8 神罰
「ギャオオオオオ!」
「くっ!」
攻撃を受けて標的を変えた黒雪男が、紗雪の方に向かって駆ける。
シンクは横から苦し紛れの『バーニングボンバー』を当てた。
わずかに体がよろけたものの足を止めることはできない。
「青山、逃げ――」
叫ぼうとしたシンクは青山が胸ポケットからジョイストーンを取り出すのを見た。
病院で使って見せた幻覚のジョイストーンではない。
完全なる無色透明の宝石。
あれは何の能力も入っていないジョイストーンか?
「ウガアッ!」
「おっと!」
棍棒の一撃を紗雪は横に飛んで避ける。
地面を転がり反動を利用して起き上がる。
「新九郎! ちょっとこいつの動きを止められる!?」
「何する気か知らねえけど無理だ! やめろ!」
「時間がないんだからイチかバチかやるしかないでしょ!」
あのジョイストーンはおそらく病院でアオイから渡されたもの。
まっさらなジョイストーンは手にした者の素質に応じて能力を発現させる。
幻覚の能力がマナからもらった物なら、あれを使えば紗雪自身のJOYが発動するはずだ。
しかし適性がない紗雪がそれをすれば彼女の身に危険を及ぼす可能性がある。
最悪、能力を発現する間もなく死に至るかもしれないと聞いた。
「早くっ!」
アスファルト片を投げて黒雪男を牽制しながら紗雪は大声でシンクを急かす。
あんな馬鹿力を持っているが彼女は決して戦い慣れていない。
今だって決死の覚悟で乱入してきたはずだ。
そして彼女の言う通りに狼の群れが迫っているなら確かに時間もない。
この上ザコモンスターにまで囲まれたら彼女を守れるかも怪しい。
「くそっ……!」
シンクも覚悟を決めるしかなかった。
右手に冷気を集めながら走る。
黒雪男の背後に回り、地面に向けて≪氷雪の女神≫を使った。
さっきは上手くいかなかったが今度は成功。
崩れたアスファルトの隙間に踏み入っていた黒雪男。
その足の膝辺りまでが染みこむように周囲の地面ごと凍り付く。
固定しているのは単なる氷。
体の芯まで凍り付かせたわけではない。
奴の脚力ならすぐに脱出されてしまうだろう。
「今だ、青山!」
「オッケー、ナイスサポート!」
青山はジョイストーンを握り締めた拳を高く掲げる。
どんな力が発現するかもわからないのに、あの自信はなんなんだ?
こうなったら彼女の未知の能力に期待するしかない。
とにかく、この状況を切り抜けられるなら何でもいい。
祈るような気持ちで見守るシンクの目の前で――光が溢れた。
青山の拳からレーザーのような光線が発される。
単なる目眩まし……?
いや、光は黒雪男ではなく彼女を中心に左右に伸びている。
片方は短く、そして片方は長く……やがて光を失い一つの形になった。
それは剣。
いや、刀か。
フォルムは日本刀のようある。
片刃で反りのある姿は武器でありながら芸術品のよう。
だが、その大きさが異常であった。
短く伸びた方の光、柄部分だけでも一メートルはある。
長く伸びた方の光、刀身は優に四メートル以上はあった。
「こ、これが、私の能力? ってか武器? ……んあっ!」
コンクリートの塊すら軽々と投げていた青山が前のめりになる。
なんとか刀を落とす前に両手で保持したが、相当に重そうに構えている。
「お、重い……」
「来るぞ、青山っ!」
「ギャァッス!」
氷を割って黒雪男が自由を取り戻す。
手にした棍棒を振り上げ青山に襲いかかる。
「ひあっ」
ふらふらしながら青山は剣を横に振った。
棍棒が落ちる。
根元から綺麗に断たれた棍棒が。
「え……?」
何が起きたのかわからなかった。
シンクはとっさに撃とうとした『バーニングボンバー』を拳に纏ったまま腕をひっこめる。
「わっ、わっ」
青山は未だにふらふらと刀を揺らしていた。
黒雪男は地面近くまで振り下ろした腕の中にある、根元から断ち割られた棍棒を眺めている。
「――っ! 青山、やれっ!」
最初に正気を取り戻したのはシンクだった。
危なげに振られた長刀が黒雪男の持つ棍棒を斬り落とした。
状況から考えればそれしかないと思いつつも、非常に理解し難い状況に賭ける。
「わ、わかった!」
紗雪自身はまだ理解が及んでいないようだ。
彼女はシンクの声に急かされ刀を持ち上げた。
「せーの……」
そして紗雪はそれをもう一度刀を振った。
「どっせい!」
構えも型もあったものではない。
刀というよりは野球のバットを振るかのよう。
遠心力を利用しつつ、思いっきり横薙ぎに振りぬいた。
※
≪神罰の長刀≫
紗雪の頭の中に浮かんだのはそんな名前だった。
重いし、長いし、どう使えばいいのかよくわからない。
だからとりあえず振ってみた。
刃はほとんど抵抗もなく黒雪男の胴体を通過した。
あまりにあっさりし過ぎていたため、空振ったのかと思った。
直後、目の前の巨体が上下に分断される。
腹の辺りから真っ二つになって、上半身がゆっくりと滑り落ちていく。
半分ほどズレた辺りで黒雪男の体は塵となって消滅した。
「あ、あは……」
腰を抜かしてへたり込む。
目の前で起こったことが信じられなかった。
新九郎があんなに苦戦していた巨大モンスターが一撃で消滅した。
それをやったのは……私?
まったく実感が湧かないけれど。
「青山!」
新九郎が駆け寄ってくる。
側にしゃがみ込み、地面に落とした≪神罰の長刀≫に目を向ける。
「怪我はないか」
「だ、大丈夫」
「これがお前のJOYか」
「そうみたい……」
新九郎は≪神罰の長刀≫を拾い上げようとする。
しかし、あまりの重さにまったく持ち上がらない。
「うおっ!」
腰を入れて両手で掴む。
なんとか少しだけ地面から浮いた。
だが、すぐに手からこぼれ落としてしまう。
その衝撃だけで鍔が当たった部分のアスファルトがへこむ。
「なんだこれ……すげえな」
驚愕に目を見開く新九郎。
紗雪は≪神罰の長刀≫に触れてジョイストーンに戻した。
重さと体積が一気に消失。
掌に収まるサイズの宝石に姿を変える。
宝石の色は無色透明から綺麗な銀色に変わっていた。
「アオイが欲しがってたのもわかる気がするけど、あいつに使えるようなモンじゃねえな」
「うん。っていうか私も手に余るよ、こんなの」
見た目のインパクトもさることながら、重量がとにかく半端ではなかった。
全長五メートルを超えるサイズなのに推定で八〇キロ近い。
こんなものを普通の人間が振り回せるわけがない。
SHIP能力者という常人を遙かに上回る膂力を持つ紗雪でさえ、勢いをつけて薙ぎ払うのがやっとなのだ。
しかも新九郎が苦戦したあの黒雪男を一撃で真っ二つにしてしまった切れ味は異常の一言だ。
これを街中で振り回せば半径五メートル以内のすべてを両断するだろう。
自分自身の能力なのに、恐ろしい。
できれば二度と使いたくはないと思った。
「立てるか?」
「うん」
新九郎の手を掴んで立ち上がる。
お尻の汚れを払いながら、まだ脅威が残っていることを思い出した。
「そうだ、のんびりしてる場合じゃないよ。狼の群れが近づいてるんだって」
「ザコなら何匹来ようと俺が蹴散らしてやるさ」
そう言う新九郎は心なしか張り切っている様子だった。
もしかしたら、自分が手こずった相手を紗雪があっさり仕留めてしまったことでプライドを傷けたのかも知れない。
「任せた。頼りにしてるよ」
紗雪はクスリと笑って彼の背中を軽く叩いた。




