3 対能力者連隊
南蒲田駅の近くに車が停車している。
大型のワンボックスカーだ。
窓にはスモークが張られているが、一見すると何の変哲もない車に見える。
その正体は新日本陸軍中央即応集団隷下対能力者連隊新八七移動式戦闘指揮所である。
外見からではわからないがこの車両は軽戦車並の装甲を持っており、榴弾の直撃を受けてもビクともしない。
前部ドアは偽装、唯一の入口である後部ドアからのみ入ることができる。
車内は運転席の区切りすらなく、まるで小部屋のようになっていた。
車内の大部分を占めるのはコンピューター。
その至る所に無数のモニターがあって青白い光を放っている。
一番大きなモニターには羽田周辺のリアルタイム航空映像が移されていた。
映像の中ではいくつかの光点が瞬いている。
攻撃目標、そして周囲に配置された隊員の位置を正確に伝えているのだ。
「指向性閃光発音筒の命中を確認」
戦果確認の報告にも大道盛定中佐は気を緩めない。
車内には三人がいる。
そのうちのひとり、大道継義中佐はAJRの隊長だ。
ジョイストーンやSHIP能力者という概念を知る者は軍の中にも少ない。
しかし軍の中にも能力者という存在を危惧している人間はいた。
例外もあるとは言え基本的には若者だけが使える特殊な力。
そんなものを無対策で放置しては社会の安寧は望めない。
民営化によって警察力が極端に弱まっている現代ではなおさらである。
万が一の時に備えて確実な抑止力となれる存在が必要だ。
とある野党議員の肝いりで設立された陸軍内の対能力者連隊、通称AJR。
一般には存在そのものが秘匿され、練度の高いレンジャー隊員達のみで構成されている。
彼らはラバース本社はもちろん、傘下企業の能力者組織に至るまで全ての能力者のデータを集め、あらゆる状況に対応できるための訓練を積んでいた。
「続けて誘導射撃に入ります」
「油断するなと全隊員に伝達しておけ。相手は規格外の化け物だからな」
能力者は危険度によって五つのランクに分けられる。
そのほとんどは危険度DおよびE。
例えるなら武器を持った犯罪者程度の脅威である。
だが中には恐るべき力を持つ者もいる。
今回のターゲットである『マナ』はそのうちの一人だ。
装甲車すら引きちぎる破壊力。
スナイパーライフルすら防ぐ防御力。
全方位にレーダーのごとく伸びる探索能力。
本人の異常な性格も合わせて、その危険度は特Aクラス。
彼女の能力である≪不可視縛手≫の詳細は聞いていたが、作戦行動前に送られてきた個人のデータを見て誰もが目を疑った。
よくもまあ、フレンズ社はこんな猟奇殺人者を飼い慣らしていたものだ。
「目標移動開始。動作安定せず。スタングレネードが効いてるようです」
「携帯チャフを散布。散発射撃で目標を誘導」
敵の目を潰し、能力による探索も気づかれない程度に妨害する。
この時点でマナは普段の戦い方ができなくなったはずだ。
そこに全方位からの散発的な射撃を撃ち込む。
弾丸そのものは攻撃射程に入った瞬間自動的に防がれる。
だが狙撃を受けたマナは脅威を取り除こうと攻撃の来た方に向かっていく。
右へ、左へ。
本人は怒り心頭だろう。
「面白いように釣られてくれますね。所詮はガキってことっすか」
「気を抜くなと言ったはずだ。すでに多くの犠牲者が出ていることを忘れるな」
マナを輸送してきた操縦士から綾瀬基地に連絡が入ったのはつい数十分前だ。
それより少し前から危険人物を載せたヘリの接近は予測されていた。
新生浩満が彼らにマナの始末を命じていたからだ。
おかげでAJRの面々は前もって周到な準備を行うことができた。
もっとも実際にマナが現れる場所までは判明していなかったため、多くの犠牲を許してしまったが……
「第三隊から連絡。目標区画の避難を開始」
マナがこちらの誘導射撃を受けて右往左往している間に、その他の隊員が地元の警察と連携して住民の避難を済ませていく。
高い人口密度を誇る東京区部の一角だ。
住人全てを避難させるのは容易ではない。
ましてや多くの惨劇が繰り広げられた直後である。
能力者という存在が露見しないため適当な理由をでっち上げる必要もある。
あの化け物を退治するには、どうしても人払いが必要だ。
高火力の兵器を人が密集する街中で使うわけにはいかない。
とはいえ携行可能な銃火器で倒せるような甘い相手でもない。
「第一は?」
「爆薬設置を完了」
「しかし時代も変わったものですね。東京で銃撃戦からの爆破工作なんて、一昔前までは考えられもしない作戦ですよ」
付近住民の避難完了と同時に爆薬をセットした廃ビルに誘い込み、建物ごと吹き飛ばす。
これが今回の作戦である。
もちろん上手くいかなかった時の次善策はいくつも備えてある。
新法の発令と同時に軍には以前とは比べものにならない権限が与えられていた。
「無駄口を叩いている暇があったら状況を詳細に報告しろ。どんな些細な情報も漏らすなよ」
「りょーかい」
妙に気の抜けた返事を聞いて大道はため息を吐いた。
実はこの場にいる彼以外の二人はAJRの正式な隊員ではない。
それどころか新日本陸軍の軍人ですらない、ラバース本社からの出向人だ。
いわば『お客様』の現場見学会である。
どうやら本人達はマジメに現場を学んでいるつもりらしいが……
彼らは部下に対するのと同じ扱いを望むと言っている。
しかし、そんなことをしたら三十分で折れてしまうだろう。
作戦行動に同行させる以上は無為に突っ立たせるわけにもいかない。
一応オペレーターの真似事をさせているが、高度に機械化された移動式戦闘指揮所は多くの人数を必要としない。
現場の隊員からの報告が即座にデータ化して画面上に表示されるため、本当ならこの指揮所内にいるべき人間は大道ひとりで十分なのだ。
実のところ、彼らの口頭での報告より早く大道は状況を完璧に把握している。
緊急を要する時には報告を待たずに胸元のマイクで各隊員に指示を飛ばすこともあった。
作戦指揮とゲストのお守りの両方をこなさなければならない。
しかも相手は得体の知れない能力者で、どんな予想外があるかもわからない。
部下の命を預かる立場としては頭の痛くなるような状況だった。




