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二十品目 昔懐かしの焼き菓子

 年が明けた。年越しの空気も収まり、村では初売りが開催される。

 目を覚まして部屋の窓を開ける。雪が降っていた。


「今年もの、この時季が来たのう」

 ランドルは買い物をするために、部屋を出る。


 小麦粉、卵、砂糖、水飴、パン種、牛乳にバターを購入する。

 品物を持って帰ると、山海亭に掃除をしに来たキャシーと会った。


 キャシーが微笑んで訊く。

「ランドルさん、いっぱい何を買ったんですか?」


「これか? これは、焼き菓子の材料や」

 キャシーが意外そうな顔をする。


「随分と多いようですけど、一人で食べるんですか?」


「ちゃうねん。これは、お土産用や。明日から、しばらく出掛けるねん。出かけた先でお菓子を作って振舞おうと思ってな。それで買うてきた」


「そういえ、ランドルさん、試練の日にバカンスに行くって宣言していましたよね」

 ヒッソス樹海の最深部の深度五には年が明けてから数日間もの凄い吹雪が吹く。


 吹雪の中心地には大竜巻が発生しており、中心には氷の塔が出現する。

 氷の塔には飛竜や飛行船では近づけない。氷の塔には地を這うようにして進むことで、かろうじて接近できる。


 氷の塔は接近するだけでも、死ぬ思いをする危険な塔である。ただ、氷の塔にはハンターなら誰しもが挑戦する権利がある。


 氷の塔に挑戦できる日を、ブレイブ村では試練の日と呼んでいた。

「そうやね。毎年、この時季やね。でも、わいは伝説の塔を追い求めておらんから、関係ないけどな」


 キャシーの顔が、ちょっぴり曇る。

「今年は五人のハンターさんが挑戦します。無事に帰ってこられるといいんですが」


「こればかりは、運と度胸と実力が試されるからのう」

 ランドルはキャシーと別れる。寒々とする部屋の片隅に菓子の材料を置く。


 翌日、氷の塔に挑むために村を出るハンターを、ランドルは遠目に見送る。

(何人か辿り着けるといいのう)


 ランドルは部屋に戻って菓子の材料を手にする。

 ふっと一瞬、視界が暗くなり、明るくなる。


 ランドルは六十㎡ほどの真っ白い部屋にいた。

 部屋にはキッチンがあった。キッチンには収納棚やオーブンもある。


 ランドルは自分の家のように、どこに何があるか、わかっていた。

 手を綺麗に洗い、エプロンをする。収納棚からボウルを出す。


 卵を割ってボウルに入れる。次いで、小麦粉、牛乳、水飴、パン種を入れて生地を捏ねる。

(とりあえず、ここまで、できた。生地を寝かせるか。さて、わいも一休みするかな)


 ランドルは部屋にある白い背の高い箱を開ける。

 冷っとする冷気を感じた。捏ねた生地を冷えたスペースに安置する。


 部屋の一角をじっと見つめる。すると、ベッドが出現したので、横になる。

 しばらくして、目が覚める。捏ねた生地を確認する。


 生地は、ふっくらしていた。

(できたようやな。さて仕上げや)


 生地を掌の四分の一サイズに切った。竃の前に行くと竃に自動で火が灯る。

 ランドルはフライパンを出してバターを熔かす。熔かしたバターの中に砂糖を入れた。砂糖が十分に溶けたところで生地に塗った。


 生地をオーブンに入れて弱火でじっくり水分を飛ばす。

 待ち時間の間、ランドルは壁の一部に触れる。


 壁が透明になった。外の様子が映し出される。

 外で出は何枚もの羽が、ランドルのいる建物の中心に高速で回転していた。ランドルは氷の塔の中にいた。氷の塔は、塔に付いた羽が高速で回転することで強烈な吹雪を起こす仕組みになっていた。


 ランドルは壁に触って外の景色を消す。オーブンに付いた窓から中を見る。

 オーブンの中では褐色の菓子が焼けていた。


 ランドルは再び手を綺麗に洗って。菓子を籠に盛る。

 がちゃん、と音がして、部屋の隅に階段が現れた。


 階段を登ってきた人物は、マックスだった。マックスはランドルを見て驚いた。

「何で、ランドルさんがここにいるんだ? それより、どうやって来たたんだ」


「質問に答える前に、わいから訊かねばならん情報が、一つある。ここに来るまでに何を見た?」

 マックスは興奮した顔で語った。


「大発見だ。氷漬けになった数々の魔獣、魔魚、魔鳥、魔樹だ。この氷の塔こそヒッソス樹海で様々なモンスターを生み出す存在だ」


 マックスは得意げな顔で語る。


「発見はそれだけじゃない。魔獣の中には魔獣同士が戦わない組み合わせがあった。縄張りとか生態系で説明されていたが。違う。誰かが戦わないように仕向けたんた」


 ランドルは白い壁の一部を触った。

 壁が透明になり、氷漬けになったもう一人のランドルがいた。


「マックスはんの言葉が正しいなら、わいも魔獣になるのう」

 マックスが驚いた。


「ランドルさん、あんたは、いったい何者なんだ?」


「さあのう。わいは、ハンターのランドル・ボーンや。それ以外の何者でもない。ただ、忘れている話は、色々とあるかもしれんがのう」


 ランドルが壁の一部を触ると、登り階段が現れた。

「マックスはんの言葉が真実なら、この上には塔の意志が置いた守護者がいる。真実は、もう目の前や。ただ、真実が優しいとは限らん。それでも、上がりたければ上がりや」


 マックスは躊躇(ためら)いがちに尋ねる。

「帰ってもいいのか?」


「帰ってもええで。あまり美味ないけど、お菓子はお土産に持たしたる。別にわいは答えを急がん。心の準備ができんと拒絶するのなら、来年また来たらええ」


 マックスはキッチンの籠に積まれた菓子を、ちらりと見る。

 マックスは難しい顔をして決断した。


「俺にはまだ心の準備ができていない。今年は帰らせてもらう」

「なら、お帰りは、あちらや」


 ランドルが壁の一部を指し示す。

 下へと続く滑り台が現れた。ランドルは焼き菓子を紙の袋に詰める。


「はい、これ、お土産」

 マックスは焼き菓子を入った袋を受け取ると、滑り台に消えた。


 滑り台へと続く穴が自然と塞がる。

 ランドルは残っている焼き菓子の一つを手にする。


「これで、今年もまた一年が始まるんやなあ」

 ランドルは白い部屋で他のハンターを待つ。


 だが、マックス以外は誰も辿り着けなかった。

 その日の夜、ランドルは気が付くと山海亭の二階の部屋に戻ってきていた。


 厳しい冬は氷の塔の消滅と共に終わる。

 また季節は廻り春が訪れる。ランドルのハントがまた始まる。

【了】


 ©2019 Gin Kanekure

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― 新着の感想 ―
[良い点] 死と隣合わせの狩りの緊張感がおもしろかったです。お決まりのメンバーと毎回同じような狩りをするのでなく、色んな人と多種多様な狩りをして、飽きさせないところもよかったです。
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