十七品目 ジャスティン鮟鱇(後編)
その後も巨大ジャスティン鮟鱇が釣れないまま、三日目に突入した。相変わらず、綱には電気毒クラゲだけが掛かる。他の雇われたハンターは文句を言わなかった。でも、止めたそうだった。
ホークが三日目の夜に、うんざりした顔で意見する。
「なあ、もう、いいじゃろう。明日に引き上げよう。クラゲばかり獲っても意味ないじゃろう」
「でもなあ、子供たちを見ていると、ジャスティン鮟鱇はまだ掛かっとる。また、危険は去ってない。もう、一日だけやらしてくれ」
「金を貰っている手前、あまりしつこくは言えん。だが、気には止めといてくれ」
翌日、ぴたりと電気毒クラゲが掛からなくなった。そのまま、昼になる。
村から取り寄せた飯を五人で食っていると。綱がぐいと引かれた。
ハンターが面倒くさそうに発言する。
「どうせ、またクラゲだろう。大王牛だけでも充分だ」
ホークが腰を上げて、大王牛に軽く鞭を入れる。
二頭の大王牛が綱を引くが、大王牛は綱を引っ張れなかった。
「この引きは、ちゃうで。巨大ジャスティン鮟鱇が掛かったかもしれん」
ランドルは立ち上がって、綱を引く。他のハンターたちも飯を中断して綱を引いた。
大王牛二頭と大人が五人掛かりで引いても、綱は引っ張れなかった。
そのうち、騒ぎを聞きつけた子供たちが寄ってくる。
「おじさん、俺たちも手伝うよ」
「あかん。ここは危険や、離れていたほうがええ」
だが、大物に心を奪われた子供たちはランドルの声が聞こえない。
「それー、それー」と子供たちが声を上げて、綱を引く。
海中の敵とランドルたちの力は拮抗していた。そこに、ランドル側に十二人の子供たちの力が加わったので、綱は浜に引き寄せられる。
ずるずる、と海中から全長八mにもなる巨大ジャスティン鮟鱇が姿を現した。
巨大ジャスティン鮟鱇は海の中にランドルたちを引き込めなかった。すると、巨大ジャスティン鮟鱇は浜辺に腹を擦って直進してきた。
巨大ジャスティン鮟鱇が、口を開けて迫ってくる。子供たちは悲鳴を上げて逃げ出した。
ハンター三人が武器を取った。ハンターが、太刀で、ハンマーで、槍で、巨大ジャスティン鮟鱇を攻撃する。だが、どの武器も巨大ジャスティン鮟鱇に通じない。
(思ったより皮が固いか。それに、表面が粘液で滑る。これは並の武器では通用せん)
ランドルも鎖鎌で攻撃を試みた。だが、無駄だった。鎌は皮で弾かれ、分銅は体の表面を滑る。
ぶつ、綱が切れた。ジャスティン鮟鱇は自由になると反転して海の中に逃げて行った。
ホークが不安な表情を浮かべて寄ってくる。
「ランドルが心配した通りに、巨大ジャスティン鮟鱇はいたのう。やつは海中だけでなく数分であれば地上でも活動できるようじゃ。子供たちの釣りを禁止したほうがよいのう」
子供たちもャスティン湾に恐ろしいバケモノが潜んでいると理解した。
子供たちは釣りを中断して帰って行った。
「わいらも、いったん戻って解散やな。巨大ジャスティン鮟鱇がいると証明できた」
ランドルは電気毒クラゲの発電器官と毒袋を持って帰る。
村に着いたところで、ハンター三人とホークに日当を払う。電気毒クラゲの発電器官と毒袋は売れば金になる。それでも、ハンター三人分とホークへの払いを考えれば、完全に赤字だった。
(まあ、ええか、子供たちにジャスティン湾が危ないとわかってくれれば。それに魔魚がいるとわかれば、誰かが狩るかもしれん)
翌日、ハンター・ギルドに行くと目立つところに一件の依頼が貼ってあった。
内容は巨大ジャスティン鮟鱇のハントだった。
(誰ぞ、巨大ジャスティン鮟鱇を食いたいか、素材が欲しい、と考える奴が出たんか)
詳しく内容を確認する。素材は狩ったハンターのものだった。だが、成功時の報酬が極端に少なかった。
(成功報酬がやけに少ないのう。桁が間違っているやん。しっかり者のブリトニーはんにしては、珍しい)
気になったのでブリトニーに訊く。
「巨大ジャスティン鮟鱇のハントやけど、報酬の金額が間違っておるで」
ブリトニーが困った顔をして教えてくれた。
「金額は合っています。ただ、依頼主が子供なので、あの額しか出せないんです」
「浜で釣りをして稼ぎたい子供たちが集まったんか。そんで、なけなしの金を出し合ってハンター・ギルドに依頼を出したんか?」
ブリトニーは困った顔のまま内情を語る。
「そうなんですよ。でも、条件が悪くて、やり手がいないんです。私にできる仕事は精々ハンターさんの目に付く位置に依頼票を貼るぐらいです」
(子供いうても、稼いだ金の使い道を知っとるんやな)
「子供にしては見上げて態度や。よっしゃ、わいが引き受けたる」
ブリトニーは驚いた。
「いいんですか、ランドルさん。失敗すれば損。成功しても赤字ですよ」
「ええねん。自分で金を稼ぐ。脅威があればハンターを雇って排除する。そんで、また稼ぐ。ブレイブ村の子供らしいやろう。なら、その心意気を買ってやるわ」
ブリトニーは、ほっとした顔で頭を軽く下げた。
「わかりました。ランドルさんに覚悟があるのなら、お願いします」
日当でハンター三人を募集してから、ホークの家に行く。
「ハンター・ギルドに、巨大ジャスティン鮟鱇のハント依頼が出た。わいが受けたから協力してや」
ホークは軽く驚いた。
「依頼を出すなぞ、奇特な人間がおったものじゃのう。でも、どうする? 普通の攻撃は巨大ジャスティン鮟鱇には通じんぞ」
「それについては、勝算がある。ジャスティン鮟鱇は電気毒クラゲを明らかに避けておった」
「指摘されれば、電気毒クラゲが掛かっている間、巨大ジャスティン鮟鱇は現れなかった」
「せやろう。きっと巨大ジャスティン鮟鱇は電気とクラゲ毒が弱点なんや。電気銛と毒弾で倒す」
「毒を使う作戦は、いい。だが、毒を使ったら身は食えない。巨大ジャスティン鮟鱇の価値が、ずっと下がるぞ」
「ええねん。目的は浜から巨大ジャスティン鮟鱇の脅威を取り去ることや」
ランドルは取っておいた毒袋で弩用の毒弾を作る。
次に、発電器官をハンター・ギルドに物納する。
ハンター・ギルドから電気が流れる銛撃ち機を安く借りた。
子供たちが見守る中、浜に綱が設置される。大王牛は三頭、用意して行った。
綱を準備していると、年長の子供が真剣な顔で話し掛けてくる。
「依頼を受けてくれたから教えるけど、ジャスティン鮟鱇には獲れる場所に法則があるんだ。だから、出鱈目に仕掛けても釣れないんだ」
「何や、法則があったんか。どうりで、知らないわいが釣ろうとしても、電気毒クラゲだけ掛かるわけや」
子供が浜の一角を指さす
「今日は、あの場所に仕掛けるといいよ」
何の変哲もない海に見えたが、子供の意見に従った。
綱を設置して一時間。綱が大きく引かれる。
大王牛が三頭で引くと、海から餌に食い付いた巨大ジャスティン鮟鱇が現れた。
充分に浜に上げてから指示を出す。
「毒弾一斉射撃や」
三人のハンターの弩から毒弾が放たれる。
刃物でも鈍器でも通用しなかった巨大ジャスティン鮟鱇は苦しみ出した。
巨大ジャスティン鮟鱇は海中に逃げようとした。
ランドルは、すかさず電気銛に張り付く。
銛を巨大ジャスティン鮟鱇に撃ち込んで、電気を流した。
巨大ジャスティン鮟鱇は痙攣して、浜で跳ねた。
「いまや、毒弾をがんがん射ってくれ。畳み懸けるんや」
弩から次々と毒弾が射られる。
巨大ジャスティン鮟鱇は、どうにか海に逃れようとする。
ランドルは銛撃ち機ごと引き摺られそうになる。銛撃ち機を押さえて耐える。
二分後、巨大ジャスティン鮟鱇が大きく跳ねて、動かなくなった。
「ハント成功や」
冬の浜に子供たちの歓声が響いた。
ハンター・ギルドに巨大ジャスティン鮟鱇を運ぶ。
身を競りに掛けた。だが、ホークの予想した通りに、高い値は付かなかった。
苦い顔をするホークに、ランドルは声を懸ける。
「ええんや。これは、わいの自己満足みたいハントやから」
「ランドルが納得しているのなら、儂は何も言うまい」
ランドルは一風呂さっと浴びてから、山海亭に行く。
注文してないのに、鍋と唐揚げが出てくる。
「あれ、キャシーはん、これ、注文してないで?」
キャシーが笑顔で教えてくれた。
「子供たちから、勇敢なハンターさんへの、せめてものお礼だそうです」
「そうか、なら、美味しくいただくわ」
ランドルはジャスティン鮟鱇料理に舌鼓を打った。




