四品目 ハルツゲウオ(前編)
ブレイブ村から歩いて一時間ほどのところに、ジャスティン湾と呼ばれる大きな湾がある。
広さは百万㎡で、複雑な海流が早朝に流れ込み、多種多様な魚を湾に呼び込む。海流は季節によって違うので、季節によって獲れる魚が違う。
ジャスティン湾に春だけ獲れる海水魚がいる。名前はハルツゲウオ。春の本格的な到来を告げる魚である。
体長は五十㎝の魚で体色は紫。体は傷つき易いので、網で獲ると味も見栄えも悪い。
さらに、内臓に毒を持ち、調理に手間が掛かる。毒は強力で、ハンターが毒を使った武器や罠の原料にするほど強い。
そんな面倒な魚だが、白身はとても美味い。
一度でも食べると春が待ち遠しくなるほどだった。
ランドルは他のハンターと一緒に、ハルツゲウオ漁に来ていた。
ハルツゲウオ漁は網で獲れないので、船で一本釣りする。
獲れたハルツゲウオは船上ですぐに筵に巻く。
ある程度、獲れたら浜に船を戻して、馬で村まで運んで競りに掛ける。
漁に出る船は全長が八m、幅二mの小舟。これを大王牛と呼ぶ全長三m体重二tの力の強い牛に牽かせて浜まで運ぶ。
今回は四艘の船で漁をするので、ハンターが二十四人。船頭兼船長が四人。馬番が二人と、三十人態勢だった。
ランドルは三番船に乗って魚を釣る係だった。
大王牛に牽かれた船が、湾に到着する。湾はとても静かだった。
(何や、ジャスティン湾がえらく静かや。これ、ちょっと妙やで)
「船長。ちょっと、湾の様子がおかしうないか?」
船長は日焼けした老いた船乗りで、名をホークと名乗っていた。
「ランドルの言う通りだな。今日はちょっと静かすぎる」
ホークが他の船長と漁の段取りをしに行く。
ほどなくしてホークが帰って来る。
「悪い。少し様子を見てから、俺たちは漁に出る」
ランドルと同じ船に乗る若いハンターがぼやく。
「他の船より後に出たら、それだけ漁に使える時間が短くなる。そうなれば収入が減る」
ランドルは若いハンターを宥める。
「こういう漁では、船長の判断が優先や。船長が様子を見ようと決めたら、様子を見ようや」
若いハンターは異論がありそうだったが、ひとまず黙った。
ランドルもホークと同じ意見だったので、様子見の判断はありがたかった。
結局、四艘のうち二艘が漁に出た。
(何事もなければ、ええ。だが、何かあってからでは、遅い)
十分、二十分と時間が経過する。
先に出た二艘の船では、もう、魚が上がり始めていた。
先ほど宥めたハンターが痺れを切らした。
「なあ、もういいだろう。ホーク船長。何も起きないって、杞憂だろう」
ホークが渋い顔でランドルを見る。ランドルとしては、もう少し待ちたかった。
だが、他の五人のハンターは釣る数が少なくなり、収入が減るのを嫌っていた。
(わいだけ我儘を通すわけにもいかん。何かある、は勘や。せやから、あまり待たせるわけにもいかんか)
ランドルは意に反して進言する。
「船長。もう、大丈夫やろう。うちらも、そろそろ行こうか」
「そうだな」とホークが渋々に認めた時だった。ばん、と大きな音がした
音のした方角を見る。船が引っ繰り返っていた。
海面から大きな蛸の足が現れると、船を叩く。ばきばきと音がして小舟が割れる。
「何だ、あれは」と若いハンターが叫ぶ。
「あれは獣王魚や。獣王魚が隠れておったんか」
海に投げ出されたハンターが浜辺に向かって慌てて泳ごうとする。
海面下から大きな黄色い獅子の頭が現れて、ハンターを一飲みにした。
海に放り出されたハンターは何とか浜を目指す。
だが、一人また一人と蛸の大きな足に絡め取られて身動きできなくなったところを喰われていった。海面が赤く染まっていく。
「地獄絵図や」
残ったもう一艘の船は、急いで櫂を漕いで浜に到着できた。
その日の漁は中止となった。
帰り道にハンターが青い顔で尋ねる。
「獣王魚って、どんな魔獣なんですか?」
ランドルは知っている知識を教えた。
「獅子の上半身と、足の着いた魚の下半身を持つ魔獣や。そんで、腕は蛸に似たものが、四本。大きいのになると十mを超える。主に海中に潜み、ジュゴンやオットセイを捕食する」
「陸には上がってこないんですか?」
「いいや、今回は満腹になったから上がってこなかった。せやけど、陸でも十分程度なら問題なく活動できる。せやから、陸に逃げれば安心とはいえん」
ハンターが暗い顔で愚痴る。
「あんなのがいるなんて、釣るだけでも命懸けだな」
「そうやで、ハントはどこにどんな危険が潜んでいるか、わからん」
村では初競りが待っていた。なので、獣王魚の出現に落胆の声が上がる。
それでも、無事だった一艘が吊り上げていた八尾のハルツゲウオが競りに掛けられた。
八尾のハルツゲウオは、信じられないような高値で落札された。
(異常な価格やけど、今年はこれが普通になるかもしれんなあ)
その日の夕方、銭湯に行ってから山海亭に顔を出す。
「今日は散々やった。熱燗とタケノコの煮物をもらえるか」
キャシーが心配した顔でお冷を出してくれた。
「獣王魚が出たって聞きました。今年のハルツゲウオ漁は無理ですかね」
「浜から竿を振ってもハルツゲウオは釣れる。でも、それでは効率は悪い。大して釣れんやろう。それに、浜で釣れば船を浮かべるよりは安全やけど、絶対ではない」
「獣王魚は浜に上がってきますからね」
「ハルツゲウオ漁は、今日が初日。このまま、獣王魚にいいようにさせるわけにはいかん。きっと、ハンター・ギルドで討伐するはずや」
「ハルツゲウオは食べたいです。でも、ハンターさんには無事に帰ってきて欲しいです」
「とりあえずは、様子見やな。どうしても、欲しい時以外は、手を出さんほうがええで。下手すれば高値で掴む事態になる。もう少し待てば、事態も好転するやろう」
ハルツゲウオは高い。高く売れるとなると、危険でも挑戦する者が出る。
さすがに船を浮かべては危険なので、浜から一本釣りになった。
だが、ほどなくして獣王魚が浜に上がる事態が報告される。人の味を覚えた獣王魚が人を襲っているのは明白だった。
ハンター・ギルドで獣王魚を討伐する話が持ち上がった。だが、獣王魚を安全に狩れるハンターは少なく、運悪く出払っていた。