白オオカミの早朝さんぽ
冬のしらじらとした時間帯。
まだまだ冷え込んでいる外気を自室の窓越しに確認した白いオオカミ獣人は着替え始める。
身体を覆うふさふさの上に少しだけ厚手の衣服を纏う。
クローゼットから丁寧に一着のガウンコートを取り出す。
爪がかかることのないよう慎重に慎重に取り出す。
クローゼットの中にはその一着ほど長いものも、厚手のものも、中が暖かいものもない。
中にあるのは、柔らかで肌触りの良い生地を表に使った衣服だけだ。
白オオカミはゆっくりガウンコートを羽織ると共布のベルトを結ぶ。
白オオカミは身なりを整え自室をでる。
灰色のオオカミと廊下で出会う。
灰色の耳がゆるりと動く。
「あら、素敵なコートね。毛並みに映えるわ」
「コーからのプレゼントなんだ」
白オオカミが無表情に言う。
白い耳が震えている。
「まあ。良かったわね。毛並みに映えるわね。コーちゃんは本当にカイをよく見ているわ」
白オオカミはリビングルームの扉を開ける。
黒いオオカミがソファでうたた寝している。
立派な黒い体躯を包むバスローブから判断するに、朝のトレーニングを終えてシャワーを浴びて、気持ち良く寝ている。
白オオカミはそう考えて、立ち去ろうとする。
「良く似合っている。なぜコーの前で着ないんだい。色違いだろう」
振り返ると黒オオカミが片目を開けていた。
「・・・」
黒オオカミの口が弧を描く前に、白オオカミは扉を閉める。
白オオカミは家を出る。
玄関扉の不自然な位置に取り付けられた板の高さを確認する。
手が腰の辺りをさまよう。
ひとつ頷くと歩き出す。
白オオカミは空を見上げる。
カラスが飛んで来る。
足を止める。
「相棒は今日家にいるじゃろうか」
このカラスの相棒は黒オオカミだ。
「いますよ。寝そうですが」
「そうか。ところで、良いものを着ておるな。素材も加工も悪くない。防刃か。ほう、コーが巻きつけている布と同じじゃな」
「コーがくれました」
白いしっぽがぶんぶんしていることが、厚手のコート越しにも明らかだ。
白オオカミは街を歩く。
巡回中のトラと挨拶を交わす。
「やあ。今日は一人か」
「コーは昨夜遅かったので、今朝は遅いはずです」
「だからそのコートか。良い品だ。織りが良い」
「コーのプレゼントです。外側、硬いので今だけです」
「普段が柔らかいからそう感じるだけだろう。コーも着てやった方がきっと喜ぶ」
白オオカミは大通りを歩く。
ふらふらとアリゲーターが店先の掃除をしている。
寒くて動きにくいようだ。
白オオカミは驚かせないよう静かに近寄って挨拶をした。
水掻きとうろこが立派な手を挙げたアリゲーターが眼を動かす。
「よう。珍しい服だな」
「コーからもらいました」
「そうかそうか。暖かそうでうらやましいぞ」
「中と外の手触りが、逆だと良かったんですが」
「確かにいつもの服はやけにふわふわしているな」
白オオカミは街をぐるぐる進んでいく。
メガテリウムが、腕になまけもの母子をぶら下げて歩いている。
メガテリウムは出勤前に家族を泉の近くのお気に入りの場所に運んでいるのだ。
「おはよう。今朝は厚着だな」
「おはようございます。今朝は冷え込んでいるので」
「良いコートだ、」
「コーのプレゼントです」
かぶせ気味の白オオカミの説明を聞いたメガテリウムお父さんは「しかし暑くないか」と言いかけた言葉を飲み込んだ。
白オオカミはクロコダイルと出会う。
鋭い牙を気にする、マダムなクロコダイルだ。
「あら、カイくん。ちょうど良かった。いつものお店に新商品が入っていたわ。いつもより外がふわふわのシャツよ」
「買いに行きます」
「きれいなコートね。いつもと違って外がしっかりしていて」
「コーが選んでくれました」
「だから暖かそうなのね。たまにはそういう服も良いと思うわ」
白オオカミは朝日の具合を見て、寄合所に向かっていた足を戻した。
進行方向を変える。
マレーグマが台車に寄りかかって休んでいるのに気付き、近寄る。
肩を落とし哀愁漂う感じを出しているマレーグマだが、実は眠いだけだと白オオカミは知っている。
「おお、カイか。眩しいコートだな」
なめらかな生地が、陽光をはじき出した。
「コーが似合うとくれました」
「おう。良く似合っている。これから迎えに行くのか」
「着替えてから行きます」
白オオカミは家路を辿る。
チーターが二人近寄ってくる。
「重装備じゃないか」
「せっかくだ。狩りに行こうぜ」
「コートが傷んだら困る。コーがオーダーして、ようやく届いたんだ」
「なんだお兄ちゃん。自慢して回っているのか」
「そうかお兄ちゃん。嬉しくてたまらないんだな」
白オオカミは急いで家に戻って来た。
シャツの下は汗ばんでいる。
しかしコートは器用に着崩して、地肌に触れさせていない。
自室でコートに慎重にブラシをかけ、クローゼットにしまう。
シャワーに向かう途中で黒オオカミに出会う。
「みんなに見せられたかい」
「寄合所に行く時間がなかった」
「明日も寒いだろうと相棒が言っていた。明日もそう不自然ではないよ」
白オオカミは急いでシャワーを浴びて着替えた。
玄関扉の前で灰色オオカミに呼び止められた。
「朝ごはんはいいの?」
「コーがもう起きる。一緒に食べる」
「あのコート、着て行けば良いのに」
「コーにとっては肌触りが良くないと思う」
「そうかしら」
白オオカミは街の寄合所を目指す。
道半ばで、小さな人間の女の子が走ってくる姿を目にする。
白オオカミの五分の一位の体積しかない少女だ。
厚手の大きな衣服を随所で折り曲げ服に埋もれたような姿だ。
白オオカミは、つまずくように走る少女を迎えるように抱き上げる。左腕にのせる。
「カイくん、おはよう。カイくんは今日もあったかいね。ふわふわだね」
少女が白オオカミの首回りに腕を回したあと、シャツを掴む。
「カイくんはコートいらずだね。いつか寒いところに旅行したら、あのコート着てね。きっと似合うよ」
「ああ」
この日から、白オオカミの早朝散歩は大型獣人の街の冬の風物詩となった。
ここは辺境、英雄達の街。
かつての大戦で味方を勝利に導いた大型獣人達、その末裔が心豊かに過ごす街。
冬の寒さが厳しい朝は、大きな白いオオカミが宝物のガウンコートを着て街を回る。
そのことを、宝物の贈り主だけが知らない。