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DRAGON CHILD LEN -Jewel of Youth ep2-  作者: すこみ
第二十一話 ソルジャ-
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2 平和に慣れた社会

「ふう……」


 シンクはミルクティーを喉に流し込んで一息ついた。

 こんな美味いものを飲むのは実に半年ぶりである。


 暴人窟で口に入る飲み物といえば不味い水か臭みをごまかすためのお茶ばかり。

 なぜかコーラはやたら多く流通していたが、外のモノと比べて異様に甘くてシンクの口には合わなかった。


「おまたせしました」


 料理が運ばれてくる。

 何の変哲もない三九〇円のハンバーグステーキ。

 切り分けるのももどかしく、フォークを突き刺してそのまま口に運んで噛みちぎる。


「うめえ……」


 暴人窟の食料事情は実に酷かった。

 手に入るのはほとんどが携帯非常食ばかりなのだ。


 あの町は自前での生産能力は皆無で、外からまとめて配給される食品を大派閥の長が受け取り、それから改めて内部の市場に放つという形を取っていた。

 幸いにも栄養価は高く、量もあまり気味だったため飢え死にする人間は少なかったが、住人たちがが食という娯楽に飢えていたことは想像するまでもない。


「やべえ! やべえよこれ! マジ美味え!」

「生きてて良かった……神様、ありがとう、ありがとう」


 別のテーブルにいる仲間たちも大げさに感激しながら料理を食い散らかしている。

 他の客は何事かという目で見ているが、そんなことは気にもならない。

 彼らは数ヶ月、あるいは数年ぶりの外の食物に酔いしれた。


 シンクたちは現在、大秦野駅近くのレストランにいる。

 中井町のラバース関連企業の工場に向かう途中である。

 テロリストである彼らがのんきに食事をしているのは理由があった。

 警察が全く動いていないと気づいたのである。


 ラジオから流れるニュースは県警本社襲撃と各地の警察署襲撃の件のみ。

 フレンズ本社の襲撃は少しだけ話題に出たが、全く追加情報が入ってこない。

 別の仲間が行っているはずの他の暴人窟解放や都内に繋がる橋の封鎖などに至っては、何一つ触れられていなかった。

 もちろんシンクたちが行った自動車工場襲撃に関するニュースもまったく無い。


 しかも近隣であれだけの事件を起こしたにも関わらず、厚木から工場の脇を通って伊勢原、秦野に至るまで一台のパトカーも見ていない。

 いくら何でも不自然な状況だが、その理由はすぐに判明した。

 神奈川西部の警察のほとんどが県警本社、あるいは県東部の支社防衛に向かっているのだ。


 警察の自己保身。

 もちろん彼らの本来の役割は治安維持であることに疑いはない。

 しかし私企業となったPoKco(株式会社神奈川県警)にとって、企業へのテロや道路封鎖などよりも自社の防衛の方が遙かに大事なのである。


 大規模な騒乱になってみなければわからない欠点が見事に露呈した形だった。

 つまりフクダたちの陽動は予定以上にばっちり成功したわけだ。

 曲がりなりにも数名の死者を出したテロリスト。

 そんな彼らが平然と駅前のレストランで食事を取れる程度には。


 異常はそれだけではなかった。

 ここには初めて気づくこの国の現実があった。


「ねーねー。午後はどこ遊び行こっか」

「聞きました? 中村さん家の旦那さんまた昇進されたんですって」

「社に戻ったら至急調査して連絡を致しますので。はい。はい。申し訳ございません……」


 警察機構が全く働いていない今、現在の神奈川県内は無法地帯と言ってもいい。

 それなのにレストランの中は普段通りの日常風景が広がっていた。


 制服姿の学生たち。

 近所のおばさんの集団。

 昼休憩中らしいサラリーマン。

 一般の人々は平気でいつも通りの生活を送っている。


「驚くほど危機感がねえんだな」


 彼らにとって、ニュースの中の出来事などは全く別世界の話なのだろうか。

 数キロしか離れていない場所で起こった暴動も関係ないと思っている。

 暴人窟とは違う、平和が当たり前になりすぎたこの国の姿なのだ。


 シンクはなんとなくやるせない気持ちになった。

 こんな平和など、足下のカバンに入っているライフル一丁で簡単に打ち砕けるというのに。


 いや、言うまい。

 これはきっと正しいことなのだ。

 無辜の一般人に恨み言を向けるのは嫉妬でしかない。

 一年と少し前までは自分もあちら側の人間だったのだから。


 シンクはハンバーグステーキを平らげ、軽く伸びをして席を立った。


「どこに行くんだいっ?」

「便所だよ」


 ハルミの質問に吐き捨てるよう返事をする。

 彼と居ると逐一自分の行動を監視されているようで落ち着かない。




   ※


 トイレの個室に入って一人で用を足していると、ここ一年の出来事が夢だったような感覚すらしてくる。

 この扉を開ければ、そこには空虚な騒がしさが満ちているのではないのかと。


 いつものように愚痴を言いながら家路につくのだ。

 生死を共にする仲間なんていないし、ましてや能力者なんているわけもない。

 あの日、パソコンの中からマナ先輩が飛び出してくる以前の……


「荏原新九郎くんだよね?」


 シンクは途端に現実に引き戻された。

 素早くズボンを上げ、ドアノブに手を掛け注意を払う。


 自分の名を呼ぶ女の声。

 もちろん暴人窟の仲間ではない。


「人違いだ。それよりドアが開けらんないから出てってくれ」


 誰かは知らないが、素直に肯定してやる義理はない。

 ドアを思いっきり蹴り開けてぶっとばしてやろうか?


 いや、無駄な騒ぎを起こすのはよくない。

 面倒だがしらばっくれてやり過ごそうと思う。


 ドアの向こうで女が笑う。


「慎重なんだね。安心して、私は凶悪なテロリストさんを捕まえに来たわけじゃないから」


 シンクの名前だけではない。

 厚木工場を襲撃した直後であることも知っているらしい。

 警察ですら掴んでいないはずの情報を持っているなんて、ますます怪しい奴だ。


 だが、この声はどこかで聞いたことあるような気がする。


「誰だよ、あんた」


 シンクは単刀直入に問うことにした。


「忘れちゃったの? あれから半年も経ってるもんね。私だよ、小石川香織」

「……ALCOのボスか」


 確かに以前にも会ったことがある人物だった。

 反ラバース組織のリーダーで、あらゆる能力を破る能力を持つ女。


「何の用だ。まさか俺たちに協力しに来たなんて言うわけじゃないんだろ?」

「もちろんそんなつもりはないよ。近くに来ていたから、あなたに言いたいことがあって寄ったの」

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