6 アオイを出し抜いて
シンクは目の前で起きたことがよくわからなかった。
紗雪はアオイからジョイストーンを受け取った。
そしてどうやら能力の発現に成功させたらしい。
その後、紗雪は唐突にジョイストーンを窓の外に投げた。
しかし直後に糸のついた水ヨーヨーのように掌の上に戻ってきた。
アオイはそれに気づかず血相を変えて外に飛び出してしまったのだった。
「すごいね。本当に投げたのが戻ってきちゃった」
「なあ、いまのどうやったんだ?」
「これだよ」
紗雪は反対の手を開いてもうひとつ別のジョイストーンを見せた。
「≪再び手にする奇跡≫っていう、手放したあの宝石を手元に戻す能力なんだって。呼び寄せられるのは自分が作った能力の入ったものだけらしいけど」
ジョイストーンを自分の手元に戻す?
アオイが必死になって求めるには奇妙かつ限定的すぎる能力である。
こんなものが必要な状況は非常に限られているし、そもそも普通ジョイストーンは肌身離さない。
ん?
いや、この能力、どっかで聞いたことがあるような……
「あとこれね。≪白昼夢遊病≫っていう、一瞬だけ相手に幻覚を見せる能力だって。と言っても視界の一部を錯覚させる程度だけど、これを使って戻ってきた石を見えなくさせたの」
紗雪はさらにもう一つのジョイストーンを取り出して言った。
彼女がアオイから与えられたのを含め、三つのジョイストーンが手の中にある。
「お前、そのジョイストーンは誰にもらったんだ?」
「中座先輩だよ」
手の中で三つの宝石を転がしながら紗雪は説明をする。
「ちょっと前に説明を受けてね。竜崎先輩には気をつけろって言われた。もし無理矢理に空のジョイストーンを渡されたら、死ぬかもしれないから捨てるふりしてすぐに追い払えって」
中座というのはマナ先輩の名字である。
そういえば紗雪には先輩からある程度の説明をしていたとアテナさんが言っていた気がするが……
「本当かよ、それ」
「? 本当だけど……」
にわかには信じられないことである。
あのマナ先輩がアオイを警戒するように言っていた?
彼女はおよそ人の裏を読むなんてことは絶対にしなさそうな人物なのに。
いや、裏を返せばそれだけアオイが危険な人物だということは周知の事実ということか。
それにしても二つもジョイストーンを貸すとは、すごい念の入れようである。
「まあいい。それより、これからどうするか……」
ジョイストーンがトラックの上にないことはいずれバレるだろう。
当然、班長であるアオイはこの汎用能力のこともすぐに思いつくはずだ。
アオイがその時にどういう手段に出るかはわからない。
とにかくもうアミティエには戻れないだろう。
明日から学校も行かない方がいい。
シンクが今後のことについて真面目に考えていると、なぜか紗雪はニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「なんだよ」
「新九郎、中座先輩のことが好きなんだね」
「なっ……」
違う、と反射的に言いそうになったが思い止まった。
代わりに視線を逸らしてぶっきらぼうに答える。
「わ、悪いかよ」
「別に悪くないよ。ね、中座先輩のどこを好きになったの?」
どこが好きって、わざわざ聞くか普通?
そんなの決まってるだろ。
……えっと。
ん?
ああ、ほら。
あれだ。
からかうと面白いし……
あれ?
「い、今はそんな話してる場合じゃねえだろ。ほら歩けるんならさっさと逃げるぞ」
「はぁい」
くそ、楽しそうな顔しやがって。
なんにせよ今はまだ緊急事態の最中なのである。
話を逸らした事を紗雪もおかしいとは思わなかったようだ。
だが、シンクの心中は何故か異様にざわめいていた。
何か嫌なことを思い出しそうになったような、しかしその正体が何かはわからない。
今はさっさと病院を出よう。
シンクは紗雪を伴って病室の外に出た。
「わっ」
「おっと」
廊下に出たところで、通りかかった子どもにぶつかりそうになった。
「悪い……って、レンじゃねえか」
「シンくん!」
水色の髪をした女顔の少年。
上海の龍童陸夏蓮ことレンである。
彼はシンクの顔を見るなり文字通り飛びついてきた。
横に飛んで避けると、レンは病室から出てきた紗雪に思いっきり激突する。
「きゃあ、レンさん!」
「シンくん、なんでよけるのっ。紗雪さん離して!」
レンがショタコンに捕獲されてしまった。
まあ、いつものことだから放っておこう。
廊下にいたのはレンだけではなかった。
他の知り合い二人も一緒である。
「何があったんすか?」
「ツヨシじゃねーか。なにやってんだこんなところで」
「レンの付き添いっす。シンクさんがなかなか帰ってこないからアテナさんに携帯で聞いたら、ここに来てるんじゃないかって聞きまして」
「ところでぇ、さっきアオイが窓から飛び出してくるのが見えたけどぉ? もしかしてついにクーデターってやつ?」
微妙な若者言葉のガラの悪い男は元三班のツヨシ。
頭の悪そうな色黒のギャルはミカだ。
どちらも現在は第四班の班員でシンクの仲間である。
彼らなら話しても大丈夫だろうと思い、シンクは簡潔に事情を説明をした。
「当たらずとも遠からずだ。ルシフェルには裏切り者扱いされたし、たった今アオイも完全に敵に回した」
「うわっ、マジっすか!?」
「これついに来たんじゃない? アタシら頑張っちゃうよ?」
驚きの中にもワクワク感を隠せないツヨシに、露骨に嬉しそうな表情を見せるミカ。
どちらも「この時を待ってました」と言わんばかりの様子だった。
オムの件もあるし、一応は警告しておくべきだろう。
「お前らには関係ないぞ。見て見ぬふりするなら明日からも今まで通りだ」
「水くさいこと言わないでくださいよ。シンクさんは俺達四班の班長じゃないっすか」
「そーそー。っていうか、四班のみんなに声かければ手伝ってくれると思うよ? だってアタシたちルシフェルもアオイも大っキライだし」
「ぼくも、シンくんの味方!」
「わかった、わかった」
彼らの気持ちは素直に嬉しい。
が、シンクはまだアミティエに反旗を翻すと決めたわけではない。
アオイがどう出るかはわからないが、いくら何でも四班と三班の全面対決にはならないだろう。
だがルシフェルの誤解だけはどうにかしないといけない。
下手したらラバース系列の能力者組織すべてを敵に回す可能性もある。
この国でラバースという大企業連合を敵に回して平穏な生活はありえない。
学校に通うことも、街中を堂々と歩くことも難しくなるだろう。
ALCOのように世間の目から隠れるしかなくなる。
はたして、ツヨシたちにその覚悟があるだろうか。
彼らを見ているとアミティエの活動を遊びと言っていた神田和代の言葉が思い出される。
何よりシンク自身もこの歳で社会から弾かれてひっそり生きるのはごめんだ。
「まずはルシフェルに話を通す。俺は裏切ってないし、今だって紗雪に無茶なことをさせようとしたアオイに反抗しただけだ。あいつを頼るのは気が進まないが……」
話の途中で急にミカが二の腕を掴んでくる。
「ね、ねえシンクくん」
「なんだよ人が真面目に喋ってるときに」
「あれ、なんだと思う……?」
怯えた表情の彼女の指差す方を見る。
それを見たシンクはギョッとした。
「うわっ、なんだありゃ!」
ツヨシもまたそれを見て驚きの声を上げる。
廊下の天井近くに蜂がいた。
凶悪そうな針を尻に付けた一目でヤバイとわかる蜂。
人の頭ほどもある巨大蜂が。




