3 青山紗雪が狙われた理由
こちらも言いたいことは山ほどある。
だが、予想できる反論に言い返せる自信が無い。
しかたなくシンクは話題を変えることにした。
「……別の質問だ。あんたたち、なんで俺の母親を知っていた?」
「あなたのお母様はL.N.T.に住んでいらしたのです。彼女の通っていた学校で教師をしていましたわ」
和代は手のひらを上に向けて人差し指を香織に向ける。
「嘘つくな。俺は生まれた時からずっと母さんと一緒に暮らしていたぞ」
「ならあなたもL.N.T.に住んでいたのでしょう。どうやって脱出したかは知りませんが」
そんなわけない……と思う。
確かにシンクは小学校に入学する少し前くらいに久良岐市に引っ越してきた覚えがある。
母が若いころにどこで何をしていたなんて話は聞いたこともないが、だからってあの人が能力者たちの街で教師をやっていたなんてことは信じられない。
疑問がないわけではない。
幼い頃に見た記憶のある、あの風景。
思い出そうとしてもいったいどこなのかわからない。
シンクは何も知らなかった。
自分の生い立ちも、小さい頃に過ごした場所のことも。
「香織さん」
「うん。ちょっとごめんね、新九郎くん」
香織が席を立ちテーブルを回ってシンクの後ろに立つ。
何をされるのかと身構えたが、香織は「大丈夫だから」とシンクの頭に手を置いた。
視界の端で虹色の光を捕らえた。
見覚えのある光……これは仮想世界を吹き飛ばした光。
「何をしやがる!?」
攻撃されると思ったシンクはとっさに頭上の手を振り払った。
しかし香織は気にした風もなく、首をかしげて和代の方を見た。
「新九郎くん、なにもされてないみたい」
「なら単に幼すぎて覚えてないだけですわね」
「何の話だよ!」
「ショウくんたちが記憶を操作されてたって話はさっきしたよね」
どっかの国の施設で何かやられたって話か。
それが今なんの関係がある。
「機械的な洗脳だったらどうしようもなかったけど、解析したJOYを利用した処置だったみたいでね。私に会うまでL.N.T.の事は何も覚えてなかったんだけど、≪天河虹霓≫で解除したら思い出してくれたよ」
つまり小石川香織の虹色に光る攻撃は、とんでもない破壊力を持った一撃ではなく、能力を無効化させるような力なのだろうか?
それならば仮想空間そのものを吹き飛ばしたことも頷ける。
どっちにせよ、とんでもなく強力な能力であることに変わりはない。
「俺はL.N.T.とかいう街にいたのか……?」
思わぬ所で自分の幼少期の事実を知って愕然となる。
今まで一度も自分からは知ろうとしなかった。
知る必要もない事だと思っていたから。
彼女たちの説明を「嘘に決まっている」と断じるほどの強い理由をシンクは持たない。
だとしても……関係ない。
自分とラバースの間に会った意外な関係には驚いた。
けれど、それはシンクの現在の生活に何の関係もないはずだ。
仮にルシフェルがそれを知っていて自分を勧誘したのだとしても、アミティエに参加しようと決めたのは最終的には自分の意思だった。
だからシンクは顔を上げて強く前を見る。
この先も自分の意思で未来を選んで進むために。
「最後の質問だ。お前らがショウに命令して青山を狙おうとした理由を聞かせろ」
シンクがショウと敵対した理由。
そしてALCOを心から信用できない最大の原因。
それは先日、彼らが青山紗雪を連れ去ろうとした件で争ったせいである。
SHIP能力者だったとはいえ、紗雪はアミティエとは関係ない単なる一般人なのだ。
「青山?」
和代は首を横にかしげる。
「とぼけんな。青山紗雪のことだよ」
「えっと……ああ!」
和代はしばし首をひねっていたが、やがてぽんと手を叩く。
どうやら本当に思い出せなかったようである。
「美紗子さんの妹さんですわね。今は青山という名字でしたの? うっかりしてましたわ、苗字が変わっている可能性を考えていませんでした」
「あいつがSHIP能力者だから狙ったのか? それとも別の理由があるのか?」
行きずりの理由でSHIP能力者保護することがあるというのはさっき聞いた。
それだけでなく何やら元から紗雪のことを知っていたような様子である。
「ショウたちが乱暴な手段を使ったのは私の監督不行届ですから謝罪します。強引に浚うつもりはありませんでしたのよ。もちろんSHIP能力者であることは予想していましたが、お招きしようとしたのはそれが理由ではありません。半分は個人的に会ってみたかったのと、もう半分は……」
和代はちらりと視線を横に向ける。
香織と視線を合わせ、何やらうなずき合った。
「ラバースに利用されないうちに保護したいと思ったからです。彼女がジョイストーンを手にすれば、かなり強力なJOYが生まれる可能性が高いですから」
「何を根拠に」
誰にどんなJOYが与えられるかはジョイストーンを手にしてみない限りわからないはずだ。
それこそ班長クラスの強力な能力から、日常生活でも役に立たないようなくだらない能力までピンキリである。
「彼女の姉が非常に強力なJOY使いだったからです。それこそ≪天河虹霓≫にも匹敵するような準神器クラスの能力でした」
「だから青山も強力なJOYを生み出すと?」
「もちろん絶対と言い切れる根拠はありません。姉妹だからといって同じレベルの能力が得られるわけではないでしょうし、あくまで可能性が高いと言うだけの話です」
「紗枝ちゃんはレア能力ではあったけど準神器ってほどではなかったしね」
本当に紗雪がそんな強力な力を持っているのだろうか。
いや、仮にそうだとしても大丈夫だ。
ルシフェルはともかく、アオイは紗雪を本心から大切に思っている。
アミティエにも誘わずにSHIP能力者であることを周りから隠そうとしていたくらいだ。
まだ許したわけじゃないが、アオイの紗雪を思う気持ちは本物だと思いたい。
多少、性根が歪んでいるは目を瞑っても。
「ちなみにあなたの叔母にあたる方もかなりのJOY使いでしたのよ。複数の術を操るあなたもたいしたものですが」
「別に聞いてねえよ」
シンクは席から立ち上がる。
和代たちに背を向けて扉の方へ向かった。
「悪いが今聞いた話だけじゃ判断できねえ。ちょっと自分なりに考えさせてもらうぜ」
「わかりました。私たちに合流するのでしたらいつでも歓迎しますわよ」
「止めないのか? ここの事を仲間にバラすかもしれないぜ」
これだけの話を聞いたからには力づくで監禁されてもおかしくない。
相手がそういう態度に出たら即座に瞬間移動で逃げようと思っていたのだが。
「この建物は近いうちに引き払いますのでご安心を。私たちの話を信じられずにアミティエに残るのならそれでも構いませんわ。その気のない者を無理に仲間に加えるのは身中に毒虫を飼うに等しいことですから。もちろん敵対するのなら手加減無く潰させていただきますからね」
和代は紅茶を啜りながら強い圧力を伴った瞳でシンクを見た。
その言葉は冗談ではないだろう。
できれば今後、彼女たちとは敵対したくないと思う。
これからどうするかはとりあえず久良岐市に戻ってから決めよう。
マナ先輩や、第四班のメンバーたちとも相談したい。




