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DRAGON CHILD LEN -Jewel of Youth ep2-  作者: すこみ
第十九話 サバイバー
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4 逃亡経路

 急に窓を割って落下してきたアオイを見て周囲の人々がざわめき始める。

 昼間なのであまり目立たないが、周囲が停電しているのも騒ぎに拍車をかけていた。

 民衆たちの中に人混みをかき分けて近づいてくるマナの姿を見つける。


「ひどいよアオイちゃん! 私の≪不可視縛手インビジブルレストレイント≫が凍えちゃってるよ!」

「あとで謝ってあげるわ」

「いま謝ってよ!」


 文句を言うマナは無視してアパートの四階を見上げる。

 たった今自分が出てきた部屋だ。


 外に出ると同時に体にまとわりついてきたのはマナの能力による見えない手である。

 窓から出てきた者を捕らえろと指示してあったので、それを利用したのだ。

 周囲の気温を下げて強制的に力を弱めたのだが、そうしなければ捻り殺されていただろう。

 マナはそれくらい躊躇することなく平気でやる女だ。


「で、博士は捕まえたの?」

「まだよ。さすがにL.N.T.の生き残りは手強いわ」

「なあんだ。やっぱりアオイちゃんひとりじゃダメなんだなあ」


 にこにこ笑顔で挑発してくるこの女をぶっ飛ばしてやりたい気分だが、今はまだその時ではない。

 幸いにも腕の傷は薄皮を切っただけでそれほど重傷ではなかった。

 痛みは酷いが戦闘続行は可能だろう。


「作戦変更よ。居場所が露見した以上、博士はすぐに逃亡を図るはず。ただし回線は断っているから雷化しての脱出はできない」


 アリスが物理的に脱出不可能なはずのL.N.T.から煙のように姿を消した手段。

 ドイツからこっち、フレンズスタッフの追跡を逃れつつ国境を越えられた理由。


 それは電気を操るという博士の能力の神髄だ。

 自身の身体を雷化してネット回線を伝って逃げたのである。


 アリス博士はラバース本社が総力を挙げて行方を追っても未だに捕まえることが出来ていない。

 ALCOと違って大きなバックボーンも持たない彼女が十年近くも単独で逃亡し続けているのは、ひとえにその恐るべき能力のおかげであろう。


 逃亡を阻止するには潜入場所を見つけ、あらかじめ周囲の回線を物理的に遮断しておくしかない。

 遮断区域から出られたらもう世界中のどこにでも逃げられる。

 これはようやく掴んだ絶対的なチャンスなのである。

 決して逃すわけにはいかない。


「≪不可視縛手インビジブルレストレイント≫で私をもう一度三○三号室に運んでちょうだい。あなたは通路側に回って、二人がかりで確実に捕縛するわよ」

「まって。ねえ、あれ。」


 マナがアパートの正面玄関を指差した。

 そこにはアリス博士の姿がある。


「……は?」


 警戒をしている様子はない。

 周囲を見回すこともなければ、武器をちらつかせることもしない。

 簡単なナップザックだけを肩に背負って、散歩でも行くような緊張感の無さで歩いて出てきた。

 たった今、襲撃を受けたばかりだというのに。


 アオイが呆然としていると、アリス博士はマンションの前に止めてあった大型のバイクに跨がり、ご丁寧にヘルメットをかぶってゆっくりと機体を走らせた。

 こちらの存在には気づきもしない。


「あちゃー。かんっ、ぜんにナメられちゃってるねー」


 わざと大きな声で言うマナを八つ裂きにしてやりたい気分だったが、堂々と逃げるのなら追いかけるまでだ。


「くっ、さっさと追うわよ!」

「待ってよ」


 アオイはスタッフが待機する車に戻ろうとするが、マナの見えない手に首根っこを掴まれた。

 ドレスが脱げそうになって慌てて胸元を整える。


「……ふざけてるなら本気で殺すわよ?」

「あわてないの。車に戻るのは時間のロスだし、街中じゃバイクには追いつけないよ」

「じゃあどうしろってのよ」

「こうするの!」


 表情一つ変えないマナの背後、路上で日本製のバイクが急停止した。

 ライダーは何が起こったのか理解できず慌てていたが、直後に彼のかぶっていたフルフェイスが地面に転がった。

 残った胴体に頭はついていない。


「私たちもバイクで追おう。運転はできるよね?」


 マナは倒れそうになるバイクに駆け寄って支え、首なしになった死体を路上に放り捨てる。


「……ちっ」


 胸くそ悪いマナの行いに思わず舌打ちをする。

 だが状況が状況なので、後始末はスタッフに任せてアリスを追いかけるのが先決だ。


 シートを跨いでハンドルを握る。

 アクセルを二度、空ぶかしする。

 新九郎の乗っていたのと同じ車種であることに気づいたが、頭の片隅に追いやった。


「マナ、早く乗りなさい」


 問題がないことを確かめてリアシートを叩く。

 マナは口をあんぐりと開いた間抜けな顔で上を向いていた。


「どうしたのよ!」

「あー。ちょっと、厄介な人が来ちゃったみたい」


 マナの視線を追ってアオイも上を向く。


 何かが飛んでいる。

 いや、落下してくる。


 鳥ではない、翼はない、人間だ。

 周囲には高いビルもなく上空を飛ぶ飛行機もない。

 ものすごい勢いで飛来しているのは人間だった。


 そんなことができる奴なんてひとりしかいない。

 翼は持たないのではなく見えないだけ。

 その男は二人の前に着地した。

 ふわり、と透明な翼を地面に降ろして彼は音もなく地面に降り立つ。


「よお、久しぶりだな」


 男は友人に声をかける気軽さで話かけてくる。

 アオイは最悪の人物の来襲に顔を歪めた。


 元アミティエ第一班班長、ショウ。

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