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四品目 ハルツゲウオ(後編)

 山海亭で飲んでいると、他の常連客たちが沈んだ顔で噂する。


「今年のハルツゲウオはなしかな。俺は毎年、ハルツゲウオの鍋を楽しみにしていたんだ。ハルツゲウオを食べないと、春が来た気がしないよ」


「本当だよな。今年は獣王魚のせいで馬鹿に高い。俺もハルツゲウオの唐揚げを食べないと、春が来た気がしないよ」


(ハルツゲウオ漁ができる場所は、人の味を覚えた獣王魚の縄張りやからな。これは簡単に任せておけとは言えん)


 ランドルが朝に体操をしていると、仕入れから帰ってきた大将と遭った。

 大将が明るい顔で教えてくれた。


「ランドルさん、ハルツゲウオ漁で進展があったよ」

「何や? 誰か獣王魚を狩るんか? でも、獣王魚を安全に狩れるパーティなんて、今おったかな?」


「それがね、王様がハルツゲウオを使った宴席をやるっていうんで、大量にハルツゲウオが必要になったんだよ。それで、ハンター・ギルドに依頼を出したって話だ」


「有力なスポンサーが、出現したんか。王様が依頼主なら、ハンター・ギルドも面子もある。本腰を入れて狩るな」


「そうだよ。上手く行けば、お零れが市中に回ってくるかもしれない」

 陽が昇ると、ランドルの家にハンター・ギルドからの使いのコボルドが来た。


「ランドルさん、ギルドからの緊急招集です。参加を拒否することもできます。ですが、この度の緊急招集を拒絶した場合、ペナルティーがあります。どうしますか?」


「獣王魚の討伐の件か」

 コボルドが硬い表情で頷く。


「仰る通りです。ハンターが総出で獣王魚を狩ります」

「皆が行くなら、わいも行くで。ペナルティーを貰うわけにいかんからな」


 ギルドの酒場に行くと六十人以上のハンターが集まっていた。

 ハンター・ギルドのギルドマスターはエイドリアン。年齢は今年四十三歳になる男性だった。


 頭は白髪の坊主頭で顔に傷がある。よく日焼けした肌で、目つきが鋭く、眉が太い。

 エイドリアンはランドルの先輩であり、一時期、ランドルとパーティを組んでいた。


 ハンターを前にして、エイドリアンが作戦を説明する。

「まず、囮船を出して、獣王魚を誘き出す。獣王魚が寄ってきたら、船は急ぎ、浜に退避する。浜に獣王魚が上がってきたら、隠れていたハンターでこれを取り囲み、討伐する。以上だ」


 誰かが、ひそひそと話す。

「何か、作戦が簡単すぎやしないか」

「馬鹿、こういう作戦は難しすぎると失敗するんだよ」


 エイドリアンが気にせず話を進める。

「さて、問題は誰が囮の船に乗るかだ。囮船に乗る役は危険だ。誘導に失敗すれば獣王魚の腹の中だ。船の定員は九人だ。船長が一人、水主(かこ)が八人だ。志願者は、いるか?」


 三人の志願者が出た。だが、残り六人がいなかった。

 エイドリアンが真剣な顔で一同を見回した。


「いないのなら、俺が指定する」

 エイドリアンは五人の名を呼び上げた。


「志願者三名と俺が呼び上げた五人が、水主だ。残る船長だが、ランドルお前がやってくれ」

「え、わいでっか」


 一同の視線がランドルに集まる。

「そうだ、お前だ。八人の命を預けられる人物は、お前しかいない」


(もう、本当にエイドリアン先輩には(かな)わんなあー。エイドリアン先輩の指名とあらば、断るわけにはいかん)


「責任重大やな。わかりました。やらしてもらいます」

「よし、それでは、残りの者はさっそく明日の準備だ。外に来てくれ」


 残った八人のハンターとランドルは自己紹介を軽く済ませる。

「ほな、うちらは、まず明日に備えて息を合わせる練習や。時間はない。せやけど、しないよりええやろう」


 八人を伴なって、大王牛を使い、河まで船を運ぶ。

 河は幅が十二mと広く、蛇行も緩やかなので、練習にぴったりだった。


 河に着いたランドルは「進め」「停まれ」「速く」「遅く」と、陽が暮れるまで練習を繰り返す。

 初めてのパイ―ティだった。だが、他人と組んで狩りをするハンターにとって、仲間と息を合わせるのは必須の能力。最後のほうには息が合う状態になっていた。


 練習を終えて最後に、訓示を告げる。

「いきなりの本番やけど、このメンバーならやれる。明日を獣王魚の最期の日にするで」


 ハンターの一人が手を挙げて質問する。

「装備はどんな装備で来たらいいですか?」


「動きやすさ、泳ぎやすさ重視や。戦闘は考えなくてええ。あくまでもわいらは戦闘班のいる場所に獣王魚をお誘導するまでが仕事や。最悪、船が沈んだら、泳いででも誘導してくれ」


「そんなの御免だけどな」と誰かが口にすると、乾いた笑いが起こる。

(わいかて、御免や、せやけど、獣王魚を倒すのが最優先やからなあ)


 翌日、決戦の日がやって来た。浜には前日までに障害物が置かれ、ハンターが隠れていた。

 獣王魚が浜に上がって来た時に、海に逃がさないようにするための銛撃ち機もあった。

 銛撃ち機は重さ二百㎏の四角い装置で、四機が浜に設置されていた。


 浜は相変わらず静かだった。水主の一人が訊く。

「獣王魚はいるかな?」

「おるね。この気配。海の中から浜を窺ってとるで」


 大王牛の荷馬車から船を浜に降ろして、海に浮かべる。

 船をゆっくりと海に押し出し、九人で乗り込む。


「よし、船を出すで」

 ランドルの合図で船は湾内を進む。船は慎重にゆっくりと進んだ。


 だが、獣王魚は姿を現さない。

(獣王魚も何かおかしいと気が付いたか? いや、でも、獣王魚は人の味を知っとる。人の味を知った獣は、欲に負ける)


 全方向に注意して水面を見守る。背後から何かが泳いでくる姿を見つけた。

 獣王魚かと思うが慌てない。よく見ると鮫だった。


 鮫かと安堵すると、鮫が急に方向を変えて逃げ出した。

 今度は獣王魚が来たと思った。


「全速で船を反転させるんや。浜に急ぐんや」

 ランドルの言葉に水主が反応する。多少もたつくが、船の反転に成功した。


 船は全速力で浜に向かう。船が全速になると、獣王魚も隠れているのを止めた。

 海面に大きな獅子の顔が出る。獣王魚が全速で追ってきた。


 獣王魚の出す速度は人が泳いで逃げられる速度ではない。

 船に乗って八人が必死に櫂を漕いでも距離は縮まってきた。


 だが、浜辺から百mの距離しかなかったので、どうにか浜に船が乗り上げさせた。

 後はもう船を降りて全力疾走。獣王魚もランドルたちを追って浜辺を走ってきた。


「今だ、囲め! 海に逃がすな!」

 エイドリアンの合図と共に、浜に隠れていた五十人以上のハンターが出現する。


 こうなれば、獣王魚といえど、謀られたと知る。だが、もう遅い。

 ハンターたちが次々に獲物を手に、獣王魚に襲い掛かる。


 獣王魚は両足立ちになり、ハンターを突き飛ばして海中に逃げようとした。

「そうは、させんでー」


 ランドルは銛撃ち機にしがみついて、拘束用の銛を討ち込む。

 銛が獣王魚の体に刺さり、獣王魚の突進が浜で停まった。


 その間に他の銛も討ち込まれる。獣王魚は逃げられなくなり、ハンターに滅多打ちにあった。

 湾内で大勢の人間を喰らった獣王魚だが、最期は呆気なくハンターたちに狩られた。


 翌日から遅れていたハルツゲウオ漁が開始される。毒を除かれたハルツゲウオが、音竜と呼ばれる飛竜の超速空輸便で王都に送られた。


 全てのハルツゲウオが王都に送られるわけではない。規格外やハネ品となったハルツゲウオが村に回って来る。王都に輸出されなかったお零れを村人が買い、ハルツゲウオ料理に舌鼓を打った。

 ランドルも楽しみにしていたハルツゲウオの唐揚げにありつくことができた。

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