1 ルシフェルに抗う者たち
病院から出たシンクは、まず最初に敵の確認から始めた。
ニュース映像で見た限りモンスターは仮想世界で戦ったやつらと変わりない。
小型モンスターは全部で五種類。
さっきレンが倒した人の頭ほどもある巨大な蜂。
小人のような手に鎌を持ったリス。
牡鹿の角が付いた馬。
紫色の狼。
そして、どろどろした半液体状の不定形生物だ。
蜂とリスは素早い動きと殺傷力の高いの武器を持ち、馬と狼は力と耐久力が高い。
どれも現実の動物とは似て非なる特性を持った猛獣以上に恐ろしい相手だ。
とはいえ一匹ずつなら能力者が連携をとれば容易く迎撃できる程度である。
慎重に戦えば決して勝てないような敵ではない。
問題は数だ。
どれだけのモンスターが街中に溢れているのか想像もつかない。
ツヨシから借りた携帯端末の画面には今も人々がパニック状態にあるニュース映像が流れ続けている。
川崎本町駅前で大規模な戦闘を行っているアミティエ第二班の連中はともかく、あとの局は人々の叫び声と混乱の様子が絶え間なく流されているだけであった。
この混乱を引き起こした首謀者は間違いなくルシフェルだ。
アミティエの最高責任者であり世界的大企業ラバースコンツェルンの御曹司。
平気な顔で異常事態を宣言して班員たちに迎撃命令を出していたが、どう考えても自作自演である。
「くそがっ!」
シンクは悪態を吐き、携帯端末のテレビ映像を切った。
そのタイミングで彼の前に大きな絨毯がやってくる。
「おまたせっ」
絨毯の上に乗っているのはミカだった。
派手な金髪と日に焼けた焼けた肌の一昔前のギャル風少女である。
元々はオムの部下であり、今はシンクのことを慕うアミティエ第四班の班員である。
「こんな堂々と能力を使って大丈夫なのか?」
「どうせもう隠す必要はないんでしょ? だったら車よりこっちの方が速いし」
この空飛ぶ絨毯はミカのJOYである。
特殊な道具を具現化するタイプの能力で、能力名は≪飛行絨毯≫
彼女らしいそのままなネーミングだった。
本来ならアミティエのメンバーは能力使用に際して、人払いをした上で慎重に行うべきという規則がある。
だが第二班の戦闘行為はすでに全国中継されてしまっている。
今は悠長に規則を守っていられるような状況ではないということだ。
ルシフェルから班員に送られたメッセージにも今回の件で能力使用に人払いは不要とあった。
やつとしてはそれこそが目的なのだろうが……
「とにかく、早くここから離れないと」
空飛ぶ絨毯にはすでに男が乗っていた。
こちらも明らかに染めたのがわかるムラのある金髪。
ミカほど派手さはないが、悪ガキをそのまま成長させたような高校生男子である。
名前はツヨシ。
元々は第三班の人間だが、シンクが第四班の班長になった時に一緒に移籍してきた青年だ。
「待ってくれ、もうすぐ青山とレンが……」
シンクが言いかけたとき、病院の中から小走りに駆けてくる少女の姿があった。
「ごめん、おまたせっ」
青山紗雪である。
長い黒髪の快活な少女で、シンクとは幼なじみ、高校も同級生である。
彼女はつい先ほどまでアミティエとは関係のない一般人だった。
しかし、とある理由でいろんな組織から狙われる立場になってしまう。
その敵の中にはシンクたちの所属していたアミティエ第三班も含まれている。
シンクと青山紗雪が絨毯に乗る。
紗雪はまだ能力という現象に慣れていない。
おっかなびっくり足を乗せ、少しずつ体重をかけていた。
「これで完全に裏切り者だねー」
「嫌なら付き合わなくてもいいんだぞ」
ミカがたいして深刻でもなさそうに呟くので、シンクは冷たく突っぱねた。
別に緊張感のなさに怒っているわけではない。
現段階で裏切り者と見なされているのはシンク一人だけなのだ。
偶然ここに居合わせただけのミカやツヨシには彼に協力する義務も理由もない。
「そんなつもりじゃないよー。ってか言ったっしょ、アタシらはシンクちゃんについてくって」
「こうなったら一蓮托生っすよ。みんなでルシフェルの野望を食い止めようぜ!」
「……知らねえからな」
ラバース総帥を父に持ち、企業の力をバックに好き放題に振る舞うルシフェル。
対して班長とはいえシンクは何の後ろ盾もないただの高校生だ。
今のところはALCOに属しているわけでもない。
そんな自分に命の危険を冒してまでついてくるなんて、こいつらは馬鹿だ。
とは思いつつも妙に嬉しくシンクは思わず顔を逸らした。
隣では何故か紗雪がニヤニヤしている。
「へー、意外。新九郎って人望あるんだね」
アミティエ内の呼び方ではない、
紗雪だけはいつも本名でシンクを呼ぶ。
学内ではいつも一人屋上で時間を潰している姿しか知らない彼女は「面白いものを見た」とでも言いたそうだ。
「そうだよー、シンクちゃんはすっごいんだから。たった数ヶ月で班長になっちゃったんだよ」
「へえ、強いんだ?」
「うんっ。あっ、ていうかまだ自己紹介してなかったよね。アタシ、ミカ。十八歳。学校は行ってないけど戸塚のケーキ屋でバイトしてる。サービスするから良かったら食べに来てよ」
「あ、年上なんですね。青山紗雪です。よろしく」
「タメ口でいいってー。そんかわしアタシも紗雪ちゃんって呼ぶからさ」
「えっと、うん。わかった。よろしくミカちゃん」
女二人は場違いにのんびりと挨拶を交す。
優等生の紗雪と遊び人風のミカ。
気の合わなそうなイメージだが、どうやらそうでもないらしい。
というかミカが年上なことを初めて知って何気に一番驚いたのはシンクだった。
しかし今はゆっくりと話し込んでいるような場合ではない。
「青山、レンはどうした?」
シンクは紗雪に尋ねた。
龍童の異名を持つ少年がいれば戦力の充実がまるで違う。
「もうすぐ来ると思う……あ、来た。おーい。レンさーん」
「ごめんねっ、おまたせっ」
水色の髪を靡かせ走ってくる少年。
その姿はどこから見ても小学生の女の子にしか見えない。
だが紛れもなく男であり、上海の能力者組織を一人で壊滅させた最強拳士である。
かつてはアミティエの強制保護対象として敵対したが、シンクに破れてからは一緒に活動をするようになり、どういうわけか彼はシンクのことを過剰に慕っている。
「よっと」
かわいらしく声を出してジャンプ。
空飛ぶ絨毯の上に飛び乗った。
「なにやってたんだ?」
「友だちに電話してきたよ。大丈夫だって言ってた」
「言えば携帯端末貸してやったのによ」
日本で暮らし始めた最初の頃は学校に行くのを嫌がっていたレンだが、今では身を案じるような友達もできたらしい。
実に微笑ましいことである。
この少年がとんでもなく強いのは変わりない。
だが以前のような狂気じみた戦闘狂の顔はもうほとんど見せなくなった。
「さて、行くか。ミカ」
「はいっ」
シンクが合図をすると、ミカは絨毯の前部に膝立ちで手をついた。
それまでわずかに宙に浮いていた絨毯が地面に落ちる。
衝撃はなく、そのまま絨毯は前進を始めた。
この≪飛行絨毯≫には三種類のモードがある。
ひとつは名前通り宙を浮くフライングモード。
ビルの五階程の高さまで浮かび上がれるが速度は出ない。
最高速度でも時速十キロほどが限界の低速飛行用のモードである。
そしてこれがふたつめのランニングモード。
地面と同じ高さで地を這って進み、最大で六十キロまで出せる。
速度だけなら車を使った方が速いが、乗り手の慣性をキャンセルし、絨毯に固定する特性がある。
要は移動しながら安定して立って戦える移動陣地として使うことが出来るのだ。
絨毯が走り出した。
第三班かかりつけの病院とは言え、周囲には一般の患者や見舞客もいる。
彼らの奇異の視線がシンクたちに突き刺さった。




