十八品目 黒鳥鴨
冬の寒い朝、ランドルは日課の体操をしていた。
すると、仕入れから帰ってきた大将と遭った。
「おはようさん、だんだんと寒くなってきましたな」
大将が微笑んで挨拶を返す。
「そうですね。そろそろヒッソス鴨が獲れる季節ですね」
「鴨鍋かあ、脂の載った鴨は、この時季の御馳走や」
ヒッソス樹海には湖がある。冬になると、ヒッソス鴨が渡ってくる。ヒッソス鴨は狂暴で、自分より弱いと見ると集団で襲ってくる。なので、ヒッソス鴨猟はハンターの仕事だった。
「どうでしょう、ランドルさん。ヒッソス鴨を獲ってきてくれませんか?」
「ええで。ちょうど、わいも鴨鍋を食べたいと思っていたところや。挑戦するわ。そんで、運がよかったら、黒鳥鴨を撃って食うわ」
ヒッソス鴨は茶色い。だが、百羽に一羽の割合で黒い鴨が混じっている。黒い鴨は黒鳥鴨と呼ばれていた。黒鳥鴨はヒッソス鴨より味が良いと評価され、珍重されていた。
装備を調えて、ハンター・ギルドに行くと、鴨猟の仲間募集の依頼を見つけた。
ランドルは弩を持って参加した。参加メンバーは八人。
簡単な雑談をして、仲間内にヒッソス鴨猟の初心者がいないかを確認する。
次いで、お互いに矢を見せ合い。どの矢が誰の矢かを確認する。
(初心者は、なしやな。なら問題ないやろう)
ヒッソス鴨猟は集団で合図と共に行う。ここまでは、いい。だが、初心者は獲物を回収に気を取られて、集団から離れる場合がある。そうなると、ヒッソス鴨の大群に攻撃される。
一度、攻撃を始めると、ヒッソス鴨は、なかなか攻撃を止めない。運が悪いと攻撃に遭った人間が冬の湖に落ちて事故死する。
(このメンバーなら、大丈夫なようやな)
湖の畔に到達すると、地面に敷物を敷く。体の上から迷彩の布を掛けて隠れる。
しばらくすると、ヒッソス鴨が餌を取りに浅瀬にやってくる。
「狙って、狙って」とリーダーが声を掛ける。
「三、二、一、ショット」
号令と共に弩から矢を放つ。十本の矢が飛んで行き、七本が命中する。
ランドルの射った矢も当たった。迷彩の布をどけて、全員で固まって獲物を取りに行く。
ヒッソス鴨の敵意ある百以上の視線が向く。だが、ここで怖じ気づくと襲われる。
堂々と獲物を回収しに行かねはならない。また、獲物を回収する時も、ばらけてはいけない。弱いと見られるとヒッソス鴨に襲われる。
今回は皆が中堅ハンターで、ヒッソス鴨猟の経験者なので、事故は起きなかった。
そのあとも、ポイントを換えて、矢を射る。結果、皆が皆、ヒッソス鴨を手に入れた。
ランドルも二羽を仕留めた。鴨肉は熟成させる必要があるので、羽を毟って内臓を取り、外の寒気に二日ほど曝す。
この時季の気温なら、二日ではヒッソス鴨は腐りはしない。
翌日、今日も鴨を獲りに行こうかとすると、大将と若いハンターが話していた。
ハンターはがっかりした顔で帰っていった。
気になったので大将に尋ねる。
「何や、今の若いハンター? 食材を売りに来たわけでもないやろう。どないしたん?」
「ドムさんですね。うちの軒先で熟成させている鴨が黒鳥鴨か、と尋ねられたんですよ。なので、正直に、普通のヒッソス鴨だと教えたんですよ」
「黒鳥鴨の納品依頼を受けたんやな。それで、達成困難と後から知って、今になって、どうにか手に入れようと焦ったわけか」
大将が表情を曇らせて同情する。
「そのようですね。黒鳥鴨なんて滅多に手に入らない。入っても簡単には、わけてもらえない品なのにねえ」
ドムを助ける気はなかった。
だが、その日もランドルは鴨猟に出た。隠れて鴨を待つと黒鳥鴨がいた。他のヒッソス鴨に混じっていて、とても狙って獲れるものではなかった。鴨は二羽獲れたがどちらもヒッソス鴨だった。
次の日、ランドルは一人でヒッソス鴨の群れを観察した。
次の日も、次の日も、ランドルはヒッソス鴨の群れを一人で観察した。注目したのは黒鳥鴨だった。
ランドルは、つぶさに群れを観察していた。すると、黒鳥鴨が群れからはぐれた場面を目撃した。狙撃のチャンスとも思った。けれども、我慢して見守る。
黒鳥鴨は灰色の木に求愛行動していた。黒鳥鴨はしばらく求愛行動をしていたが、相手にされないとわかると群れに戻っていく。
灰色の木を凝視していると、灰色の木はゆっくりと動いていた。
(何や? あの木は流木にしては妙や。動いておる)
ランドルは不思議に思った。
ヒッソス鴨の群れが移動したのを確認してから、近づいて見た。
木が動いていた原因はわかった、
木はプラトータマミスと呼ばれるカバに似た魔獣の背中に絡みついていた。
(魔獣と共生する木か。デイトグローブの一種やな。でも、灰色のデイトグローブとは珍しいな)
ランドルは、ここで思いつく。
(このデイトグローブに黒鳥鴨が求愛行動をとる。なら、こいつで囮を作れば、黒鳥鴨をあの群れから引き離せる。群れから引き離せれば狙えるのう)
ランドルは一度、家に帰って睡眠弾を買う。
翌朝、湖に行く。灰色のデイトグローブを生やしたプラトータマミスを探す。
昨日と同じ場所にプラトータマミスがいたので、睡眠弾を撃ち込んだ。
プラトータマミスが眠ったところで、冷たい湖に入って行く。プラトータマミスの背中のデイトグローブを、ナイフでそっと外した。
こっそり家に、デイトグローブを持ち帰る。一日を掛けてヒッソス鴨に似せた囮を作った。
囮を岸辺に置いて隠れていると、ヒッソス鴨の群れがやってくる。
しばらく、様子を窺うと、群れから黒鳥鴨だけが一羽離れて囮に寄ってきた。
(やはり、黒鳥鴨は灰色のデイトグローブに惹かれる習性があったんや)
ランドルは弩で狙いを付けて黒鳥鴨を射った。ランドルは襲われないかと不安だった。だが、黒鳥鴨を捨てるわけにもいかないので、姿を現して取りに行く。
黒鳥鴨を回収しても、ヒッソス鴨は襲ってこなかった。
(何や? じっとこっちを見ておるのに襲ってこん。まるで、黒鳥鴨は仲間やない。せやから、気にせんみたいや)
ランドルは少しだけ黒鳥鴨が哀れに思えた。
(見た目がちょっと違っただけで、仲間と見てもらえんとは、こいつも可哀想な鴨やな)
ランドルは黒鳥鴨を獲れたので、ドムに売りつけようとした。
ハンター・ギルドで待つと、ドムが現れた。
「ドムはん、山海亭の大将から聞いたで。あんた黒鳥鴨を探しているんやて?」
ドムは素っ気ない態度で答えた。
「黒鳥鴨の納品依頼の件ね。あれ、難しいからキャンセルしたわ」
(若いもんは諦めが早いなあ)
「そうか。なら、ええわ。またな」
ランドルは黒鳥鴨の納品依頼がないか探ると、掲示がなかった。
(おや、誰かが完了した後か、しゃあない、この黒鳥鴨はわいが食うか)
自宅で羽を毟って大将に渡す。
「これ今日、獲った鴨。熟成が終わったら、出して」
あえて、黒鳥鴨だと伝えなかった。だが、大将はぴんと来た顔をした。
「わかりました。この鴨、ランドルさん用にキープしておきます」
二日後、山海亭で黒鳥鴨のローストをランドルは食べていた。
すると、常連の男が横を通りかかった。
「おや、ランドルさん、今日はヒッソス鴨かい? 美味そうだな」
「美味いで。やらんけどな」
常連が笑って頼む。
「そんなケチなセリフを口にしないで、一切れだけくれよ」
(酔っておるようやし、味なんて、よくわからないやろう)
「しかたないのう。一切れだけやで」
ランドルが許可すると、常連は黒鳥鴨のローストを一切れ抓んで食べた。
常連が驚きの表情をする
「こいつは、ヒッソス鴨じゃない。これは、黒鳥鴨だ! ランドルさんが獲ったのかい! この黒鳥鴨」
常連の言葉に、店の全員が注目する。
(おっと、まずい事態になったで。黒鳥鴨を獲る秘密の猟法がばれる。さらに下手したらわいの腕が知れる)
ランドルは嘘を吐いた。
「おお、さすがやな、味の違いがわかるか。でも、これは黒鳥鴨やないで。知り合いの養鶏家が交配させた黒鳥合鴨や」
ランドルは嘘がばれるかもと、どきどきした。だが、常連は嘘を信じた。
「なるほど、黒鳥鴨を使った合鴨か。どうりで、味が似ていると思った。黒鳥鴨なんて滅多に獲れない。だから、ランドルさんがどうして食べているか不思議だったんだよ」
「そういうわけや。交配が成功したら、黒鳥鴨に近い味が手軽に楽しめるのう」
「そいつは楽しみだ」と常連は笑った。
店の人間も笑った。ランドルも顔では笑ったが、心の中で汗を掻いていた。
(これは、早いうちに黒鳥鴨をもう一羽、生け捕りして、養鶏家に持っていかんといけんのう)
和やかなムードの中、山海亭は今日も平和だった。




