6 おぞましき実験都市
シンクの病室から出たアオイはドア向こうのシンクに聞こえないよう小さく溜息を吐いた。
その表情には秘密を隠す者の不敵さも、後輩をからかう先輩の余裕もない。
ただ、苦々しげな自嘲の笑みだけが浮かんでいた。
「……辛いものね、秘密を抱え続けるというものも」
青山紗雪が狙われた理由はもちろんハッキリしている。
だが、今それをシンクに説明するわけにはいかない。
今回は冗談で誤魔化したが次は納得させられる理由を考えておかないと。
オムの件でわかっていた事だけど彼は悪ぶっているくせに正義感が強すぎる。
きっと『あの街』のことを知ったらラバースに対する疑念を持ってしまうだろう。
「よお、シケた面してやがんな」
嫌な声が聞こえて、睨みつけるよう振り向く。
そこにはスーツ姿のテンマがいた。
「何の用よ」
まさかシンクの見舞いに来たわけではないだろう。
テンマは質問に答えず、口元に薄笑いを浮かべて言った。
「その様子じゃお気に入りの小僧に詳しい話はしてないみたいだな」
「……何が」
「とぼけんな。お前が必死になって隠してたSHIP能力者はL.N.T.の関係者なんだろ」
「っ!」
その単語がテンマの口から出たことに衝撃を受ける。
紗雪のことはアミティエではラバース本社に出向しているアオイしか知らないはずだ。
あとは精々ルシフェルと『あの子』くらいか。
テンマやオム、それにショウにさえ秘密にされていたというのに。
「場所変えるか? 中の奴らに聞かれちゃ困るんだろ」
テンマが親指で廊下の先を指し示し、返事も待たずに歩き出す。
アオイは黙って彼の隣に並んだ。
「何でそれを知ってるんだって顔してやがんな」
「別に。大方、ルシフェルの馬鹿が片付け忘れた資料でも盗み読みしたんでしょう」
「ひでえ言い様だな」
テンマはおかしそうに笑い、ポケットから見覚えのあるカードを取り出した。
都内にあるラバース本社のパスである。
「実は就職先が決まってな。俺もお前と似たようなことを始めたんだよ」
この男、キャラに似合わずかなり頭のいい大学に通っている。
別の能力者組織を抱えるラバース傘下企業の会社に内定が決まったらしい。
「アミティエの班長だっつったらいろいろ教えてくれたぜ。ルシフェルの野郎は通してない」
「驚いたわ。まさか班長四人のうち三人までもが裏切り者とはね」
能力者組織を抱える企業は基本的にグループ内の他会社の方針に口出しすることはできない。
ただし、どこかの組織の班員として活動する傍ら別の会社に社員として所属するのなら話は別だ。
今の立場ならテンマは二重活動ができることになる。
どちらかに寄ればどちらかが不利になるよう働きかけることも可能だ。
もっとも、ルシフェルが知ったら思いっきり不興を買うことにはなるだろうが……
「裏切りって言うならお前も同罪だろうが。何が最初期からの能力者だ、ショウに至ってはALCOにつくのも当たり前だ」
ショウを含む最初期からの能力者、そしてALCOの幹部たちもそうだ。
彼らはすべてあの忌まわしき街の生存者ある。
ラバース社がかつて運営していた、おぞましき実験都市の。
その実態を知ればラバースコンツェルンの闇の深さを誰だって理解するだろう。
心情的に反ラバースに回る者が出てくる可能性も十分にある。
「あなたは真実を知ってどう思ったの? ショウと同じようにALCOに与したい?」
「まさか、俺は自分の生活が大事だ。明日も知れぬテロ組織なんぞに身を落とす気はねえよ」
まあ、そうだろう。
こいつは安い正義感で動くような男ではない。
「今後この国が……いや、世界中がラバースコンツェルンを中心に動いていく事は確実だ。今のうちに安定した地位を確立しておきたいと思うのは当然だろ? お前みたいにな」
「ふん……」
当然のことだ。
これからの十数年で世界はさらに大きく変化する。
能力者の存在の公表、ますます一元化するラバースコンツェルンの経済支配。
そして新エネルギーと、あの新技術の導入……
アオイもアミティエなどという学生組織のリーダーで終わるつもりは毛頭ない。
各社に独立している能力者組織など、本社の『本物』に比べれば遊びの延長に過ぎないのだ。
ルシフェルは親の七光りである程度の地位を得て満足しているボンボン中学生に過ぎない。
いずれは父親を出し抜こうと思っているかもしれないが誰が本気で従うものか。
虎の子であるショウを失った時の彼の慌て様は非常に滑稽だった。
「とはいえ、今は俺もお前もアミティエの人間だ。ステップアップのため目の前の問題を一つずつ片付けていかないとな……ってことで協力しようぜ」
「協力?」
「裏切り者のショウを潰すんだよ」
※
翌、早朝。
極めて少人数の討伐隊が結成された。
シンクが入院している病院は久良岐市の南東にある。
近くの谷津坂駅前のロータリーに真っ黒な社用車が止まっていた。
運転席にはブラックスーツの運転手。
アオイは助手席でシートを倒し、後部座席ではレンが眠そうにしている。
レンは昨日の面会時間が過ぎた後もずっと寝ずにシンクのそばで看病をしていたようだ。
二人は病院に泊まったが、遅れているもう一人は近くのホテルを借りたらしい。
集合時間は午前六時で時計の数字はその五分前を指している。
一分前になってようやく駅からテンマが現れた。
「遅いわよ」
「間に合ってんだろうが」
親しく挨拶を交わすような仲ではない。
テンマが後部座席に乗り込むと、運転手は無言のまま車を発進させた。




