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DRAGON CHILD LEN -Jewel of Youth ep2-  作者: すこみ
第十六話 ペナルティ
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7 青山紗雪の決意

 新九郎とボスモンスターの攻防は長く続いた。


 一発でも食らえばアウト。

 そんな極限状況の中で、敏捷な巨人相手に二十分近く持ち堪えている。

 もう十五発は『バーニングボンバー』をぶつけているが、黒雪男は全く倒れる気配を見せない。


「ちっ、いい加減に死ねよなっ……!」


 悪態を吐く新九郎の声にも覇気がなかった。

 戦いの様子を空から見下ろしていた青山紗雪はヤキモキしっぱなしである。


 あの化け物は強い。

 あれを相手に戦い続けている新九郎もすごい。


 攻撃を食らいながら構わず向かってくる大型モンスター。

 あれを相手に戦い続けるのはどれほどのプレッシャーがあるんのだろう?

 本人は気づいていないかも知れないが、最初の頃に比べて緊急回避の瞬間移動を使う回数が増えている。


 シンクの身体に疲労は確実に蓄積しているのだ。

 このままではいつ致命的なミスをするかわからない。


「ね、ねえ。どうにか手を貸せないの?」


 紗雪はツヨシに尋ねた。

 だが彼は即座に首を横に振る。


「無理だよ。≪爆炎の魔神(イーフリートブラスト)≫が効かないんじゃ、俺たちのJOYはあいつに焦げ跡ひとつ付けられねえ。シンクさんが何とか戦えてるのは≪空間跳躍(ザ・ワープ)≫と≪龍童の力≫があるからだ。俺らじゃ降り立った瞬間にグチャグチャにされて終わりだぜ」


 彼も決して楽な気分ではないのだろう。

 眼下の戦いを眺めながら語る声には焦燥感がにじみ出ていた。

 いくらなんでも、ここまで言われて「いいから手伝ってきなさい」とは言えない。


 紗雪たちを乗せた絨毯は現在、地上三十メートルほどの場所に浮いている。

 これだけの高度があれば彼女たちが黒雪男に狙われることはない。


「えっ、ちょっと……マジ?」


 ミカが引きつるような表情をした。

 紗雪は彼女の視線を追う。


 そこには絶望的な光景が広がっていた。

 ニュース映像で見た紫色の狼。

 それが久良岐市側の道路から駆け上がって来ている。

 しかも一匹や二匹ではなく、十五匹……いや、二十匹を超える集団だ。


 一匹一匹がどれほどの脅威なのか彼女たちは知らない。

 だが少なくとも見た目より優しいことはあり得ないだろう。

 ボスモンスターと戦いながら、あの狼の集団に囲まれたら?

 考えるまでもなく今の新九郎が耐えられるはずがない。


「ミカ、急いで移動しろ!」


 ツヨシが叫ぶ。


「えっ、ど、どこに?」

「狼集団の前だ! できるだけ早く、シンクさんたちに近づく前に!」


 彼は紫の狼が新九郎たちの所に辿り着く前に食い止めるつもりのようだ。

 ボスには手も足も出ないが、ザコならなんとか相手をできるかもしれない。


 状況を考えればそうするしかないだろう。

 彼は間違ったことを言っていない。


「で、でもっ、あんなのに囲まれたらアタシたちだって無事じゃ済まないよ!?」

「言ってる場合か! シンクさんの方がずっとヤバいんだぞ!」


 言い争いをするミカとツヨシを横目に、紗雪は眼下の様子を観察していた。

 新九郎と黒雪男は今も激戦を繰り広げている。

 今の所まだ致命的なダメージを受けていないが、それも狼集団が来るまでだろう。


 もはや迷っている場合じゃない。

 自分にできることをやらなければ。


 紗雪はポケットからジョイストーンを取り出した。

 このJOYの能力名は≪白昼夢遊病ハルシノ≫。

 中座マナ先輩から借りた能力の一つで、対象相手に一時的な幻覚を見せるという効果がある。


「ミカさん」


 その能力をミカに対して使う。

 名前を呼びながら、同時に幻覚を発動。

 彼女は「ひっ」と短い悲鳴を上げて両手で顔を隠した。

 能力者が平常心を失ったため、空飛ぶ絨毯は急下降をする。


「うわっ!」


 ツヨシが必死になって絨毯にしがみつく。

 ミカは幻覚の中で近づいてきた巨大な鳥を回避しているはずだ。

 幻覚の鳥は何度も往復しながら絨毯を襲い、その度にミカは必死になって避ける。


「やだ、来ないでっ!」

「おいっ、どうしたんだよ!」

「ちょっとツヨシちゃんこれどうにかしてよ!」

「だから何が!?」


 彼女は必死の形相で幻を避け続ける。

 絨毯の高度が十メートル未満にまで下がった。


 よし、この高さならいける。


「えっ、あ……あれ?」


 幻覚の効果時間は非常に短い。

 ミカはすぐに正気に戻った。


「急いで上昇して!」


 申し訳ないと思ったが、パニック状態の彼女を説得している余裕はない。

 この高さではいつ黒雪男が飛びかかってくるかわからないのだ。

 早く待避しなければ彼女たちが狙われる可能性がある。


「これ置いておくから、何かあったら使ってね!」


 そう言い残して二つのジョイストーンを絨毯の上に置くと、紗雪はビルの三階ほどの高さまで下がった絨毯の上から、思い切って飛び降りた。




   ※


 空から青山紗雪が降ってくる。

 シンクは思わず身構えた。


「ばっ、なにやってんだお前!」


 信じられない行動をする幼なじみを怒鳴りつけながら、黒雪男の棍棒を間一髪で避ける。

 幸いにも敵の狙いはまだシンクだけを向いている。


「狼の大軍が向かってきてるわ! このままじゃ囲まれるわよ!」

「だからってお前が降りてきて何になるんだよ!?」

「何が出来るって?」


 紗雪は崩れた陸橋の欠片、人間の頭ほどの大きさのコンクリート片を軽々と持ち上げると、それを黒雪男めがけて思いっきり投げつけた。


「でぇい!」

「ばっ……」


 止める暇もなかった。

 コンクリート片は黒雪男の頭部に命中する。

 もちろんダメージはなく、黒雪男はゆっくりと視線を紗雪の方に向けた。


「もう一丁!」


 黒雪男が振り向いた直後、紗雪は薄いアスファルトの欠片をフリスビーのように投げつけた。


 今度は顔面に命中。

 目に当たったのか、雪男は地の底から湧き上がるような咆哮を上げた。


「ゴオオオオオッ!」

「どうよっ! 私だってこれくらいできるんだからねっ!」


 さすがはSHIP能力者、人間離れした腕力である。

 あの高さから飛び降りてピンピンしている事といい、よくもまあこんなやつと今まで平気で幼なじみなんかをやってきたと恐ろしくなるシンクだったが、


「わかったから逃げろ! 今度はお前を狙ってくるぞ!」


 いくら何でもこいつは相手が悪い。

 シンクですら回避に全力で集中しながらようやく戦える敵なのだ。

 いくら紗雪が馬鹿力でもコンクリートを破砕するほどの攻撃を受ければ無事では済まない。


 紗雪が運動神経も人並み外れて優れているのは知っている。

 だが、あの巨体から繰り出される素早い攻撃を生身で避け続けるのは不可能だ。

 アオイを騙したような幻覚の能力だって、ボスモンスターには通じるかどうかはわからない。

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