或る日々の記憶
僕の部屋には大きな窓がある。
はめ込まれたガラスには四季折々の風景が染み込んで、
時々その本当の色を見失ってしまうよう。
思えば僕はいつもこの窓の外を見ていた。
何気なく、いや、正しくはそうではないのだが
つい暇さえあれば何かを捜し求めるように
無機質な硝子の表面に鼻の頭を近付けた。
たとえばクリスマスの夜なんか、
街の灯りが一晩中僕に語りかけてくるようだった。
人々の楽しげな雰囲気がこの窓を抜けて僕の脳裏を
サンタの赤いネオンで照らし出す。
時にはそのチャチな輝きに群がる蟲のように、僕は身を委ねた。
七夕の日はその逆で、街の灯りで見えもしない天の川にぐっと目を凝らした。
黒い闇とその中で申し訳なさそうに瞬く2、3の星が、
僕にとってなにものにも代えがたいある種の心臓の鼓動だった。
初めから僕が見ていたのは、風景のその先にある空の、もっと先だったんだ。
幼い頃、よく父さんと夜空を眺めた。
父さんは空を指差して星の名前と、地球から遠いとか近いとかの話をしてくれた。
当時の僕はそんなことに興味などなかったが、星の名前だけは何故だか今もよく覚えている。
中学生になった僕は父さんに天体望遠鏡をねだった。
理由はなんとなく欲しかったから。
ただ漠然と望遠鏡で空を見たら綺麗だろうなとか考えていた。
しかし値段は安いモノでも一万円以上はしてしまう。
それを知っていた僕は誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントをまとめていいからと、
なんだか理屈っぽい言葉を付け足して父さんに迫った。
父さんはあっさりこう答えた。
「そんなもん買ってもつまらんから、星が見たいなら二駅先の“星の家”に行ったらいい」
星の家とは宇宙服やあの月の石……のレプリカが展示されている小さな博物館で、
見上げるとその迫力に圧倒されるほど大きな天体望遠鏡が設置されている。
しかし僕は以前にも何度かそこに訪れており、もう大分飽きがきていた。
父さんに馬鹿にされているような気がして不機嫌になりながら
「あそこの望遠鏡、誰かが使っているの見たことないよ。
それに6時になると閉まっちゃうじゃん」
と呟く僕に、父さんは読んでいた新聞をゆっくり折り畳みながら言った。
「いいからいいから。明日7時ぐらいに行ってみろ。夜だぞ。俺が話しといてやるから」
その言葉の意味は教えてもらえなかったが、
僕は仕方なく父さんの指示通りに翌日星の家へ出かけた。
制服のボタンをいじりながら電車に乗り込むとき、心なしかワクワクしていたのを覚えている。