この撃沈が正体不明機とは関係のない……例えば掃討漏れの機雷に引っかかった等のマヌケな事故なら別に良い。

 いや、別に良くはないのだが、この時期に得体の知れない他国の新兵器が本土に近づいているという最悪極まりない状況よりはよっぽどマシである。


 敵影が飛んで来たのは清国方面だ。

 あの国にしぶとく残存している旧政権残党の中には日本を恨んでいる者も多い。

 地下組織を形成して散発的なテロ活動を行っているという噂もある。

 奴らに組織的な抵抗などできるわけもないと高をくくっていたのだが、万が一にもネオイージス艦を沈められるほどの超兵器を開発し、ついに牙を剥いたのだとしたら……


「艦隊より通信!」


 別の隊員が大声を上げ、那賀川大佐は大声で聞き返す。


「今度は何だ!?」

「こ……『こうや』が撃沈されたそうです」


 それは最新鋭ミサイル巡洋艦の名だった。

 小国なら一隻で半壊にできるほどの攻撃力を備えた一騎当千の艦である。


「警告に従わない不審な機影を捉えた後、艦長が独自判断で迎撃を行ったそうですが……」

「もういい」


 男は部下の報告を遮った。

 少なくとも日本海に最新鋭艦を沈められる何物かが存在するのは間違いない。


「ラバースに連絡を入れろ。逸脱者(ステージ1)の派遣を要請する」

「は……」

「復唱せんか!」

「はっ。ラバース本社に対し、逸脱者(ステージ1)の派遣を要請します!」


 思わず怒鳴りつけてしまったことで那賀川の苛立ちはさらに募る。


 こんな事があってたまるか。

 艦艇を二隻も同時に沈められるだと?

 相手は新技術を転用した超兵器か。

 それとも特殊な力を持った超人か。


 どちらにせよ、これ以上の被害を出すわけにはいかない。

 彼は軍人として耐えがたく、しかし最善の決断をしなければならなかった。


「こんな時くらい出張ってもらおうか。我が国の影の支配者様よ」


 プライドを傷つけられ、薄笑いの表情を張り付かせた新日本海軍大佐。

 那賀川勝の低い声が指揮所内に響いた。




   ※


 出撃命令を受けるなりヘリに詰め込まれた速海駿也は、後部座席の背もたれに体を預けながら悪態混じりの愚痴を零した。


「気の滅入る暗殺任務から帰ってきたばっかりだぜ、俺。そんなに人手不足なのかよ」

「無駄口を叩くな。命令には黙って従え」


 戦闘ヘリLH-2のパイロットシートに座る新日本空軍の将校が冷たい声で彼を諫める。

 その不愛想な態度に速海は苛立った。


「俺はあんたの部下じゃないんだけど、偉そうに命令しないでくんない?」


 返事はなかった。

 速海はため息を吐いて窓の外に視線を向ける。


 この男の気分もわからないではない。

 軍はあれよあれよという間に指揮権をラバースに奪われた。

 しかも決して階級が低いわけではない生粋の軍人が、得体の知れない能力者のタクシー役を命じられているのだ。

 むしろ開口一番に文句を言わなかっただけ立派だと褒めるべきだろう。


「なあ、もっと気楽にやろうぜ。どうせ義理を通すためのポーズなんだしさ」


 狭い空間に男と二人きりという状況を考えれば、いがみ合うよりはフレンドリーに接したい。

 そう思って速海の方から譲歩してみるが、やはり空軍将校からの返事はなかった。

 速海は構わず話し続ける。


「つーか、何者かは知らないけどネオイージス艦を瞬殺するような相手なんだろ? こんなヘリで近づいて落とされないのか?」


 当然だが清国テロリストの新型兵器の恐れありという報告を速海は信じていなかった。

 鉄壁の守りを誇る第四世代のネオイージス艦が抵抗する暇もなく撃沈されたのだ。

 そんな超技術を持っているテロリストなんてあの国に残っているはずがない。


 ラバースコンツェルンの兵器産業部門で開発中の新型を用いても、ネオイージス艦のレーダーに気づかれず射程圏内に入るのは難しいだろう。

 だとすれば、相手は新型レーダーにも移らない小型かつ金属要素を持たない存在で、機械超高速で艦艇に取り付く機動性を落ち、あっという間に機関部を破壊するだけの戦闘力を要する者……


 つまり能力者に間違いない。


「貴様でも無理なのか?」


 ようやく喋ったと思ったら、鼻で笑うようなセリフを空軍将校は吐いた。

 ムキになるのも大人げないがせっかくの静寂を破る機会だ。

 速海は正直に答えることにした。


「気づかれず接近するのが難しいな。いくら俺でも生身で高速飛行するような能力は持ってないし」

「フン、偉そうにしておきながら所詮は……」

「俺なら下から突き上げて倒すかな」


 並みの能力者を遙かに引き離す力を持つ故の逸脱者(ステージ1)である。

 今回の敵と同じようなことはできないが、自分なりのやり方で艦艇に勝つことは出来る。


 逸脱者(ステージ1)とは今のところ具体的なカテゴリーがあるわけではない。

 先進国の軍隊相手に単独で勝てるだけの能力者が総じてそう呼ばれている。


 特に海戦において速海は無敵である。

 クリスタ海軍の一個艦隊が相手でも彼なら問題なく撃退できるだろう。


「問題はアンタの方なんだよ。海の上か、少なくとも地上での戦闘なら相手が空人以外の誰だろうと俺は負けない。けど飛んでる敵にはまず近づけなきゃどうにもならないぜ」


 得手不得手という意味では、今回の作戦は速海にとって最悪であった。

 報告からして間違いなく敵は高機動飛翔能力を持っている。

 アウトレンジから攻撃する術もあるみたいだ。

 下手をすれば速海が何かする前にヘリごと撃墜されてお終いである。


「ちっ……」


 パイロットがこれ見よがしに舌打ちをした。

 どうやら良好な関係を築くことには失敗したようだ。


 まあ、悪意を持って挑発してくる相手に合わせてやる義理もない。

 諦めて肩をすくめると、速海の体を冷たい感覚が通り抜けた。


「近いぞ」


 気持ちを入れ替えて真面目な声で警告する。

 しかしパイロットの反応は鈍かった。


「なんだ、トイレでも行きたくなったか」

「敵が近くにいるって言ってんだよ」

「何を根拠に言う?」

「感じるんだよ。勘ってやつだ」

「レーダーには何も映っていない。気のせいだろう」

「馬鹿かお前。レーダーに映るような相手に軍艦がみすみす沈められるかよ」


 いつまでも常識に囚われている空軍将校に速海は苛立った。

 能力者相手の戦いではこういう決めつけをした奴が真っ先に死んでいく。

 なんでよりによってこんな適応力のないやつを寄越したんだと文句を言いたかった。


「っ、来るぞ!」


 未だ半信半疑のパイロットに怒鳴りつける。

 それと同時に、窓の外が眩く光った。

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