2 L.N.T.の生き残りたち
その後、一時間以上かけて和代たちから聞いた話はシンクの想像を上回るものだった。
目の前のテーブルには冷めたスープとパンが手つかずのまま残っている。
「……とてもじゃないが、信じられる話じゃねーな」
聞き終わった後の最初の感想はそれだった。
和代たちの話をシンクは頭の中で反芻する。
それは今から十年以上も前のこと。
とある無人島の地下に能力者を養成するための街が存在した。
その名はラバースニュータウン。
通称はL.N.T.と呼ばれていた。
昼間は普通の新興都市だが、夜間はジョイストーンを持たされた若者たちが複数の組織に分かれ、企業の望むままに争い合いを続けていた。
次第に争いはエスカレートし、末期は昼夜の区別もなく日常が死と隣り合わせの地獄になった。
実際に最後の二年間だけで数百人もの人間が命を落としたという。
もちろん世界的大企業とはいえ、この法治国家の日本で許されることではない。
「それが本当だとしても、ラバースはなんのためにそんな街を作ったんだ」
シンクの疑問に和代は答える。
「開発したばかりのジョイストーンの実地実験と、才能を持った強力な能力者の発掘……というのが当初の建前でした」
「建前……ってことは本当の理由は別にあるのか?」
「これは私たちも後になって知った話ですが、JOY使い同士が争い合う際にエネルギーを放出するのです。それを利用してとある物質を開発していたのですわ。あの街自体が巨大な集積システムだと知った時は反吐が出そうになりました」
「なんだ、そのある物ってのは」
「EEBCです」
EEBC。
正式名称はエレクトリック・エネルギー・ブースト・コア。
この十年でラバース社を世界的大企業連合に押し上げた世紀の大発明である。
単純に説明すればエネルギー変換装置である。
わずかな電気エネルギーを大幅に増幅して運動エネルギーに変える機関だ。
その変換効率は凄まじく、単三電池が一本あれば電気自動車を一月休まず走らせることができる。
この発明によって世界のエネルギー事情は一変した。
日本のみならず世界中を覆っていた大不況はあっという間に吹き飛んだ。
ラバース社はその圧倒的な資金力を武器に様々な企業を傘下に加え、世界でも並ぶ物のない企業連合体となっのだ。
ラバースコンツェルンの創設である。
「……まあ、あの発明のおかげで救われた人も世界中に何千万人といるでしょうから、私の友人たちの死は無駄ではなかったと思いたいですわね」
「和代さん!」
「怒らないでくださいな香織さん。単なる皮肉ですわ」
「で、あんたたちはそのL.N.T.の数少ない生き残りってわけか」
たとえ世界を救った大発明だろうと、その陰で犠牲になった当事者からすれば、自分たちが受けた仕打ちを許せる道理はないだろう。
凄惨な殺し合いの街から命からがら抜け出した者たち。
繁栄を極めるラバースに復讐心を持つ気持ちはわからないでもない。
「ええ。真夏さんのような例外もいますが、私たちと一緒に脱出できたのは学生が三人と、まだ幼い子どもたち一〇人だけでした」
「街から出た後はそれぞれ別々の国が送って来たヘリコプターに分かれて乗って島から脱出してね。その時に離ればなれになっちゃったのがショウくんたちなんだ」
最初期からの能力者と言われている五人。
彼らもまたその街の生き残りだったのだ。
「あの子たちを引き取った国はあまりラバースと関わることに積極的ではなかったらしく、簡単な記憶操作とJOYに関する研究と観察だけで彼らを放置していました。結局ショウたちはその施設から逃げ出してしまったのですけど」
「私の後輩の子がそっちと一緒でね。先に日本に来て独自に動いてくれてたんだ。いろいろあってショウくんたちとは離ればなれになっちゃったみたいだけど」
それが本当なら誤認がラバースを裏切ってALCOに荷担した理由も頷ける。
彼らの境遇を考えれば元々が敵である組織に属していたことがおかしいのだ。
「いくつか質問がある」
とはいえ、彼女たちの語ったことがすべて真実だったらの話だ。
いくつか疑問に思った点がないわけでもない。
和代は「どうぞ」と先を促した。
「特異点の男がラバースの関係者だって言ったな」
その単語を口にした瞬間、二人が息を飲んだ。
平静に努めようとしても動揺しているのが目に見えてわかる。
さっき一度だけ和代がその言葉を口にした時にも不自然に目が泳いでいた。
「あなた方の呼び名で言うところのその人物は、確かにラバースに荷担していました」
「遠回しな言い方だな。俺の認識じゃそいつは無節操にガキを作りまくって、たくさんのSHIP能力者を世の中にバラまいた大迷惑者って感じなんだけどよ」
「おおむね正しい理解ですわね」
「ラバース傘下の能力者組織はそいつが残したSHIP能力者を保護するために活動してるんだ」
SHIP能力者の発生理由についてはシンクも後になって聞いたことだが、能力者組織の活動内容は主にその一点に集約される。
「でも、考えたらおかしいじゃねえか。ラバースが特異点の男と組んでたってことは、今の俺たちの活動は……」
「あらかじめ予定された茶番と言いたいのでしょうか?」
現在世間に潜んでいるSHIP能力者たちが生まれたのは、逆算すればL.N.T.とやらが成立したのとほぼ同時期くらいである。
特異点の男がその後もラバースに協力し続けていたというのなら、ラバースは彼がやらかした事を知っていてもおかしくはない。
わざと『敵』を作って自前の組織に捕獲させているのなら単なるマッチポンプだ。
なら自分たちもまたL.N.T.の若者たちと同様なのではないだろうか。
つまり企業の掌の上で争わされている単なる実験体に。
「証拠はありませんが、可能性は大いにありますわね。SHIP能力者なんてわざわざ素人のJOY使いに捕獲させるようなものではありませんもの。彼らが社会の脅威になるのなら警察でも軍でも出動させればいい話ですわ」
「じゃあ、あんたらはなんで俺達の邪魔をしてるんだよ」
今度は少し強めに言い返す。
素人、と言われたことが癇に触った。
「俺たちだって気楽にやってるつもりはねーんだぞ。無秩序に暴れ始めたSHIP能力者が取り返しがつかないような事件を起こしたらどうすんだ」
「だからって彼らを手元に置いて生活を監視するようなやり方が正しいと?」
「それは……仕方ねえことだろうが」
受け売りの上に偽善ぶった言い分だというのは自覚している。
どう言い繕ったところで能力者組織にとってSHIP能力者は狩るべき対象だ。
捕縛したSHIP能力者に選択肢はあまりに少ない。
強制的に力と記憶を抹消して、普通の生活に戻らせるか。
より厳しい管理下に置き能力者組織の一員として活動するか。
彼らだって望んで力を持って生まれたわけではないのに。
「正直なところ、あなた方の活動内容にはあまり興味がありません。成行きで敵対したりSHIP能力者を保護して戦力に加える事はありますけど」
「なら放送ジャックで反ラバース思想を広めることが目的か?」
「あれはスポンサーの要望で仕方なくやってるだけですわ。現在の目的は情報収集と力を蓄えること。私たちの倒すべき敵はあくまでラバースコンツェルンそのものであって、能力者同士の遊びに積極的に関わるつもりもありません」
「遊びだと……?」
「本社はとっくにJOYの開発からは手を引いてますのよ。何を考えてラバース傘下企業が素人を集めて正義の味方を気取らせているのか知りませんが、おかげで付け入る隙ができるのですから、こちらとしてはありがたいことですわ」
素人の遊び。
正義の味方の真似事。
シンクたちは確かに戦闘訓練を受けた本職の兵士ではない。
アミティエに参加したきっかけもクラブ活動の延長みたいな感覚だったのも認める。
それでも、日々の活動はプライドを持って命がけでやってきたつもりだ。
ちっぽけな自尊心は音を立てて崩れていく。
シンクはこれ以上この話を続けたくないと思った。




