表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/35

十八品目 黒鳥鴨

 冬の寒い朝、ランドルは日課の体操をしていた。

 すると、仕入れから帰ってきた大将と遭った。


「おはようさん、だんだんと寒くなってきましたな」

 大将が微笑んで挨拶を返す。


「そうですね。そろそろヒッソス鴨が獲れる季節ですね」

「鴨鍋かあ、脂の載った鴨は、この時季の御馳走や」


 ヒッソス樹海には湖がある。冬になると、ヒッソス鴨が渡ってくる。ヒッソス鴨は狂暴で、自分より弱いと見ると集団で襲ってくる。なので、ヒッソス鴨猟はハンターの仕事だった。


「どうでしょう、ランドルさん。ヒッソス鴨を獲ってきてくれませんか?」

「ええで。ちょうど、わいも鴨鍋を食べたいと思っていたところや。挑戦するわ。そんで、運がよかったら、黒鳥鴨を撃って食うわ」


 ヒッソス鴨は茶色い。だが、百羽に一羽の割合で黒い鴨が混じっている。黒い鴨は黒鳥鴨と呼ばれていた。黒鳥鴨はヒッソス鴨より味が良いと評価され、珍重されていた。


 装備を調えて、ハンター・ギルドに行くと、鴨猟の仲間募集の依頼を見つけた。

 ランドルは(いしゆみ)を持って参加した。参加メンバーは八人。


 簡単な雑談をして、仲間内にヒッソス鴨猟の初心者がいないかを確認する。

 次いで、お互いに矢を見せ合い。どの矢が誰の矢かを確認する。


(初心者は、なしやな。なら問題ないやろう)

 ヒッソス鴨猟は集団で合図と共に行う。ここまでは、いい。だが、初心者は獲物を回収に気を取られて、集団から離れる場合がある。そうなると、ヒッソス鴨の大群に攻撃される。


 一度、攻撃を始めると、ヒッソス鴨は、なかなか攻撃を止めない。運が悪いと攻撃に遭った人間が冬の湖に落ちて事故死する。


(このメンバーなら、大丈夫なようやな)

 湖の畔に到達すると、地面に敷物を敷く。体の上から迷彩の布を掛けて隠れる。


 しばらくすると、ヒッソス鴨が餌を取りに浅瀬にやってくる。

「狙って、狙って」とリーダーが声を掛ける。


「三、二、一、ショット」

 号令と共に弩から矢を放つ。十本の矢が飛んで行き、七本が命中する。


 ランドルの射った矢も当たった。迷彩の布をどけて、全員で固まって獲物を取りに行く。

 ヒッソス鴨の敵意ある百以上の視線が向く。だが、ここで怖じ気づくと襲われる。


 堂々と獲物を回収しに行かねはならない。また、獲物を回収する時も、ばらけてはいけない。弱いと見られるとヒッソス鴨に襲われる。


 今回は皆が中堅ハンターで、ヒッソス鴨猟の経験者なので、事故は起きなかった。

 そのあとも、ポイントを換えて、矢を射る。結果、皆が皆、ヒッソス鴨を手に入れた。


 ランドルも二羽を仕留めた。鴨肉は熟成させる必要があるので、羽を毟って内臓を取り、外の寒気に二日ほど曝す。


 この時季の気温なら、二日ではヒッソス鴨は腐りはしない。

 翌日、今日も鴨を獲りに行こうかとすると、大将と若いハンターが話していた。


 ハンターはがっかりした顔で帰っていった。

 気になったので大将に尋ねる。


「何や、今の若いハンター? 食材を売りに来たわけでもないやろう。どないしたん?」

「ドムさんですね。うちの軒先で熟成させている鴨が黒鳥鴨か、と尋ねられたんですよ。なので、正直に、普通のヒッソス鴨だと教えたんですよ」


「黒鳥鴨の納品依頼を受けたんやな。それで、達成困難と後から知って、今になって、どうにか手に入れようと焦ったわけか」


 大将が表情を曇らせて同情する。

「そのようですね。黒鳥鴨なんて滅多に手に入らない。入っても簡単には、わけてもらえない品なのにねえ」


 ドムを助ける気はなかった。

 だが、その日もランドルは鴨猟に出た。隠れて鴨を待つと黒鳥鴨がいた。他のヒッソス鴨に混じっていて、とても狙って獲れるものではなかった。鴨は二羽獲れたがどちらもヒッソス鴨だった。


 次の日、ランドルは一人でヒッソス鴨の群れを観察した。

 次の日も、次の日も、ランドルはヒッソス鴨の群れを一人で観察した。注目したのは黒鳥鴨だった。


 ランドルは、つぶさに群れを観察していた。すると、黒鳥鴨が群れからはぐれた場面を目撃した。狙撃のチャンスとも思った。けれども、我慢して見守る。


 黒鳥鴨は灰色の木に求愛行動していた。黒鳥鴨はしばらく求愛行動をしていたが、相手にされないとわかると群れに戻っていく。


 灰色の木を凝視していると、灰色の木はゆっくりと動いていた。

(何や? あの木は流木にしては妙や。動いておる)


 ランドルは不思議に思った。

 ヒッソス鴨の群れが移動したのを確認してから、近づいて見た。


 木が動いていた原因はわかった、

 木はプラトータマミスと呼ばれるカバに似た魔獣の背中に絡みついていた。


(魔獣と共生する木か。デイトグローブの一種やな。でも、灰色のデイトグローブとは珍しいな)

ランドルは、ここで思いつく。


(このデイトグローブに黒鳥鴨が求愛行動をとる。なら、こいつで囮を作れば、黒鳥鴨をあの群れから引き離せる。群れから引き離せれば狙えるのう)


 ランドルは一度、家に帰って睡眠弾を買う。

 翌朝、湖に行く。灰色のデイトグローブを生やしたプラトータマミスを探す。


 昨日と同じ場所にプラトータマミスがいたので、睡眠弾を撃ち込んだ。

 プラトータマミスが眠ったところで、冷たい湖に入って行く。プラトータマミスの背中のデイトグローブを、ナイフでそっと外した。


 こっそり家に、デイトグローブを持ち帰る。一日を掛けてヒッソス鴨に似せた囮を作った。

 囮を岸辺に置いて隠れていると、ヒッソス鴨の群れがやってくる。


 しばらく、様子を窺うと、群れから黒鳥鴨だけが一羽離れて囮に寄ってきた。

(やはり、黒鳥鴨は灰色のデイトグローブに惹かれる習性があったんや)


 ランドルは弩で狙いを付けて黒鳥鴨を射った。ランドルは襲われないかと不安だった。だが、黒鳥鴨を捨てるわけにもいかないので、姿を現して取りに行く。


 黒鳥鴨を回収しても、ヒッソス鴨は襲ってこなかった。

(何や? じっとこっちを見ておるのに襲ってこん。まるで、黒鳥鴨は仲間やない。せやから、気にせんみたいや)


 ランドルは少しだけ黒鳥鴨が哀れに思えた。

(見た目がちょっと違っただけで、仲間と見てもらえんとは、こいつも可哀想な鴨やな)


 ランドルは黒鳥鴨を獲れたので、ドムに売りつけようとした。

 ハンター・ギルドで待つと、ドムが現れた。


「ドムはん、山海亭の大将から聞いたで。あんた黒鳥鴨を探しているんやて?」

 ドムは素っ気ない態度で答えた。


「黒鳥鴨の納品依頼の件ね。あれ、難しいからキャンセルしたわ」

(若いもんは諦めが早いなあ)


「そうか。なら、ええわ。またな」

 ランドルは黒鳥鴨の納品依頼がないか探ると、掲示がなかった。


(おや、誰かが完了した後か、しゃあない、この黒鳥鴨はわいが食うか)

 自宅で羽を毟って大将に渡す。


「これ今日、獲った鴨。熟成が終わったら、出して」

 あえて、黒鳥鴨だと伝えなかった。だが、大将はぴんと来た顔をした。


「わかりました。この鴨、ランドルさん用にキープしておきます」

 二日後、山海亭で黒鳥鴨のローストをランドルは食べていた。


 すると、常連の男が横を通りかかった。

「おや、ランドルさん、今日はヒッソス鴨かい? 美味そうだな」


「美味いで。やらんけどな」

 常連が笑って頼む。


「そんなケチなセリフを口にしないで、一切れだけくれよ」

(酔っておるようやし、味なんて、よくわからないやろう)


「しかたないのう。一切れだけやで」

 ランドルが許可すると、常連は黒鳥鴨のローストを一切れ抓んで食べた。


 常連が驚きの表情をする

「こいつは、ヒッソス鴨じゃない。これは、黒鳥鴨だ! ランドルさんが獲ったのかい! この黒鳥鴨」


 常連の言葉に、店の全員が注目する。

(おっと、まずい事態になったで。黒鳥鴨を獲る秘密の猟法がばれる。さらに下手したらわいの腕が知れる)


 ランドルは嘘を吐いた。

「おお、さすがやな、味の違いがわかるか。でも、これは黒鳥鴨やないで。知り合いの養鶏家が交配させた黒鳥合鴨や」


 ランドルは嘘がばれるかもと、どきどきした。だが、常連は嘘を信じた。


「なるほど、黒鳥鴨を使った合鴨か。どうりで、味が似ていると思った。黒鳥鴨なんて滅多に獲れない。だから、ランドルさんがどうして食べているか不思議だったんだよ」


「そういうわけや。交配が成功したら、黒鳥鴨に近い味が手軽に楽しめるのう」

「そいつは楽しみだ」と常連は笑った。


 店の人間も笑った。ランドルも顔では笑ったが、心の中で汗を掻いていた。

(これは、早いうちに黒鳥鴨をもう一羽、生け捕りして、養鶏家に持っていかんといけんのう)


 和やかなムードの中、山海亭は今日も平和だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ