5 青山紗雪の秘密
「まあ、そんな事実はさておき」
「そこは『冗談は』って言ってくれよ頼むから」
「まず貴方は傷を治すことに専念しなさい。いまアテナをこちらに向かわせているわ」
アテナさんは第三班の副班長を務める女性だ。
留守がちなアオイに代わって実質的な班のまとめ役を行っている。
美人で優しくて気立てのいい人で、傷ついた身体を癒せるという便利なJOYを使う。
「そうだよ、シンくんは安静にしてなきゃダメだよ!」
レンが気遣わしげに布団をかけてくる。
仰向けに寝ると背中が痛い。
二人の顔を視界に入れつつベッドに転がった。
「……ぼくが必ず仕返しするから」
レンの声のトーンが沈む。
悲しみに沈んだ少女のような表情が一変、闘志に燃える。
「あー、うん……」
「そうね。今回はレンにも協力してもらうわ。テンマにも声をかけているところよ。バラバラに行動していてはあのショウを捕えるのは不可能ですからね」
第二班から第四班までが合同して事に当たるなど、かつてないことである。
それだけあの男が手ごわいと皆が認めているということだろう。
なにせシンクが本当に傷一つ……相手の服に汚れを付けることすらできなかった相手だ。
「新九郎」
「あん?」
「今回のことは気にしちゃダメよ。あなたは決して弱くない、ただ相手が悪すぎただけよ。気に病むことなんて何もないの」
まさかのフォローだった。
むしろ青山を守れなかったことで文句を言われるくらいは覚悟していたのだが。
「……なあ、一つ聞かせてくれ。なんで奴らは青山を狙ったんだ?」
青山紗雪は一般人である。
ショウが何の目的でALCOに味方しているかは知らない。
マークとかいう歌手と行動を共にしていた理由も不明だが、それもどうでもいい。
アミティエの裏切り者、クリスタのロックスター、反ラバース組織。
誰の立場で考えても紗雪を攫う意味があるとは思えない。
二人は無言のまましばし視線を交わす。
この期に及んで答えないつもりかと苛立ち始めた頃、アオイは投げやり気味に口を開いた。
「そうね。紗雪がSHIP能力者だからじゃない?」
「ふざけんな!」
やはりまともに答える気はないようだ。
普段なら話を続けても無駄と諦めるところだが、今回は一般人が巻き込まれているのだ。
原因を知らないまま次の襲撃を受けるのを待っていろとは言わせない。
「やっぱり紗雪のことになると簡単には引いてくれないのね」
仕方ないと言いたげなアオイの表情が余計に癇に障る。
シンクは彼女を強く睨みつけていった。
「あたりめーだろ。青山がSHIP能力者なわけねーだろうが」
「は?」
「あ?」
なぜかアオイは眉根を寄せている。
「なに言ってるの? 紗雪はSHIP能力者よ。見ればわかるでしょ」
「見え透いた嘘には騙されねーっつってんだろ」
「いやいや嘘じゃないから。いろいろとあなたを騙してるのは認めるけど、そこだけは本当だから。っていうかあなたも見てるでしょ? 紗雪の人間離れした腕力」
確かに青山は馬鹿力だ。
殴られたら軽く数メートルはぶっ飛ばされる。
バイクを素手で持ち上げたりとか、尋常じゃないことも平気でやる。
だが、それはあくまで青山が単なる常識外れの怪力の持ち主というだけだ。
なんで怪力なのかというと、それは青山が……
えっと、その、うん。
「青山の奴、SHIP能力者なのか……?」
驚くべきことにそう考えれば辻褄が合う。
「びっくりしたのはこっちよ新九郎。まさかずっと一緒にいるのに気づいてなかったなんて」
「いや、だって……」
だっておかしいだろ、あの青山だぞ。
小学校からずっと知ってる奴なんだぞ。
距離が近かったからこそ、当たり前に思って気がつかなかったのか……?
落ち着け、俺。
聞くべきことは他にもあるはずだ。
なんでSHIP能力者が傍にいながら放っておいたのかとか。
結局ショウはなんで青山を攫おうとしたのかとか。
さりげなく騙してるって言ったとか。
いろいろ気になることはあるけれど、とりあえず最優先で言うべきことはこれだ。
「なんでさっきから俺を名前で呼んでるんだよ!」
「ここでその質問?」
ずっと名前で呼んで嫌がらせをしていた意趣返しのつもりか。
シンクはアオイとの関係に一線を引いてアミティエのみの付き合いと割り切ったというのに。
「新九郎、やっぱりあなた疲れてるのよ。後で答えてあげるから今はもう少し休んでなさい」
「名前で呼ぶなって言ってんだろ」
「さっき裸に剥いた時に確認したけど、本当にあなたの傷は深いのよ。治療した後も痕が残ったら嫌でしょう」
「……おい待て、お前いまなんつった」
何やら全身に鳥肌が立ちそうなおぞましいセリフが聞こえた気がする。
「意識のない怪我人を裸にするのは義務だって言ったでしょう。あなたとて例外ではないわ……意外と逞しい体をしているのね。ふふ」
「ふっざけんなぶっ殺すぞテメエ!」
「アオイさまずるい! ぼくもシンくんのはだかをみたい!」
「お前も黙ってろ!」
これまで黙ってたレンがここにきて話に入ってくる。
なんだこの変態共。
いや、さすがに嘘に決まってる。
だってアオイは真正の同性愛者のはずだ。
しかもこいつは青山のことがお気に入りだったはず。
いくら変態だからって、シンクに対してそういうことをするはずがない。
その証拠にアオイの奴はさっきから愉快そうにニヤニヤしてやがる。
「わかったよ、もう何も聞かない。頼むからもう出て行ってくれ」
結局、話をはぐらかすのが目的だったのだろう。
乗せられるのは癪だし、できれば本人の口から否定の言葉を聞きたいところだが、これ以上話しているとマジで頭が爆発しそうだ。
「それじゃレン。あとで声をかけるから、新九郎の面倒を見ていてね」
「わかりました!」
「……そのうち、話してあげるわよ」
小声で何か呟いたようだがシンクはもう聞いていなかった。
そのままアオイは背を向けて病室から出て行く。
「はいシンくん、あーん」
レンがリンゴの切り身を差し出してくる。
黙っていたと思ったら必死に皮をむいていたらしい。
シンクは無視してベッドに横になった。
決して声には出さないが、背中の傷は叫びたくなるほどに痛みを訴え続けている。




