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DRAGON CHILD LEN -Jewel of Youth ep2-  作者: すこみ
第十九話 サバイバー
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10 裏の顔、裏の姿

「お前という異物によって歯車が狂い始めてから、この街は確実に破滅へと向かっている。今や弱小組織はほとんど存在せず大規模徒党の戦力差も縮まった。ここで火種がひとつ落ちてみろ。すぐに泥沼の総力戦が始まるぞ」

「だったら話は早いやないか。今すぐこのガキを殺しちまえば最悪の事態も未然に防げるで。そうすりゃまた元通りの調和が――」

「黙れ」


 フクダが横から口を挟んだが、田中は低い声で彼を黙らせた。


 怖ろしいほどの殺気である。

 自分に向けられた訳でもないのに冷や汗が流れるほどだ。

 睨みつけられたフクダは言い返すこともせず、ビビって声を失ってしまった。


「勘違いしているならハッキリ言っておくが、今日は意見を聞くために貴様らを集めたわけではない。これは俺の決定を伝えるための集会だ」

「そっ……」


 一方的な言葉に信行も反論しようとするが、口をパクパクさせるだけで続かない。

 本当に同じ人間かと疑いたくなるような迫力を田中という男は持っていた。


「今さら荏原ひとりを殺しても意味がない。街は不可逆の変化を受け入れてしまった。もし騙し討ちのような方法でこの男が討たれようものなら……」

「下のやつらは死ぬ気で全面戦争を起こすってか」


 田中の言葉のシンクが引き継ぐと、殺気の塊を含んだ視線が再び向けられた。


 おお、怖い。

 けど黙る気はないぜ。


「確かにその通りかもな。うちの馬鹿共はなぜか俺を慕ってやがるし、それ以上にあんたらを憎んでいる。寝返ろうなんて奴もほとんどいないだろう」


 これが普通の少年グループの抗争ならば話は違う。

 誰だって負け組につきたくないし命は惜しい。

 だが日常的に死に接している暴人窟の人間はそうではない。

 善くも悪くも頭のネジが飛んでいるようなやつらばかりなのだ。


 命は惜しくない。

 それよりも自分の属する組織が大切。

 プライドのためなら簡単に死線を潜れるイカレた野郎が山ほどいる。


 特にシンクという爆弾小僧に憧れて集まった荏原派にはそういう若者が多い。

 いざ抗争が始まれば、まさしく凄惨な殺し合いになるだろう。

 話し合いで線を引けるほど器用な奴は少ない。


 この半年間で起こった住人たちの意識変化はもう過去には戻れない。

 いずれ爆発する時を待ちながら燻り続けるのみだ。

 田中の言う通り、平穏な解決手段はシンクが仲間を率いて姿を消す以外にはないのだろう。

 それがわかっているからこそシンクはニヤリと笑い、そして素直にこう答えた。


「いいぜ。出て行ってやるよ」


 このような提案をするからには、田中は外の世界との繋がりがあるのだろう。

 暴人窟の頂点に立つドンが常識外れの権力を持っていたとしても何ら不思議ではない。


「ただしこっちも条件があるぜ」


 シンクはテーブルに肘をつき、わざと尊大な態度で言った。


「話を聞いていなかったようだな。これは話し合いではない、貴様には発言権も交渉の権利も――」

「いいから聞けよ()()さん」


 田中の表情が強ばった。

 フクダと信行は「何だ?」という表情で田中とシンクを交互に見ている。

 シンクは事前に仕入れた情報に間違いがなかったことを確信して言葉を続けた。


「場所を変えようぜ。こいつらを交えず二人っきりで話がしたい」




   ※


 シンクは暴人窟外れの港湾地帯に来ていた。


 港と言っても表向き船の出入りは行われていない。

 湾を大きく取り囲むよう海上に有刺鉄線が張り巡らされ、海上保安庁が見張っている。


 あの鉄線を泳いで、もしくは小舟で越えようとすれば即座に射殺される。

 遠くに見えるPF横浜地区とベイブリッジの明かりが一帯の寒々しさをより際立たせていた。


 この港は田中派が管理している倉庫街である。

 グループの者でも特定の人間しか立ち入りを許されない場所。

 掟を破った者は私刑に処されるという鉄の規律が定められている重要地点である。


 他のグループはもちろん、田中派でも重役以外は決して足を踏み入れることがない。

 シンクはこの場所に田中……もとい、椎名文麿と二人きり立ち竦んでいた。


「本当に驚いたよ。まさか君がこの街にやってきて、しかも半年で私と対等な立場まで昇り詰めるとはね」


 先ほどの会議室でのやり取りに比べるとかなり棘の取れた穏やかな口調で街のドンは言う。


「そりゃこっちのセリフっすよ。親父さんが暴人窟のリーダーだって知った時は耳を疑いましたから。あ、いままで迷惑かけてすんません」

「今さら気を遣うな。こっちもいろいろあったんだよ」


 椎名文麿はシンクの友人、椎名(たすく)の……

 元アミティエ第四班班長オムの父親である。


 中学時代はたまに家に遊びに行き、不思議とこの強面の父親と話が合ったのを覚えている。

 家での文麿氏は穏やかでよく笑う人であり、外見の恐ろしさを感じさせない気さくな人だった。


 彼は数年前の法改正と警察の一斉検挙によって解体された暴力団の元組長である。

 顔を斜めに走る傷は若い頃に別の組との抗争でつけられたものらしい。

 スーツの下にはさらに無数の傷跡があることも知っている。


 時代に合わせて善良な父親を演じていた、シンクにとっては数少ない尊敬できる大人だ。


「亮は死んだってな」

「……ええ」


 隠しても無駄だろうから正直に答える。

 シンクの友人にして文麿の息子、椎名亮はアミティエの内部粛清で殺された。

 元はと言えば彼が組織に対して裏切りを働いたのが原因なのだが、シンクは未だになぜ彼がそのような行動に出たか理由を知らない。


「後妻の連れ子だったが、子のできない私にとっては実の息子も同然だった。あの大人しい子がまさか部下を率いて一隊を率いるような男になっていたとはな」


 彼がどこまでアミティエについて理解しているのかわからないが、少なくともオムがラバース傘下の組織のリーダー格の人物であったことは知っているようだ。


「血気盛んな若者が加減を間違えて命を落とすのは仕方ない……だがな」


 文麿氏は拳を握り締め語気を荒げる。


「今の日本はどうだ。若者たちのケンカですらラバース社に管理され、大人が公然と文句を唱えることもできん。警察すら奴らの味方だ。以前に我々がやってきたことを考えれば偉そうなことは言えんが、こんな支配を打破しなければこの国は……」

「ここには俺とあんたしかいない。まだるっこしい言い方は止めましょうよ」


 シンクは文麿氏の言葉を遮って言った。


「亮の仇を討ちたいだろ?」

「それは……」

「わかってるよ。あんたの立場を考えれば個人的な理由では動けない。息子の仇討ちって理由で部下たちを危険にはさらせないだろ」

「……」

「だから俺が動いてやる」


 シンクは決意を込めてはっきりと告げる。

 文麿氏は最初からそのつもりだったのだろう。

 互いの思いが一緒なら言われる前に言ってやる。


「ありったけの武器をくれ。それがさっき言っていた条件だ」

「……」

「荏原派の情報網を甘く見ないでくれよ。あんたの裏での繋がりまで全部知ってるんだからよ」


 外からの出入りのできない港。

 住人の立ち入りを禁じられた倉庫街。


 そんなものが存在する理由は一つ。

 ここに表では置いておけないブツを管理しておくための場所だ。


「月に一度だけ鉄線が外れて船が入ってくる。不思議なことに決まって田中派の総会の前日だ。グループの人間はもちろん、それ以外の人間も殺気立って自然と誰からも注意を向けられなくなって……」

「みなまで言うな」


 シンクの言葉を遮って文麿氏は歩き出す。


「ついてこい。望み通りのものをくれてやる」




   ※


 人気のない夜の港を二人は歩く。

 やがてひとつの倉庫前に辿り着いた。

 港湾の一番奥、ぢんまりとした建物だ。


 文麿はカギを外して重々しい扉を手で開ける。


「これが、暴人窟の裏の顔だ」


 そこにはシンクの予想以上の光景が広がっていた。


 壁一面に立て掛かったアサルトライフル。

 乱雑に並べられた数々の拳銃類。

 無数の弾薬箱と火薬ケース。

 対戦車バズーカまである。


「ラバースコンツェルンが表には置いておけない数々の品を保管している社有倉庫街。別の建物には麻薬や冷凍臓器なんかもある。暴人窟なんてもの、一般人が足を踏み入れたくない危険な場所だと思わせるための番犬に過ぎない」


 彼の本来の立場はラバース社の倉庫管理番である。

 しかし、恐らくは自らの意思で反旗を翻した男は内に秘めた思いをシンクに託した。


「これをすべてお前にくれてやる。勝手を言ってるのは承知だが、どうか息子の仇を討ってやってくれないか」

「ああ、任せておけ」


 友人の父親の想いを、シンクは確かに受け取った。

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