7 悪夢の夜
少女の平和な日常はたった一人の狂人によってメチャクチャにされた。
破壊者はインターフォンを鳴らして玄関から堂々と入ってきた。
優しかったお父さんはドアを開けた瞬間に頭をバットで殴られて即死した。
お母さんは警察を呼ぼうとしたところを叩かれた。
足を折られて喉を潰され声が出せなくなった。
裸にされて無理やり酷いことをされた。
少女は幼い妹と一緒にその光景を震えながら見ていた。
お母さんは破壊者の下で泣き叫びながら抵抗しようとしていた。
けれどその度に何度も殴られて、最後には元の顔がわからなくなった。
勇気を振り絞って逃げ出すには少女たちの恐怖はあまりに大きすぎた。
姉妹は母がなぶり者にされる様をただ見ていることしかできなかった。
母がほとんど動けなくなった後、破壊者は醜悪な笑みを姉妹へ向けた。
そして破壊者は悪魔の提案をした。
「こいつにトドメを刺せた方だけ見逃してやるよ」
破壊者は姉妹の足下にナイフを放り投げた。
何を言っているのか理解できない姉妹に破壊者は丁寧な説明してくれた。
「そいつで母親を殺せた方だけは見逃してやるって言ってるんだよ!」
苛立たしげに言う破壊者が怖くて、姉の方はつい反射的にナイフを手にしてしまう。
でも刺せるわけがない。
当たり前だ。
血みどろになって膨れ上がった顔は、見慣れた優しかった笑顔とは全く違ってしまっているけれど、姉妹の大事なお母さんなんだから。
ナイフを手にしたまま震える少女に、破壊者は魔法の言葉を放った。
「できなきゃ妹を殺すぞ」
あなたはお姉ちゃんなんだから。
妹を守ってあげなきゃダメよ。
頭の中に声が響く。
いつもお母さんから言われていた言葉。
そうだ、自分がやらなきゃ妹が殺されちゃう。
お母さんは大事だけど、私はお姉さんなんだから、妹を守らなきゃ。
少女はもはや恐怖で正常な思考が出来なくなっていた。
導かれるままに変わり果てたお母さんの胸に跨がり、ナイフを下向きに構えた。
「ほら、手伝ってやるよ!」
破壊者が少女の手に自分の手を重ねる。
そのまま力を籠め、一気に振り下ろした。
ぐじゅり。
手に持ったナイフから肉を裂く感触が伝わった。
少女が始めて持ったナイフ、始めて切ったのは母親の肉。
破壊者は少女の手を掴んで刃を抜くと、手を重ねたまま何度も滅多刺しにした。
「あっははははっ、バカだこのガキ! マジで自分の母親を刺しやがった!」
声は少女の耳に入っていなかった。
これは異常者の変態的な欲求を満たすための悪ふざけ。
約束なんか守る気はなく、恐怖心を利用して幼い姉妹に絶望感を味わわせたいだけ。
それだけの余興のはずだった。
だけど、破壊者の思惑は外れた。
「えへ、えへへっ……」
少女は笑っていた。
あまりの現実に狂ってしまった――
わけではない。
肉を断ち、一人の人間の人生を終わらせる。
その行為をしたことで、目覚めてしまったのだ。
今にして思えば対象は誰でも良かった。
べつに母親だから特別だったわけじゃない。
だから少女は次の快楽を得るための相手を求めた。
「おっ?」
男から離れ、逃げるように床を転がる。
その手にはしっかりと血と肉片のついたナイフを握ったまま。
「おいおい、誰が止めて良いって言っ……」
無防備に手を伸ばした破壊者の指を切り落とす。
破壊者は何が起こったのかわからない様子で三本だけ残った自分の指を見ていた。
「あ、あっぎゃーっ!?」
叫び声を上げ、転がり回る破壊者。
少女はその腹を斬りつける。
馬乗りになって顔を刺す。
もはやかつて破壊者だった人間はただの獲物でしかなかった。
彼が母に行ったように……それ以上に執拗に何度も何度も斬りつける。
刺す。
抉り込む。
引っ張り出す。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
やがて破壊者だったモノが動けなくなったのを確認して、少女はその残骸から離れた。
もっと欲しい。
もっとこれを味わいたい。
「ひ、ひっ」
次の標的はすぐ側にいた。
突然の姉の豹変に怯えて縮こまる実の妹。
まだ三歳になったばかりの愛らしい、何よりも大切な最愛の妹が。
それは、なんて美味しそうな獲物なんだろう。
「みーなっ」
少女は妹の名前を呼ぶ。
いつも通り、仲良く遊んでいる時のように。
「や、やめっ、まなおねえちゃ――」
少女の姿をした悪魔は、かつて最も大切だった人を貪り喰らった。




