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DRAGON CHILD LEN -Jewel of Youth ep2-  作者: すこみ
第二十一話 ソルジャ-
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7 L.N.T.の戦士たち

 やっぱり気分悪いよなぁ、と男は思った。


 精悍な顔つきの青年である。

 外見から想像できる年齢はおよそ二十歳後半か。

 アイドルでも通用する甘いマスクの中には苛烈な意思が垣間見える。


「これならクリスタとか清国の金持ちでも始末してた方がマシだぜ」


 普段と同じ任務でも対象が異なるだけで一気にやる気が削がれる。

 だってそうだろう?

 テロリストが殺し損ねたルシフェル子飼い能力者の暗殺なんてさ。


 弱い者いじめみたいで気分が滅入るってもんだ。

 まあ、命令された以上はやるしかないんだけど。


「な、何故……?」


 倒れた女の一人が恨めしげな目で自分を見上げている。


「何故、こんな酷いことをするの?」


 いけない。

 まったくいけない。

 どうしても相手が女だと無意識に手加減してしまう。

 結果としてそれは相手をより長く苦しめるだけだということはわかっているのに。


「そんなこと聞かれても、命令だからとしか言えないぜ」

「命令ならば平気で人の命を奪うのですか。あなたには人の心はないんですか」


 おお、おお。

 殺されそうだっていうのに気丈なこと。

 こういういい女はできれば殺したくないんだけどな。


「あんた、名前は?」

「悪党に名乗る名前なんてありません」

「じゃあいいよ。自分で調べるから」


 青年はポケットから携帯端末を取り出した。

 任務前に渡された資料に目を通し、該当すると思われる人物の名前を挙げる。


「えっと、ヌーベル・アミティエ第五班班長、アテナさん?」

「くっ……」


 わかりやすく顔が歪む。

 どうやら当たっていたようだ。

 嘘がつけない性格も非常に好みである。


「いや、俺も本気で申し訳ないと思ってるんだよ。言ってみればアンタらは俺と同じ穴の狢だし。本心から殺したくないって思ってる」

「これだけやっておいて、よくもそんなことを……」


 青年とアテナの周りには、すでに物言わぬ骸となったヌーベル・アミティエの構成員たちが八名ほど、壊れた人形のように転がっていた。


 動脈を斬り裂かれて失血死した者。

 心臓を貫かれて一瞬にして絶命した者。

 その様相は様々だが、共通するのは鋭利な凶器、青年が持つ銀色の槍で殺害されたということだ。


 一振りで数名を同時に惨殺する神速の槍術。

 それは青年がSHIP能力者であることを示していた。


「いや、本当なんだって。分別のつかないガキ共を始末するのは心苦しいよ。アンタみたいな美人ならなおさらだ。でもな……オレはココを支配されてるせいで上の命令に逆らえないんだ」


 そう言って青年は自分の頭を指で叩いてみせる。

 からかっていると思われたのか、アテナはますます強く青年を睨んだ。


 まあ、理解できないか。

 自分でも納得できないんだから他人に理解できるなんて思ってないしな。

 結局の所、いくら嫌がってみても青年には任務を遂行しないという選択肢はないんだから。


「つーわけで、さよなら」


 青年は無造作に銀色の槍を振った。

 アテナの首はあっさり胴体から離れる。

 血の線を引いて部屋の隅にまで転がった。


「あーあ。ほんと気分悪ぃ」


 どうせ逆らえないってんなら、こんなふうに嫌悪を感じる心も無くしてくれたら良いのに。

 青年は自分を縛る緩やかで強固な鎖に文句を言いつつも見事に仕事を成し遂げた。


 おっと、まだ最後の仕上げが残ってる。

 これらの死体を誰かに見られる前に洗い流さなくてはいけない。

 陸軍のレンジャー小隊でも送り込めば十分抹殺できるようなガキ共の始末なんかに、自分がわざわざ遣わされたのはそのためだ。


 青年は手に持った槍を地面に突き刺す。

 そして右手を掲げ、そっと振り下ろした。

 インプラントされたJOYが発動する。


「≪大海嘯ワダツミ≫」


 多量の海水が発生。

 部屋の中を激しく循環する。


 すべての死体と血を洗い流した海水が再び虚空に消えたとき、そこには何も残っていなかった。

 青年は地面に刺した槍を手に取り、肩に担ぎながら呟いた。


「……恨むんなら、ラバースなんかに関わっちまった自分の運命を恨んでくれよな」


 かつての自分と同じように、と。

 速海駿也は呟いた。




   ※


 幼い頃の記憶が脳裏に浮かぶ。

 それは失われたと思っていたあの街の記憶。


 L.N.T.で、かつてヒイラギは一度だけこれと同じ光景を見たことがあった。

 能力者の果てしない抗争の中、何物も寄せ付けない圧倒的な力と恐怖をまき散らしていた光。


 たった今、目の前に浮かんでいるものと同じ、七つの光球を。


「なあ頼むよ。余計な抵抗なんてしないでくれりゃ怪我させないで済むんだから」


 七つの光の中心で男が言う。

 誰もが動けなかった。

 ヒイラギも、マコトも、ケンセイも。

 そして他の反ラバース組織のメンバーたちも。


「ぐ、あ……」


 鉄壁の防御を誇る≪鋼鉄肉壁スキンオブスチール≫を身に纏うタケハ。

 彼がわずか一撃で倒されてしまった時点で、全員が抵抗する気力を削がれてしまった。


 あの光とは決して戦ってはいけない。

 幼少期に魂へと刻み付けられた記憶が警告を発する。


「運がいいことにお前らを殺せって命令は受けていないんだ。まあ単なる伝達ミスなんだろうけど、とにかくオレはお前らを()()()()()()()()()()()()。香織の居場所さえ教えてくれればさっさと帰れるんだよ」


 ここは反ラバース組織のアジトの一つである4DKのマンション。

 絶対に察知されないよう各地に分散した隠れ家の一つ。


 そこに突如として現れたのは、謎の能力者。

 ショウに次ぐ絶対的ナンバー2であったタケハを軽々と撃破する男。

 その姿に見覚えはないが、彼は間違いなく香織や和代と同じL.N.T.帰りの能力者である。


 そして彼が操るJOYは、記憶の底にあって忘れもしない、あの最強の女帝の能力。


「≪七星霊珠セブンジュエル≫とはね……懐かしいJOYを見たよ」

「お、江戸川か」


 固まるヒイラギたちをかばうように一人の女が前に出る。

 彼女もまたL.N.T.帰りの人間であり、この男のことを知っているようだ。

 江戸川智絵。

 反ラバース組織の初期メンバーである。


「久々だな。元気だったか?」

「気安く話しかけんな。ラバースのイヌに成り下がった大馬鹿野郎と馴れ合うつもりはないから」

「そいつは仕方ねえ。つーかうちの諜報部も何やってんだか、江戸川が生きてたなんて話は聞いてねえぞ?」


 青年は難しい顔をして頭を掻いた後、肩をすくめてニヤリと笑った。


「ま、おかげでお前を連れてこいって命令も受けてないんだけど、どうする? 香織の居場所を吐くなら見逃してやるぜ」

「誰があんたなんかにセンパイを売るもんか。寝言は寝ていえバーカ!」


 タケハですら歯が立たなかった相手に智絵は全く臆したそぶりも見せない。

 その勇敢さにヒイラギたちは勇気づけられるが事態が好転するわけではないのだ。


「人形を操るだけのJOYじゃ≪七星霊珠セブンジュエル≫には絶対に勝てねえぞ」

「試してみなよ。あたしだって自分の能力の全部を見せたわけじゃないんだからね」


 おそらくハッタリである。

 同じL.N.T.帰りとは言え、智絵の能力は香織や和代のように戦闘に特化したものではない。

 どちらかと言えば情報収集や伝達能力に属する力であって、単純な力比べならマコトにすら歯が立たないだろう。


 強硬手段に出られたら終わり……なのだが。


「うーん。そいつは参ったな」


 男は本気で困ったように首を傾げた。

 ラバースの刺客にアジトを突き止められた時点で彼女たちの命運は尽きていたと言っていい。

 さすがにたった一人で攻め込んでくるとは思わなかったが、彼の力はおおよそ留守番組が対処可能な範疇を超えている。


 すでに彼女たちの運命は敵の手中。

 なのに、何ゆえこの男は躊躇うのか。


「しゃあねえ。今日のところは諦めて帰るか」

「…………は?」


 しばしの沈黙の後、怪訝な顔で気の抜けた声を発したのはマコトだった。

 男は彼の方を見ようともせずに独り言のようにしゃべり続ける。


「オレの任務は香織を連れてくること。それが達成できなかったら引き返すのが正しい。残念だなあ。せっかくラバースの怨敵であるALCOの隠れ家を見つけたのに。いやあ残念だ」


 男はそう言って背を向けると、なんの注意も払わずに開きっぱなしのドアの方へ歩いて行く。

 あんな隙だらけの背中、マコトの能力で間違いなく致命傷を与えられる。

 ケンセイなら一足飛びで斬りつけることが可能だろう。


 しかし両名は動かない。

 否、動けない。

 彼の圧倒的なJOYを見てしまったから。


「ふざけんな、内藤清次っ!」


 そんな中で江戸川智絵だけが臆さず彼に食ってかかる。


「やめて智絵さんっ」


 敵の気まぐれという、かろうじて首の皮一枚で命が助かった状況である。

 屈辱の気持ちはヒイラギにもあるが、それよりも彼女を止めなくてはという思いが強かった。

 拳を握り締める智絵の肩をヒイラギが掴んだ直後、


「あ、そうそう」

「ぐぶっ!?」


 脇腹に思いっきり殴られたような衝撃が走る。

 ヒイラギは壁際まで吹き飛ばされた。


 彼女だけではない。

 危機察知能力に優れるマコトも。

 一瞬も油断せず敵をにらみ据えていたケンセイすらも。

 同じようにたった一瞬のうちに、四角から不意打ちを食らって壁に叩きつけられていた。


「みんなっ!」


 智絵の悲痛な声が響く。


「抵抗する者には容赦するなって命令を受けてるんだ。こっちから手は出さないけど、向かってくるなら手加減できねえぜ。頼むからおとなしくしててくれよ。放送テロくらいならこれまで通りに見逃してやるからさ」


 あの≪七星霊珠セブンジュエル≫は高速で飛び回る七つのエネルギー球。

 単純な能力だが、その攻撃力と汎用性は凄まじい。


 ああ言いつつもきっと手加減はされたのだろう。

 本当なら体が千切れ飛んでもおかしくなかったはずだ。


「じゃーな。名前、覚えててくれて嬉しかったぜ」


 そしてその男、内藤清次は反ラバース組織のアジトを出て行く。

 友だちの家を後にするように軽く手を振って。


「くっ……」


 智絵も今度こそ彼を追うことはできなかった。

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