8 学校に行く理由
能力者組織の班長なんかをやってはいても、普段のシンクは普通の高校生である。
アミティエの中にはラバース関連企業への就職が決まっている者もいるが、シンクは今のところそのつもりはなく、将来も未定である。
大人になった後のことなど考えたくもない高校一年生。
まだまだ遊びたい盛りの十五歳だ。
よくもまあ、こんな若造に裏社会の始末屋みたいなことをやらせているなと今更ながら思う。
JOYを使えるのはインプラントしない限り十五~十八歳くらいの年齢に限られる。
だから若者に戦わせるのは仕方ないと言えば仕方ないのであるが……
常識から考えればやっぱり心身ともに未熟な高校生に任せる仕事じゃないよな。
それを言ったら能力者なんて存在自体がすでに常識外れなのだが。
そんな風にどうでもいい思考を巡らせながら、シンクは校舎の窓から見える外の景色を眺めていた。
この高さと角度からでは目の前の大きな公園と、川沿いのマンション群しか見えない。
四階の教室だったら天気がいい日は丹沢の山々とその奥に富士山も望める。
しかし一年生に与えられた二階からの景色はこんなもんだ。
身の丈に合った自分の生活に思いを巡らせていると、、
「こらそこ、授業中によそ見をするな!」
くたびれたスーツの襟をチョークの粉で汚した数学教師に怒られた。
シンクは謝罪もせず机の上の真っ白なノートに視線を落とす。
教師が数式を板書する作業に戻ると再び外を眺めた。
退屈な日常。
これに比べればアミティエの活動の方がずっとマシだ。
というか、自分が高校に通う意味はあるんだろうか?
無理やり引っ越しをさせられてから、登校には片道一時間近くかかる。
やることと言えば授業中に教師が垂れ流す睡眠音波と戦いながら外を眺めて時間を潰すだけ。
勉強なんかする気も起きない。
休み時間は屋上で寝ているかゲームをやってるだけ。
友人と呼べる人間はいなくもないが、別にいなくても困るほど仲良くもない。
アミティエに参加する代償としてもらえるVIPカードがあれば生活には困らない。
いっそのこと思い切って学校を辞めてしまおうかとも最近よく考える。
監獄に捉われているような日々よりはマシのはずだ。
いや、まてよ?
ダメだ。
いま学校を辞めるわけにはいかない。
そうだ、こんな無駄な時間に耐える理由ならあるじゃないか。
数学教師の人一倍強い睡眠音波が手ごわくてつい及び腰になってしまった。
チャイムが鳴ると同時にシンクは席を立った。
授業時間内に説明を終えきれない無能な教師が何事か文句を言っているが、無視してそそくさと教室を出た。
その足で二年生の教室がある三階に向かう。
上級生のクラス前だが、シンクはもちろん緊張などしない。
というか上履きの色を見て態度を変えるような先輩なんて尊敬する気もないし。
「あ、シンクくん!」
目当ての人物とはすぐに会えた。
遠くにその姿を見つけると、向こうから目ざとくこちらを見つけてくれる。
子どものように足音を鳴らしながら駆け寄ってくる彼女は、近くに来てもやっぱり小さかった。
子どもをそのまま大人にしたような……
もとい、子どもが岡高の制服を着て紛れ込んだとしか思えない先輩。
シンクは挨拶もせず、彼女が射程圏内に入るなり、即座に全力で頭を撫でた。
「な、なに?」
「堪能しました。それじゃまたいつか」
「何なの!? シンクくんは何しに来たの!?」
「マナ先輩を愛でに」
「私は愛玩動物か!」
この幼い容姿の少女は中座愛先輩。
シンクをアミティエに勧誘し、非日常の世界に引っ張り込んだ張本人だ。
元々は同じ三班のメンバーだったが、シンクが四班の班長に任命された後も彼女はそのまま三班に残っている。
そのせいで最近じゃアミティエの活動中に会うことはできない。
こうして学校で会わない限りは触れ合う機会すら得られないのだ。
「そんな愛玩動物なんて。俺はマナ先輩を一人の女性として愛してますよ」
「なんか最近シンクくん遠慮ないよね! いきなり学校の廊下で愛の告白をされた私はどうすればいいのかな!」
「諦めて俺と結婚すればいいと思いますよ」
「しないよ! いや、嫌だとかそう言うんじゃなくてね。とにかく周りから変な目で見られるから、そういう冗談はやめよう!」
「わかりました、冗談はやめます。二度と今のような発言はしません」
「やっぱり冗談なの!?」
ああ、マナ先輩はかわいいなあ。
冗談とは言ったけどシンクは本気で彼女のことが好きだ。
断じてロリコンってわけじゃないぞ。
外見が幼いのは一つの要素であって本質ではない。
ほら、なんていうかもう、本当にマナ先輩はかわいいなあ。
「それじゃ。また明日」
「本当に何しに来たの!? っていうか明日も来るの!?」
というわけで、一日の活力を補充したシンクは午後の授業を闘うために教室に戻……ろうとして途中で気が変わって屋上に向かい、放課後まで昼寝をして過ごすことにしたのだった。




