五品目 悪魔ニンニク(前編)
春の終わりから初夏の頃にかけて採れる山菜に悪魔ニンニクと呼ばれる山菜がある。
森の悪魔と呼ばれる樹木モンスターの死骸から芽吹く、不思議な山菜だった。
形状は行者ニンニクに酷似している。
悪魔ニンニクはそのままでは毒があって食えない。だが、天使味噌と一緒に壺に入れて一晩以上置いたのち加熱すると、食べられる状態になる。
実に不思議な山菜だった。また、味噌漬けにすると保存も利く。
森の悪魔は樹海にいる。討伐に成功した森の悪魔はブレイブ村で解体される。
不思議な現象として、村で解体した森の悪魔の死骸を放置しても、悪魔ニンニクが芽を出さない。
森で倒され放置される森の悪魔は稀なので、悪魔ニンニクは希少食材だった。
ランドルはそんな悪魔ニンニクが生える秘密の場所を二か所、知っていた。
ランドルは機嫌よく悪魔ニンニクを採取してブレイブ村に帰還する。
銭湯に行ってから、悪魔ニンニクを持って山海亭に顔を出した。
「大将、悪魔ニンニクを採ってきたで。いくらでもいいから買い取ってや」
キャシーがやって来て袋の中を見て、臭いを嗅ぐ。
キャシーが笑顔で悪魔ニンニクを評価する。
「この鼻につんと來る強いニンニクの臭い、上等の悪魔ニンニクですね」
「上等って、これ、普通の品やで」
キャシーの表情がちょっぴり曇る。
「実は今年は悪魔ニンニクが多く出回っているんです」
「そうなんか? なら価格は安いんか?」
「それがですね。市場に出回っている悪魔ニンニクは、どれも香りが薄く、味も今一なんですよ。だから、今年は悪魔ニンニクの外れ年なのかなって、市場で噂されているんですよ」
「なるほどのう。質の悪い悪魔ニンニクが大量に出回ってとる。だから、去年と同等の質の悪魔ニンニクが今年は上等になるわけか」
「では、さっそく、保存が利くように洗って味噌に漬けておきますね」
試しに、ランドルが採ったものではない悪魔ニンニクを焼き物で出してもらった。
食べたが全く物足りなかった。
(味にパンチがないし、キレがないのう。香りも弱い。初めて食べる人間なら満足できても、舌の肥えた村の常連は納得せえへん味やな)
ランドルは質に自信あった。なので、それからも悪魔ニンニクを採ってきて、山海亭に売った。
山海亭はまともな悪魔ニンニクを喰わせる店として繁盛した。
そんな、ある日、常連のハンターが興味津々の顔で噂する。
「聞いたか? 悪魔ニンニクの栽培場の話。どこかのハンターが樹海に秘密の栽培場を作って、悪魔ニンニクを栽培しているそうだ」
「聞いたよ。去年のうちに森の悪魔を倒して、放置して作った栽培場だろう。栽培ものだから、たくさん採れる。だけど、一年目の品だから、味も香りも薄いって話だ」
(ほー、樹海の中で栽培って、危険な真似をする奴がおるんやな。栽培を知らんハンターに見つかったら、根こそぎ持っていかれるで)
ランドルは栽培場を作ろうとは思わない。だが、作ったハンターを馬鹿にする気はなかった。何でも挑戦してこそ、人生は面白い。
ハンターたちの間では秘密の栽培場がどこにあるのか、話題になった。だが、栽培場がみつかった話は聞こえてこなかった。
すると、別の噂が聞こえてきた。ハンターが厳しい顔で噂する。
「聞いたか、秘密の栽培場の話。見つけたハンターが、秘密にしておきたい栽培場の主に殺されたって話だぜ」
「聞いたよ。樹海の中に栽培場を作るってことは、誰のものでもない状況を意味するんだぜ。それなのに勝手に権利を主張するなんて、やり過ぎだぜ」
(欲に駆られた人間が出たか。殺人は犯罪。バレたら追放で済まんのにのう)
噂の数日後、悪魔ニンニクの採取から帰ると、クレアが待っていた。
クレアが済まなそうな顔で訊く。
「今日はハンター・ギルドからの使いで来たわ。悪魔ニンニクの件よ」
「わいは悪魔ニンニクを仰山と売っとる。せやから、栽培場の主やないかと、疑いが懸かっておるんか?」
「有態に言えば、そうよ。悪魔ニンニクの件でハンター・ギルドが調査を開始したわ」
「ちょうど、わいが採ってきた悪魔ニンニクがあるから、見て。ほんまもんの、天然物やで」
クレアは厳しい、顔で悪魔ニンニクを吟味する。
「間違いないわ。市場で出回っている、栽培物とされる悪魔ニンニクより、香りがよいわね」
「そうやで。わいが売っている品は、これや。わいが採った品は山海亭に売っている。裏を取ってくれれば確実や」
「わかったわ。疑って済まなかったわね」
「ええで。ハンターの利益を考えるのは、ギルドの仕事。その、ギルドからの仕事なら、断りづらいやろう」
クレアは帰っていった。
ランドルは誰が栽培もの悪魔ニンニクを売っているか興味が出た。
混雑時が終わった昼過ぎに市場に顔を出す。
ブレイブ村には市場があり、朝の早い時間に競りが行われる。
競りで仕入れた商品を、卸売たちが料理屋や小売商に販売をしていた。
市場は黒毛のコボルドのリクソンが仕切っていた。
「こんにちは、リクソンはん。ちょっと聞きたい。栽培物の悪魔ニンニクって誰が売っているん?」
リクソンは真面目な顔をして応じる。
「何だい? ランドルさんも栽培ものの悪魔ニンニクの調査を頼まれたのかい?」
「ちょっと、気になって調べ始めた」
リクソンは真面目な顔のまま教えてくれた。
「悪魔ニンニクを持ち込んだハンターは、新人ハンターだよ」
ランドルはリクソンの言葉を意外に思った。
「新人が悪魔人ニンニクを? あれは新人に採れる品やないで」
「そうさ。だから、裏に誰かいるんだろう、って話さ」
(なるほどのう、黒幕がおるんか)
「その新人ハンターさんから、話を聞けるか?」
リクソンが怖い顔して語る
「無理だね。どこかへ消えちまった。あるいは……」
「秘密を知って消された、か?」
リクソンが冷たく意見を述べる。
「その可能性も、あるだろうね」
「初期の頃に新人が大量に持ち込んだ他には、持ち込みはないの?」
「ないね。残っている品は、壺に漬かっている分だけさ」
「そうか、持ち込みは一度きりか。それなら、調査も難しいな。ちなみに、大量に持ち込まれた日は、いつや?」
「二週間前だな」
ランドルは二週間前に村にやって来たハンターを、ギルドの記録から調べる。
だが、リクソンの言葉通りに全員が新人で、数日のうちに消えていた。
(さて、悪魔ニンニクはどこから来て、ハンターはどこに消えたんやろう?)