六品目 竜炎袋(後編)
マックスは漆黒の大剣を背負い、狩りに行く装備ができていた。
だが、ランドルは、まだ準備ができていなかった。
「せっかく来てもらったのに済まん。昨日飲んだ酒が抜けておらん。朝風呂に行って酒を抜いて来る。せやから、火竜討伐の申請を出してきて。キャンプは四番を使う」
マックスはランドルの様子を見て明らかに落胆していた。
「わかりました。火竜の討伐の申請を出してきます」
マックスは、すぐに言い添える。
「ちょっと待って。狩りに行く人数は、マックスはん一人って状況にしてや」
「それだと、火竜を倒せても、報酬は俺にだけしか回ってきませんよ」
「ええから、こっちにも都合があるんや」
マックスと別れて朝風呂を浴びて酒を抜く。
家に帰って、いつもの装備の他に片手剣を持って、ハンター・ギルドに行った。
ハンター・ギルドでニックを呼んでもらう。
明るい顔のニックがやって来たので、こっそりお願いする。
「ニックはん、わいが預けている武器を樹海まで密かに運んでほしい」
ニックは笑顔で質問する。
「いいですけど、どんな武器ですか」
「大戦斧鬼斬りの咢や」
ニックの表情が懐疑的になる。
「そんな大層な武器、ランドルさんが持っていましたか?」
「持っとるで。ただ、普段は使わん。だから、倉庫に預けっぱなしや。きちんと預けてあるから、持ってきて。配達先は四番キャンプや」
ニックは冴えない顔で指摘する。
「持っているならいいですけど、武器だけを輸送するのなら割高ですよ」
「ええから、帰りはマックスはんが狩った火竜を乗せて運ぶ」
「わかりました、ハンターさんの事情に立ち入らないのも、いい配達屋だと爺っちゃんも言っていましたからね」
ニックと別れて、マックスとハンター・ギルドで合流する。
飛竜便で四番キャンプに降り立った。
「さて、火竜の首斬りやけど、まず。わいがやるわ。マックスはんかて、できない人間に教えてもらいたくないやろう」
マックスはランドルの言葉を疑った。
「発言はもっともだが、そんな小さな鎖鎌で火竜の首を斬れるのか?」
「武器は後で配達されて来る。まずは、火竜を探す。探すだけやから、大きな武器は不要やで。
「でも、これは、愛用の大剣だ」
「体力を使うやろう。だから、その大剣を置いて、こっちの片手剣に装備を換えてや」
マックスは大剣から片手剣に装備を持ち替えるのを渋った。
「大丈夫だ。こいつを持って樹海を駆け回る鍛錬は、いつもしている。使い慣れた武器のほうがいい」
「そうか、なら、とりあえずは、ええわ。火竜を探すだけ探そう。釘を刺すようやけど、探すだけやで」
ランドルとマックスは樹海を彷徨い、火竜を探す。
火竜を探していると、マックスが気軽に話し掛けてくる。
「エイドリアン先生に聞いた。あんた、優秀なハンターなんだって?」
「優秀なんてことはないな。エイドリアン先輩に比べたら、どこにでもいるハンターや」
マックスは悪意なく発言する。
「でも、エイドリアン先生は、ランドルさんを随分と買っていた」
「それりゃ、人に紹介するのに悪くは評価せんやろう。社交辞令や」
マックスは疑いながらも訊く。
「でも、火竜の首切りは、できるんだろう?」
「できる、言うても、エイドリアン先輩にやれと命じられて仕方なくやった、一回こっきりや。あれから何年も経っとる。今でもできるどうか、わからん」
マックスは苦い顔で辛辣に意見した。
「俺は正直に打ち明ければ、ランドルさんを認めていない。ランドルさんは魔獣を狩らないハンターだって評判だ。魔獣を狩らずして何がハンターだ、の思いがある」
ランドルはマックスの言葉に気を悪くしなかった。
「そうやろうな。だが、狩りのスタイルは人それぞれや。馬鹿にされても変える気はないで」
大きな影が上空をよぎった。見上げれば、緑色の雄の火竜が空を飛んでいた。
「よっしや。お喋りは、ここまでや。追跡や」
ランドルとマックスは火竜を追跡した。
ランドルは火竜の行動が読めるので、すいすいと樹海を進んで行った。
「よし、火竜がどこに行くか読めた。先回りするで」
マックスが懐疑的な顔をする。
「先回りなんて、できるのか?」
「しないと、首切りはできん」
ランドルは方向を変えて進む。
木で作られた浅い皿状の巣があった。巣の大きさは半径十五m。
巣を調べると、真新しい竜の鱗が落ちていた。
「ここが、火竜の寝床で間違いない」
「そのようだな。まだ若い火竜だ」
「一旦キャンプに戻るで」
キャンプに戻ると、開けた場所に飛行船が停まっていた。
飛行船の傍には真っ赤な大戦斧が置いてあった。
ランドルはニックに礼を述べる。
「ありがとうな、ニックはん。これがないと始まらん」
ニックはペコリと頭を下げる。
「疑って、すいませんでした。確かにハンター・ギルドに、大戦斧鬼斬りの咢がありました」
大戦斧を見ると、マックスが真面目な顔つきで質問する。
「竜の首を刎ねられそうな大きな斧だが、持てるのか?」
「持てるで。今でも鍛錬は欠かしておらん。さあ、夜になって火竜が寝静まるまで、休憩や」
マックスが意外だったのか、質問した。
「火竜に正面から挑むのと違うのか?」
「そんな芸当できる人間はエイドリアン先輩だけやで。火竜の首斬りは、火を吐かせず首を刎ねればOKや。なら、寝ている火竜に近づいて首を斬ったほうが簡単や」
マックスは暗い顔で言い繕う。
「理屈はわかる。俺もやろうとした。だが、無理だった。火竜が目を覚ますんだ」
「それは、気配の消し方が悪いからやろう。手本を見せるよ。ただし、次は大剣をここに置いていくこと。これは絶対やで」
「不満はあるがいたしかたない。従おう」
夜も更けてくる。マックスは渋ったがニックに大剣を預けた。
マックスは替わりに片手剣を持って行く。
ランドルを先頭に昼に下見した巣に行く。全長八mの若い雄の火竜が寝ていた。
火竜までの距離は二十五m。ランドルはマックスにここで停まるように手振りで合図を出す。合図を出すと、一歩、また一歩と、火竜に近づいて行く。
ゆっくりとした時間が流れる。ランドルは火竜を起こさないように、慎重に、慎重に、進んでゆく。巣に上がって木を踏む。音を立てるが、ランドルは平静を保つ。
寝ている火竜は、音に反応して目を覚ますのではない。ハンターの気配で目を覚ます。
途中で火竜が寝がえりを打つが、気にしない。動揺しては駄目。火竜が目を覚ます。
ランドルの火竜の首切りは対火竜用の暗殺術だった。
ランドルは二十五mの距離を十分近く掛けて歩いた。火竜の首が見えたところで、位置取りをわずかに変える。大戦斧をゆっくりと振り上げて、振り下ろした。
どんと鈍い音がして、火竜の首の断面から勢いよく血が噴き出す。
火竜の目は閉じたままで、首を刎ねられたことを理解さえしている様子はなかった。
(ふー、人生二度目の火竜の首斬りや。上手くいったで)
マックスがやってきて火竜の落ちた首を確認する。
マックスは明るい顔で褒めた。
「これはまさしく、火竜の首斬りだ。エイドリアン先生の火竜の首斬りは動の技。だが、ランドルさんの火竜の首斬りは静の技だな」
「どうや、教わるほうとしても、これで納得が行くか?」
「申し分ない。是非、ランドルさんの技を教えてくれ」
マックスには気配を消して歩く歩き方を帰ってから教える。
「抜き足、差し足、忍び足」
少し過剰な調子で教える。ランドルの動作は滑稽そのものだった。
だが、火竜の首斬りを実践して見せたので、マックスは馬鹿にしなかった。
「足捌きは、こう。背筋は、こう、肩の力の抜き方は、こう」とランドルはよく教えた。
マックスは実によくできた生徒だった。
七日で気配を消して歩く歩き方をマスターした。
もう、大丈夫だと思ったところで合格を出す。
マックスは翌日には火竜を狩りに行き、見事に火竜の首を落として帰ってきた。
山海亭にはマックスからお礼の品として、竜炎袋が届いた。
山海亭でお一人様、六切れまでとして、竜炎袋の炙りが安価に提供される。
常連が笑顔で大将に話し掛ける。
「竜の首斬りで採れた竜炎袋は格別だね。でも、大将、どうして上物の竜炎袋が、この値段で出せるんだい?」
「どうして、でしょうね」と大将は曖昧に微笑む。
ランドルもにこにこ顔で竜炎袋の炙りを抓みに酒を飲んだ。