義兄視点
此れだけの騒ぎを起こしながら我が妹は直ぐに関心を無くし、自宅へと帰って行く。
義妹の清々しい程の無関心ぶりに半分呆れ、もう半分はどうやってこの後始末をしたら良いのかと頭を悩ませながら女子の集団を見る。
「多分君達の親からも言われるかもしれないけど、一応俺からも言っておくね。幼馴染ちゃんと後輩ちゃんは一週間以内に此処を引っ越して別の学校に転校する事になる。教師さんの方は今の学期が終わったら別の学校に移動。義理の妹ちゃんと母親はそのままらしいけど義理のお母さんの両親と同居。先輩ちゃんは志望校の学校を入学出来るけど、一人暮らしじゃなくてお姉さん夫婦の家に下宿する事になったよ。
で、全員セックス依存症の治療してセフレの相手と俺の愛する人と今後会わない事が決定されたよ」
俺の長すぎる説明に女子達は脳が追いついていなかったが、段々と言葉が脳に浸み込んで顔色も悪くなっていった。本当は名前を知っているが、妹が何時も呼んでいた渾名をついつい使ってしまった。
「幼馴染ちゃんと後輩ちゃんの家は由緒あるお家と大きな会社を経営しているよね? 悪い噂がこれ以上流れないようにしたんだよ? 悪い噂は直ぐに人の足を引っ掛ける。それに世間体に悪いしね」
正直この二人が未だに外に出ている事に驚いている。双方の親の様子を見ても軟禁されていても可笑しくはないのだが……まさか勝手に抜け出したのか? 今頃総出で探している最中か。
「教師さんの方は大人が、しかも自分の生徒を手を出したのが流石にヤバかったね。保護者が学校に詰め寄る前に遠くの女子高に異動だっけ? 解職されても可笑しくないのになんでなん?」
「女教師が理事長の姪」
「ああ、そう言う事」
女子高は教師にも生徒にも厳しい規則が課せられる。別名『女性刑務所』と呼ばれているその学校は問題を起こした女子生徒や女教師を更生させる為の学校だ。(教師の方も厳しく監視する教師がいる)
期間は三年間でその学校に転校する時三年生だったとしても、三年間は絶対にその学校に居なければならない。教師も生徒も寮に入り刑務所さながらの生活を送る事になる。逃げたくても学校がある場所は周りは海だけの孤島で船が一日一便あるかないかで、本土と島までの距離は泳いで渡る事が出来ない。
だからこの学校を『卒業』する頃には真人間になるのは必然だ。……洗脳されているとも言えなくもないが。
因みにこの刑務所の様な学校は女子高とは別に男子校もある。……そこに『転校』する様な事をしなくて良かったよ。
「わ、私が姉さんの家に!? やっと一人暮らし出来たと思っていたのに何で!!??」
「そりゃあ親と一緒に暮らしてもこんな騒ぎを起こしているからね?」
悪友の一人の言葉に押し黙る先輩ちゃん。確かこの子の姉夫婦は旦那が警察官・姉は空手の先生をやっているかなり厳しい人達だとウチの親父から聞いている。
恐らくは自由に遊べる時間がないだろうなぁ。恐い恐い。花の大学生生活を自由に謳歌出来ないだろう。自業自得だけど。
「お、おじいちゃんとおばあちゃん?」
「うん。わざわざ田舎から上京して君達親子の治療をしっかり専念させる為だって。後、亡くなった婿殿が残した遺産は専門の方に任せるって」
「何で!? 何でお義父さんの遺産を他の人に管理するの!?」
「だって君達とお義父さんは他人だよ? 血の繋がりのある『あの子』が受け継ぐ物はキチンと守らないと。……勿論君達母子の分の遺産は用意するつもりだよ」
「そ、そんなに私達が信用できないの?」
「信用出来ると自分達は本当に思っているの? そもそも君のお母さんはあの子の保護者のままでいられると思っていたの?」
正直この義妹より義母の方が立場的にヤバい筈だ。
成人女性が未成年のしかも義理の息子と仲良くしていた学校の同級生とセフレだなんて、最悪逮捕物だ。だからこそ義母の両親がすっ飛んで来たのだ。身内に警察沙汰になったら困る職業の人がいるそうだ。だから老体に鞭を打って土下座して俺と親父に穏便にして欲しいと頼み込む為に土下座までしていた。……土下座する相手は俺達じゃなくてあの子だけど、今のあの子はその話を出来る状態じゃないんだけどね。
俺と悪友達の口攻撃に次々撃沈する女の子達。俯いてその表情を伺える事は出来ないが、恐らく顔を真っ青にして事態を飲み込んでいる様だ。
「……それでも……」
ポツリと呟いたのは義妹ちゃん。覚悟を決めた様に顔を上げて俺達の顔を涙目で睨み付けた。
「私達はお義兄ちゃんに謝りたいの!!!! 私達のせいでお義兄ちゃんは傷つけてしまったのだから私はお義兄ちゃんに償いたいの!!!!」
「……だとしても今は会えない」
俺は持っていたiPadを鞄から取り出すと操作してある動画を選んだ。
「おい」
「流石に此れは現実見せた方がこの子達の為だ。それにあの子を諦めさせる為にも一度見せた方が良い」
悪友に止められたが、俺は止めない。万が一と思って当時着いて来てもらった悪友の一人に撮られていた動画を彼女達の目の前で再生させた。
それは
『――――嫌ああああああああああ!!!! 来ないで!! 来ないで!!!!!』
女の看護婦に怯え暴れるあの子の姿が映っていた。
『何やってる早く出ろ!!』
『落ち着いて××(あの子の名前だ)君!! 誰か男の看護師を連れてきて!』
『誰か物を片付けて!!!!』
周りの男の看護師や医師が暴れるあの子を止めに入っている。半狂乱で暴れ回り机や椅子、文房具を薙ぎ払うその姿は自分の目から見て恐ろしかった。
普段は朗らかにポケポケと笑うあの子とは余りにも様子が違い過ぎていた。
女の子達は口をあんぐりと開けて動画を眺めていた。
「…………これさ。此処まで暴れる原因は診察中にうっかり新人の女の看護師が診察室に顔を見せた事が大暴れの理由だよ」
「お姫さん――ああ俺達が彼をそう呼んでいる渾名――は重度の『女性恐怖症』を発症しているんだよ」
「「「「えっ?」」」」
「そりゃあ恋愛に近い感情を持っていた女や義理とは言え、母親と妹が親友とセックスしている姿を何度も何度も見ちまったら心が壊れて女が恐くなるわ」
「全くだ。女性を見ればこんな風に恐慌状態になりガタイの良い男でも止められない程だ」
狂乱状態でリミッターが外れた状態のあの子は暴れまくった。身体が壊れるのではないかと思う程暴れる姿は俺ですら胸が張り裂けそうだった。
しかし俺以上にショックを受けていたのは、長年付き合いのあった彼女達である。
「嘘……嘘だ……」
「お義兄ちゃんが……壊れた? 壊れたのは私のせい? 私がお義兄ちゃんを裏切ったから?」
「うぅっっ!! 先輩ごめんなさい!!!!」
「ははっ。私があんな風に傷つけたのに今更復縁だなんて何で私そう思ったんだろう……」
泣きわめいたり肩を下ろしたり茫然自失だったりもう地獄としか言えない状態だった。そりゃあの子が此処まで壊れた原因が自分達なのが分かっているのだろう。
そして彼女達にとって死ぬよりも最悪な展開が起きたのである。
『おーおー。今日は一段と大暴れしたねー』
暴れるあの子を見ても妹は平然としていた。妹の声が聞こえた瞬間あの子はピタリと暴れるのを止めて、ずるずると座り込んだ。妹はあの子に近づくと視線が合う様にしゃがみこんだ。
その手には缶のココアが握られており蓋を開けるとそれをあの子の手に握らせた。
『ほらほら。此れ飲んで一回落ち着こうか。いきなり知らない女の人が現れてびっくりしたねー。恐がったねー。今日はこのまま帰る? それとも病院の個室に一日泊まる?』
『……いもーとちゃんと一緒に帰る」
『うんうん。ならもうちょっと落ち着いてから帰ろうか』
妹はあの子の背中を撫でながら優しく問いかけたお陰で、落ち着きを取り戻した。そして妹の手を引いて
男の看護師さんの案内で別室に行く姿でこの動画は終わった。
「何で?」
誰かがポツリと呟いた。他の女子達も同じ気持ちだろう。女性恐怖症の筈のあの子が妹の言葉に素直に聞き、あまつさえ手を繋いで歩く姿を見れば信じられないだろう。
しかもその相手と言うのが今まであの子が話題所か存在している事すら知らない様な、しかも身内が言うのもアレだが容姿も其処まで麗しくない妹にどうして此処まで心を開いているのか。彼女達には分からないのだ。
「妹ちゃんはね。良くも悪くも他人に強く興味を持つ子じゃないの。だからあの子に関してもあんまりお節介をしなかった。まぁあの子は君達と違って容姿は其処まで良い方じゃない。だけど可愛い・美人な容姿じゃない事が余計に気が許せるのかも」
実際、ご飯を上げたりお風呂にいれさせたり最低限のお世話をしたりする以外は基本放置だし、発作が起きた時は危ない物を遠くに置いてから落ち着くまで離れた場所でスマホをしながら待っていた。
あの子の周りにいた人間とは違う性格である妹を、心を徹底的に壊されていたあの子は懐いた。
妹も子供の様にベタベタと甘えるあの子を少し疎ましいと思いながらも、満更ではないと言う顔をしているからお兄ちゃんとしてはカワイ子ちゃん達が仲良くしている姿を見るだけでお腹が一杯です。
あの子と妹の仲の良さに嫉妬している様だが、それ以上に自分達以外で笑顔を向けている事が信じられないのだ。
「アーテガスベッタ」
性格の悪い悪友がポケットから写真を数枚、女子達の目の前に放り投げた。それは何時の間にか撮られていた俺とあの子のハメ撮り写真だった。それもあの子がとっても気持ち良くなっていた時の。
「お前何で撮っているんだよ。あの子とのハメ撮りは撮るなって言ったよな?」
「いや~可愛い女の子の絶望顔を見たかったから一番効くのはコレしかないと思って」
「ほんっっっとお前良い性格しているよ」
確かにこのクソみたいな性格の悪友にとって計画通りとなったのだろう。女子達は死人の様に顔を真っ白で能面の様な感情のない顔ととなっていた。
その姿を性格の悪い悪友が笑いながらスマホでパシャパシャと撮っていた。流石に俺も他の奴も悪友の行動にドン引いていた。
多分女子達は自分達があの子にした仕打ちと同じ、いやそれ以上のダメージを受けているのだろう。
因果応報・自業自得とはまさにこの事。そう思って眺めていた時に背後からガヤガヤと騒ぎが聞こえた。
騒ぎの正体は女子達、主に幼馴染ちゃんと後輩ちゃんの関係者が彼女達を確保する為にやっと現れたのだろう。
女子達の腕を掴んで逃がさない様にして黒い車に乗せられるのを確認すると俺達もさっさと家に帰ろうとした時だった。
「待って!!!!」
呼び止めたのは幼馴染ちゃんだ。窓から必死に俺達を呼び止める。
「貴方達あの男の行方を知らない?」
その声は決してアレの事を気にしている声ではなかった。何か確信を持った声で俺に聞いて来たのだ。
「……さぁね。死んではいないんじゃない? 死んでは」
俺はそれだけ言うともう二度と会う事はないだろうあの子の女友達と糞野郎の事を忘れて、俺の癒しがいる我が家へと軽やかに家路へと帰った。




