チェーン
風景は自分が高校生の頃の帰り道を想像して書きましたので、もしかするとあまり描写にピンと来ないかもしれません。
私の処女作であり、文体に美しさのかけらもないですが、それほど長い作品でもないので目を通していただけると嬉しいです。
夏休みが終わり、残暑の中の登校にも少し慣れた9月の中旬、僕は放課後も1人教室に残っていた。
僕は部活動には入っておらず、塾やクラブなどにも行っていない。かといって家に帰っても課題をする気にもならないし、特にやることもないからこうやって1人で課題をしてる。それが終われば窓から運動場で野球部が練習しているのを眺めたり、校内をふらついたりするのが僕の日常だ。
校内を歩き回ってると教室には誰かしらはいる。基本的に運動部や吹奏楽部などの人とは練習中に声をかけることはできないが、文化部の人なら多少話してても問題ない。むしろ歓迎するような部活さえある。
淡々と課題を終わらせていくうちにカーテンの隙間から日の光が机に差し込んできた。腕時計を確認すると終礼から1時間以上は経っている。課題もキリのいいところで終わったのでここでやめることにした。
窓のカーテンを開けて、空いてた窓の鍵を閉じ、クーラーを切り勉強道具をバッグにしまって、教室を閉めて廊下に出た。
教室の鍵を返しに職員室まで向かったが、その間、他の教室を覗いてみてもだれも残っていなかった。廊下の窓から隣の校舎の棟を眺めても使っているところは少ない。仮に使っていたとしても吹奏楽部が練習に利用しているだけだろう。廊下にもだれもおらず、唯一職員室に入る前に同じ学年の女子生徒1人とすれ違ったくらいだ。
職員室で鍵を返し、昇降口に向かう途中、階段を降りようとすると、知り合いの男子生徒が階段を登るのが見えた。どうやら彼も僕のことが確認できたらしい。
「こんにちは、センパイ」
「やあ、安藤くん」
安藤は生徒会に務めている1年生の男子生徒だ。俺と生徒会長は1年、2年と同じクラスであり、安藤は俺と生徒会長が生徒会室で話してる時に知り合った。
軽く挨拶で済まそうと思ってたが、安藤がまた話しかけてきた。
「もう帰るんですか?珍しいですね。」
「まあね、やることやったし、教室見ても誰も居なさそうだったからもう帰ることにした。」
「じゃあ、生徒会室に来ません?お茶くらいは用意しますよ。」
彼は相変わらずニコニコしている。
「遠慮しておく。生徒会室に来たら書類の整理やら手伝わせられることになるからな。」
「残念です。余計な仕事が無くなってとても助かるんですけどね。」
彼は悔しそうにため息をつく。油断してると彼の策にハマってしまう。
「余計な仕事なら手伝う必要もないな。」
「そんなことを言わずによかったら生徒会室寄ってください。センパイだったらいつでも歓迎ですよ。」
「どうも。生徒会は最近忙しいの?」
「はい、来月の文化祭に向けてやることが沢山あります。」
確かに去年3年生から誘われて文化祭の手伝いをしたが、正直事務的な作業ばかりで楽しい物ではなかった。しかも量がたくさんあるためひと段落終わった頃には下校時刻になっていた。
「大変だな、気が向いたら手伝うよ。」
「ありがとうございます。」
彼は笑顔で応える。
「じゃ、今日は帰りますわ。」
「はい、お気をつけて」
俺は安藤と別れを告げると、階段を降りて昇降口へと向かった。
安藤は生徒会の業務もテキパキとこなす真面目な生徒だが、その素性は読めない。夏休み前同じ生徒会の人と話していたが、彼の言葉には説得力があり。結局はその場にいる誰もがうなずいてしまいそうなほどだ。そのスッキリとした顔立ちとスタイルに常にニコニコしてるような表情だから、嫌われはしない人ではあろう。少なくとも上級生には気に入られてるのだろう。今度、同じ1年の生徒会の女子生徒にも彼のことを聞いてみよう。
昇降口に着き、靴と上履きを履き替えて玄関を出た。
外に出るとより一層強く運動部の掛け声や吹奏楽部の音を強く感じた。木々の方からはひぐらしの鳴き声もわずかだが聞こえる。夕日は校舎を白色からオレンジ色に染めている。僅かに風を感じる。まだまだここは暑いが秋の風だ。僕は夏の終わりを感じながら校門を超えた。その先に夕日が見える。
校門を出ると道は左右二手に分かれており、向かって右側は下り道となっている。僕の家は右側だ。
下り道の最後は交差点になっており、朝は大体この交差点あたりから高校生で混んでくる。多くの生徒は駅へと続く左の道へと曲がっている。高校は今僕のいる右側の歩道側に建っているため、駅から来る生徒は交差点の横断歩道、もしくは校門前の横断歩道を渡る必要がある。そのため平日の朝は交差点から高校までの坂道で車が渋滞を起こしている。交差点をそのまま真っ直ぐ進むと商店系の店が並んでおり、本を買いにそこにある書店へと寄ると、同じ高校の制服の人や同年代の人をよく見かける。
僕は交差点を右に曲がり、住宅街の方へと向かった。
僕は基本的には高校は歩いて登校している。自転車でも登校はできるが、朝は道が混雑してるため、あの坂道では使い辛くお荷物となってしまう。30分で歩いて来れる道なので、僕は朝はある程度余裕を持って家を出て学生たちの人の流れに静かに合流している。
先程の交差点を右へ曲がると先程まで木で隠れていた日光が僕の背後で当たる。9月に入り少し涼しくはなったとはいえ夏の暑さはまだ健在だ。
この道は周りに高い建物も無く東西に道が伸びているため、朝と夕方は直接日光が当たりやすく、夏だと直射日光に当たり続けるためかなり水分と体力を奪われる。また、風を遮るものもほとんどないため、まるで川沿いのような風が吹いたりすることもある。そのため、雨が降ると必ずと言って良いほど制服は濡れるし、冬だと体感温度がかなり下がり、日本では比較的暖かい地域なのにこの道だけは雪国かと思ってしまうほどだ。あまりにも登下校が辛いので僕はこの道を「憂鬱ロード」と勝手に呼んでいる。
この道は一軒家の住宅が続くが、交差点から少し歩いたところに公園もある。この公園の遊具は滑り台と砂場くらいしかないが、グラウンドが結構広く、サッカーコートの半分くらいはある。
この辺りの地域では割と広い公園となっており、よく子供たちが放課後サッカーや野球などをして遊んでいるところをよく見かける。
今日も子供の声が聞こえる。もうすぐ日もくれそうなのにまだまだ元気だ。
公園の方に目をやると奥で5、6人の子供がボールを蹴って遊んでいるのが見える。しかし、それよりも公園入り口の少し入ったところにいた少女の姿に焦点が移った。
少女はこちらに背を向けてしゃがみ込み、目の前にある自転車を見ていた。
なぜ女性だと分かったかというと服装が僕の高校の制服でしかも先程すれ違いに出会った人だからだ。
どうやら彼女の自転車が壊れてしまったらしい。彼女はどう対処したら良いか分からず、懸命に自転車を眺めるだけである。
面倒ごとには関わりたくないと思い、見ていないふりをしてそのまま行こうとも思ったが、さすがに同級生の人までを無視するのは後味が悪い。
僕は彼女のところまで近づき声を掛けた。
「どうしたのですか?」
僕がいきなり声をかけると、彼女はハッと驚き後ろを見る。僕の制服に気付くと少し警戒を解き、視線を自転車に戻した。
「その、自転車のチェーンが壊れてしまって。」
「見ても良いかな?」
彼女にそう尋ねると少し左に移動した。僕はバッグを下ろし、しゃがみ込んで自転車のサドルを見てみた。
どうやらチェーンがギアから外れてしまってるだけのようだ。パンクだったり、チェーンが切れてたりしていたら僕だけじゃ何もすることはできなかったが、これなら今すぐ修理できる。
「チェーンが外れているだけだからすぐ直せるよ。」
「本当ですか!?お願いしても良いですか?」
彼女は目を光らせて喜ぶ。
僕は軽く頷いてチェーンをギアの歯に入れていった。
正直、チェーンの修理くらい自転車持っている人なら全員できると思っていたが、女子とかだと分からない人もいるのかもしれない。
自転車のチェーンは年月が経つとともに緩くなっていき外れやすくなる。彼女の自転車は見た感じ2、3年って感じだが、通学にいつも使っているのかチェーンの方はかなり錆びていた。
おかげで僕の手は汚れてしまうが、それは最初から覚悟していたことなので問題はない。
彼女の方は隣で僕の作業をじっと見ていた。すると僕の方を向き僕に話しかけた。
「チェーンが壊れてしまった時はもう治らないと思いました。自転車とかの修理は詳しい方なのですか?」
「外れたチェーンを直すのは誰でもできるよ。自転車は詳しくないけど、昔お父さんが修理してたのをよく見てたから。」
「そーなんですね!私はこんなの見ててもさっぱり分からないです。」
彼女は少しため息をつく。
彼女がそう言っている横で僕はペダルを逆向きに回すとチェーンがうまくはまった。
ペダルを回転させて後輪が回る様子を見ると彼女は喜んだ。
「直ったみたいですね。ありがとうございます。私だけだと余計ひどくなってたかもしれません。」
「チェーンが緩くなってて外れやすいかもしれないから、何回も外れるようだったら自転車屋に行ったほうが良いかもね。」
「ありがとうございます。」
彼女はお礼を言うと手を差し伸べてきた。
僕も手を差し伸べようとするところで止めた。
「すみません。手が汚れていましたね。」
彼女は微笑みながらも、失礼なことをしたと少し恥ずかしげだ。
「大丈夫だよ。ちょっとすぐそこの水道で洗ってくるから、じゃあ。」
僕はそう言い残してすぐそこの公園の水道へ行った。
蛇口をひねるとお湯のような暑さの水が出てきた。しばらく流すとすこし冷めたがそれでもまだぬるま湯だ。気にせず手を洗い、自転車の錆と油の汚れを落とした。
しばらくして水を止めて、手をハンカチで拭いた。まだ少し黒い汚れが残ってるが後は家で洗えば良いだろう。
そのまま公園を出ようと思ったが、彼女が先程同じところに立っていた。
「あれ?まだいたんだ。」
僕はそういいながら降ろしていたバッグを再び背負う。
「いや、あの…まだあなたを待っておかないといけないと思って…」
彼女は僕の目を逸らしながら言った。
確かにさっきのは別れの挨拶としては簡素すぎたかもしれない。
しかし、特に話すこともなく2人の間で少し沈黙が出来る。
何話そうか考えていると彼女の方から口を開いた。
「あの、帰り道ってあっちの方ですかね?」
彼女はそう言うと東の方を指差した。
「そうだね。この道を進んで途中曲がったところにあるよ。」
すこし悩んでるような顔をしてまた彼女が口を開いた。
「でしたらそこまで一緒に帰らないですか?私も同じ方向なので。」
いきなりの言葉にびっくりしてしまったが、私も人と話すのは好きなので別に問題はない。
「良いよ。俺も五十嵐さんと帰りたいかな。」
「ありがとうございます、植田さん。私の名前知ってたんですね。」
知ってはいたが、水で手を洗うまで忘れていた。
話すのは初めてだが、学校でも何度もすれ違っているし、先程職員室の前で彼女の名前を先生が呼んでいた。
「まあね。人の名前は覚えられる方かも。それより五十嵐さんこそ僕の名前を知ってたんだ。」
「植田さんは有名ですからね。クラスの人とはしていると結構植田さんの名前は出てきますよ。」
「そう言われると恥ずかしいな。」
こう言われるとすごい人のように思われるが、放課後いろんな人と話すうちに僕の名前が知れ渡るようになっただけだ。知り合いが多いだけで特に勉強や運動ができるわけではない。
ふと周りを見るとかなり薄暗くなっていることがわかった。夕日もだんだん見えなくなっている。
「まあ、外も暗くなってるし歩きながら話そうか。」
僕がそう言うと彼女は軽く頷き、自転車に手をかけ、スタンドを外し、僕と一緒に公園を出た。
後ろではまだ子供達の声が聞こえる。どうやら門限のギリギリまで遊ぶようだ。
道に出ても後ろからはもう嫌な日差しをほとんど浴びてない。ここから先の道は楽な気持ちで彼女と進めそうだ。
僕は2年1組の生徒で五十嵐さんは2年8組の生徒だ。8組の教室は東棟、1組の教室は西棟で僕と五十嵐さんとでは違う棟になっている。
東棟と西棟の間には渡り廊下があるため基本的には両棟の行き来はし易くなっている。しかし、基本的には東棟と西棟を行ったり来たりすることはないため、休み時間は同じ棟の人と話す機会が多くなる。
僕の場合は放課後クラスを歩き回ったりするので西棟の人たちとも話すことは多い。
僕は8組にもよくお邪魔しており、そこに五十嵐さんもいたため顔と名前だけは覚えていた。
空が深い藍色に包み込まれようとしている中、僕は五十嵐さんと並んで憂鬱ロードを歩いている。
この道の歩道はある程度確保されており、俺と五十嵐さん、自転車で並びながら歩くことができる。けれど広さはその程度なので僕ら2人が道を塞いでいることになる。
五十嵐さんはそれが申し訳ないのか若干車道側に詰めて歩いている。
「五十嵐さんって部活動とかは入ってないの?」
僕はとりあえず当たり障りのない質問をしてみる。
「やっていないですよ。植田さんも帰宅部ですか?」
「そうだね。」
僕らの高校は部活動を推奨しており、生徒の8割以上はどこかに所属している。僕らは例外なわけだが、帰宅部にしても塾や習い事に行っているケースが多い。
「五十嵐さんは放課後とか休みの日とかは何してるの?」
「うーん、友達と遊んだりしてますけど。日曜はピアノの習い事があります。」
「そうなんだ。ピアノはどのくらいの頻度でやっているの?」
「レッスンは高校に入ってからは月に1回か2回くらいです。けどピアノは毎日弾いています。」
彼女は僕の質問に礼儀正しく淡々とはなす。
「すごいね。そこまでやってるならコンクールとかもよく出てるの?」
「はい。けど周りはもっと上手い人ばっかであまり賞は取れてないんですけど…」
ここまで話しててわかるが、何故か上司と部下のような会話である。私は面接官になった気分だ。
横を振り向くと彼女の視線は下に向いている。どうやら緊張しているようだ。どうやらまだ学校の人気者と話していると思っているらしい。
そう思ってくれるのは嬉しいが、僕はそんな主人公みたいな性格じゃないし、何よりせっかく一緒に帰ってるんだから彼女にも楽しんでもらわないと。
「五十嵐さん、僕に敬語じゃなくていいよ。」
「あ…うん」
彼女は僕の方を向き、すこし申し訳なさそうに返事をした。
「さっき僕のこと有名って言ったけど、別に凄いことも何もしてないからね。敬うことなんて必要ないよ。」
僕は彼女に笑いかけるが、彼女はまだ申し訳なさそうな顔をしている。
「ごめんなさい、わたし人見知りで」
「べつに謝らなくていいよ。それに僕は五十嵐さんに感謝してるよ。」
「え?」
予想外の言葉だったのか彼女は目を見開く。
「この道を歩くのはほんと嫌だったし、今日は放課後生徒会の人と少ししか話さなかったから今日は一緒に帰ってくれて本当に嬉しい。」
「そんな、私こそ植田さんに自転車直してもらったのに。」
彼女は車道の方に視線を逸らす。
「あんなの僕にとってはどうってことないよ。」
続けて僕は話す。
「それこそ五十嵐さんだって凄いじゃん。ピアノ毎日練習してるとか、ピアノよくわかんないけどずっと続けることはすごいことだと思うよ。」
「ピアノは楽しいから。」
彼女は微笑んでそう答える。
「確かに昔はレッスンとか厳しくて嫌な時ともあったけど、今はいろんな曲が弾けて、いろんな音が聞けて弾いてるととても楽しい気分になれるの。」
彼女は嬉しそうに言った。
彼女が今ピアノを楽しむことができるのは今までピアノを一生懸命頑張ってきたからであろう。それに対して僕はどうだろうか。
「本当に凄いよ。確かにコンクールとかでは五十嵐さんより上手な人がいるかもしれないけど、その努力は自信持って良いよ。」
僕がそう伝えると彼女は今まで見せた表情で1番明るい笑顔を見せてくれた。
「ありがとう。初めて話した人にそこまで褒められたのははじめてだよ。」
彼女の笑顔に僕は目を逸らしてしまった。彼女の濁りのない笑顔はバイトの面接官が見たら即採用してしまうほどであろう。
彼女の純粋な笑顔に僕が動揺していると。彼女から話しかけてきた。
「植田さんは休みの日は何してるの?」
「僕は図書館行っているかな。」
「友達と?」
「いやひとりで」
僕がそう答えたことに彼女は驚いたようだ。
「意外だね。人と話すのは大好きなのに休日はひとりなんだ。」
「うん。別に友達と遊びたいってわけではないからね。けど図書館でもよく司書さんと話すよ。」
そう思えば放課後や休日に友達と遊ぶことはほとんどないな、というより……
「高校になって友達と遊んだことないかも。」
「え?」
笑顔だった五十嵐さんの目が点になる。
「友達と遊びたくないの?」
その質問に僕は言い淀む。
「そもそも…友達いるのかな?」
「私、植田さんがいろんな人たちと話してるの見るけど彼らは友達じゃないの?」
確かに学校の人と話すのは楽しいし、友達じゃないってのも嘘な気がする。
「そうだね。友達だけどそれは学校の中だけかもね。」
僕は前を見据えながら言う。
そう。どんなに人と話していても僕は彼らとはそれ以上の関係になろうとはしないし、彼らも近づこうとはしない。さっき彼女に敬語はやめろとか言っておきながら僕は他人に対して一定の距離を取り続けて近づこうとはしないのだ。
皮肉だな。と嘲笑いつつ五十嵐さんの方に顔を向けると彼女は僕を真っ直ぐな目で見つめていた。
まるで獲物を捕らえる獣のような目つきだ。だかどこか悲しさも感じる。さっきの笑顔といい、ピアノの演奏はパフォーマンス的部分もあると言うが顔の表情も鍛えられるのだろうか?
彼女は僕に目線を外さずに僕に訴えかけた。
「そんなのもったいないよ。確かに人に近づきすぎると仲が悪くなって喧嘩したりしてしまうことがあるかもしれないけど、それでも友達になれないっていうのはもったいないよ。」
彼女はキッパリと言う。
彼女の言った通りだ。僕は人が傷つくのを恐れて過度に人と接触しようとしない。彼女にはそれが許せないらしい。
「だから」
彼女はそう言うと目を逸らし下を向いてしまった。
「だから?」
僕がそう聞くと彼女は口を閉じ、わずかな間沈黙が続いた。そして彼女は顔を上げ。
「だから….もし良かったらこの帰り道二人一緒に帰りませんか?」
「これからも」
最後まで聞いて僕は一瞬思考が止まった。というか今も考えられない。言葉を言葉でしか認識できない。
僕がぼーっとしていると彼女は口を開いた。
「私嬉しかったんです。自転車直してくれたのもそうだし、一緒に帰ってくれたことも、敬語じゃなくても良いって言ってくれたことも、ピアノを褒めてくれたことも。」
「私植田さんのこと、とても優しい人だと思いました。そんな人と高校の中だけ友達とか、一緒に遊んだりできないのはとても悲しいです。だからこれからもこの道だけでも一緒に帰ってくれたら…その…」
最後まで言う前に彼女は我に帰ったらしく僕から顔を背けてしまった。五十嵐さんは意外と思ったことを口に出すタイプらしい。
正直僕もどう答えたら分からないが、何か言わないと。
「はい。一緒に帰ります。」
「……ありがとうございます。」
そう言うと僕と五十嵐さんはまた歩き出した。
歩き出したは良いが、なにを話せば良いかわからない。彼女も同じようだ。
歩くにつれて先程の会話を鮮明に思い出す。僕は高校の時誰かと一緒に帰ったことはほぼない。人と帰り道を一緒に帰るだけで人との関係性は深まるのだろうか?というより今のは告白として受け止めて良いのだろうか?彼女は依然下を向いて黙ったままである。
そうこう考えていると前から子供が歩いてきていた。すぐに退かないと通行の邪魔になる。
僕は五十嵐さんにごめんねといい彼女の方に近寄った。すこし僕の左腕に彼女の右肩が当たる。
数十センチしか移動できてないと思うが、十分通路は確保でき子供とすれ違う。
普通に考えると僕が後ろにいけば良かったが、何故か彼女の方によってしまった。気のせいか沈黙がよりひどくなった気がする。
結局そのまま僕はこの道の終わりまで来てしまった。
正確には終わりではないが僕はここで左に曲がらないといけない。
「じゃあ僕はこっちだから」
僕はそう言って左の道を指した。彼女も頷き自転車に跨る。
ここまでの道いろんなことを考えていた。僕が人に距離をとっていること。彼女にこれからも一緒に帰ろうと言われたこと。僕が彼女の方に寄って道を譲ったこと。
僕は人と距離をとっていたのは人と仲が悪くなるのが恐れてだ。けどそれは間違いだと五十嵐さんは言ってくれた。僕はどうだろうか?
僕もこの状態のままはいけないと思う。人と関係を持つ以上、自分の本心も言わないといけない。それが言えなくなると自分というものがなくなってしまう。そうすると生きている価値すら無くなってしまうような気がする。
そして彼女はそのことを教えてくれた。当たり前のことだが、彼女は勇気を振り絞って言ってくれた。
そして僕がとったさっきの行動。やるべきことは1つであろう。
五十嵐さんは自転車に跨りながら話しかけた。
「植田さん今日は直してくれてありがとう。おかげさまですぐ帰れるよ。」
「五十嵐さん…」
「はい?」
「もし空いてたらですが今週末どこか遊び行かない?」
彼女はきょとんとした顔をしたがすぐにあの笑顔になった。
「はい!土曜日だったら空いてるよ。」
「じゃあ土曜に駅前のモールにでも行こう。」
「はい!楽しみにしてます!」
彼女は弾んだ声で言った。
「あともう一つあるのだけど」
「はい。」
「下の名前で読んでも良いかな?」
僕の要望に彼女は微笑む。
「五十嵐由結です。ユイって呼んでください。」
「ユイ、僕は植田歩。僕のこともアユムって呼んで良いよ」
「歩いい名前ね。じゃあまた明日。歩くん」
ユイは僕の方に手を振り東の方に自転車を走らせていった。
僕はその場に立ったまま上を見上げた。もう空は夜になっており星もいくつか見える。街灯もいつのまに点灯している。
わずか数十分の間ではあるが彼女に出会えて本当によかった。彼女のちょっとした勇気が彼女との絆を生み、僕に勇気をくれた。
しかしそのきっかけが壊れたチェーンというのは人のつながりなんてそんなものかもしれない。
耳をすますと秋の虫の鳴き声が聞こえる。ここでも夏の終わりを感じる。
「さて帰りますか。」
僕はそう言って交差点を左にまがって家路を進んだ。
主人公の植田は人と過度に接することを拒み、人と距離感をとって高校生活を過ごしてきました。その原因として植田は人に近づきすぎるせいで人を傷つけてしまうことを恐れていることが本編では述べられています。こういった経験は誰もが通った道ではないでしょうか?エヴァのヤマアラシのジレンマの話で「大人になるってことは近づいたり離れたりを繰り返してお互いにあまり傷つかない距離を見つけ出すってこと」と述べております。まさにその通りでその距離感を見つけるのは社会で生きていくには必要な能力だと思います。しかし人間関係というのはそんな単純なものではなく、長い関係を築くにはある程度相手が傷ついても近づいていく必要があると思います。よく高校の友人とは長い付き合いになるけど、大学の友人とは疎遠になりがちという話をよく聞きます。その理由として大学ではお互いに傷つかない距離感で接しているからだと思います。大学では自主性が求められるため他人を過度に必要とせず、相手が傷つかない程度の関係で生活することができます。しかしそれは言い換えると表面上の関係でありそこに本当の信頼関係や絆というものは存在しないと思います。これは社会に出ても同じ事が言えてもはやこの距離感が人間関係を決めるといっても過言ではありません。この距離感を保つということはみんなが幸せになるためには必要なのかもしれませんが、もしその距離感に自分が耐えられなくなった時迫害的な事が起こるでしょう。もしかするとイジメの原因もこの距離感のせいかもしれません。
この度は私の作品を読んでいただきありがとうございます。前書きでも述べましたが、この作品は私の処女作であり、私自体語彙力もなければ国語力もないため幼稚な文章だったかもしれません。もしそのような文章で不快になってしまった方にはお詫びを申し上げます。けれどもしこの作品を楽しんでもらえたなら私も作ってよかったと思えて、自信にもつながります。また小説を書くかはわかりませんが、書くこと自体は楽しいので次回作も作れたらいいと思います。改めてこの作品を読んでいただきありがとうございます。




