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十六品目・午睡のお茶(前編)

 冬が始まっても、エイドリアンの指揮する調査隊は、帰ってこなかった。

 ランドルはエイドリアンの能力なら心配ないと、樹海で採取をして暮らしていた。


 茶葉の詰まった袋を持って、市場に行く。リクソンと遭ったので、世間話をする。

「寒い風が吹いてきて、午睡のお茶が採れるようになりましたな」


 ヒッソス樹海には冬になると採れる、午睡のお茶と呼ばれる茶葉が存在した。

 リクソンが、しみじみと語る。


「午睡の茶葉が採れると、ヒッソス樹海もいよいよ冬ですね」

「そうやんね。昨日の辺りから競争や」


 競争とは、ハンター同士が奪い合う意味合いの他に、別の意味があった。

 午睡のお茶は、ヒッソス樹海に出る魔虫である昼寝バッタの好物でもある。


 昼寝バッタは全長二mにもなるバッタである。昼寝バッタの性格は大人しいほうだ。だが、餌を取られそうになると獰猛になる。なので、午睡のお茶を採取するには注意が必要だった。


 リクソンがうんうんと頷き、感想を述べる。

「うかうかしていると、午睡のお茶は昼寝バッタにみんな食われますからねえ」


「時間との勝負や。でも、そこがハントの面白いところでもある」

 銭湯に行ってから、山海亭に行く。


 さっそく、常連が午睡のお茶を飲んでいた。

 常連たちが、ほくほく顔で語り合う。


「寒くなると、やっぱり午睡のお茶だな」

「ほんと、ほんと、体がぽかぽかと温かくなるねえ」


 キャシーが柔らかな笑顔で、ランドルに訊く。

「でも、午睡のお茶って、変わった名前ですね」


「由来は偉い人がこのお茶を昼に飲んで、居眠りした故事から来とるんよ。または、昼寝バッタの餌で、この茶葉を食べた昼寝バッタがよう眠っているところから来とるのう」


 キャシーが目をぱちくりさせる。

「バッタさんが食べて眠くなるんですか?」


「そうやで。昼寝バッタの胃の中にある成分と午睡のお茶の成分が反応すると、気分よく眠くなるそうや。昔、偉い錬金術師のおっさんが講釈していた」


 翌日は晴れていた。ランドルは樹海深度一で午睡のお茶を採っていた。

 時折、感じる昼寝バッタの気配は避けていた。


「助けてくれー」と声がした。

(何や? 一般人が午睡の茶葉を目当てに樹海に入って、昼寝バッタと遭遇したか? しかたないのう、助けに行くか)


 ランドルは鎖鎌片手に助けに行く。村人が昼寝バッタに追い詰められていた。

 ランドルは昼寝バッタと村人の間に入る。


 バッタが天高く飛んで頭上から攻撃してこようとした時に、事件が起きた。

 空から真っ赤な翼長二十mの隼が急降下で現れた。隼は大きな脚で昼寝バッタを掴んだ。


(何や? あの魔鳥は、見た覚えがない)

 隼は捕まえた昼寝バッタをバリバリと食べ始めた。


「おい、あれは、まずい! 早く逃げるで!」

 ランドルが言うより早く、村人は大声を上げて、物凄い速さで走り出した。


「ちょっと、そんなに速く走ったら、逆に危ないで」

 ランドルは注意した。だが、村人の足は速く、見失った。


(完全に見失ってしもうたな、でも、深度一なら帰れるかもしれんなあ)

 キャンプ地から、飛竜便でブレイブ村に帰還する。


 村に帰還すると、ハンターたちが真面目な顔をして話し合っていた。

「ギルド・マスターが帰還したぞ。何やら、凶鳥の調査で進展があったってよ」


「近々何か発表があるだろうな」

(真っ赤な大きな隼の出現に、エイドリアン先輩の帰還。さっき見た隼が噂の凶鳥かのう)


 情報収集のためにハンター・ギルドに顔を出し、ブリトニーに話し掛ける。

「ブリトニーはん、そういえば、今日、樹海深度一で真っ赤な色をした大きな隼を見た。あれ、深度一に出るなら、危険やで」


 ブリトニーが曇った表情で告げる。

「ランドルさんが見た鳥は凶鳥です。明後日、ギルド・マスターが捕獲作戦を試みます」


「何や。もう、対処する計画があるんか。なら、安心やな」

 ランドルはエイドリアンが動くならばと、それほど心配しなかった。


(二日間、休みやと思うて、ごろごろするかのう)

 明後日の夜、ランドルは山海亭で常連たちと飲んでいた。


 常連たちが帰り、一人になったので、そろそろランドルも帰ろうとした。

「大将、お勘定」


 ランドルが金を払って帰ろうとした。店の扉が開き、エイドリアンが入ってきた。

 エイドリアンの表情は渋い。


 ランドルはエイドリアンの表情から凶鳥の捕獲が失敗したと悟った。

「大将、やっぱりまだ帰らんわ」


 ランドルは席に座り直した。隣にエイドリアンが座った。

 エイドリアンは適当に(つま)みを二品と酒を一杯、頼む。エイドリアンが語り出す。


「凶鳥の捕獲が失敗した。奴を甘く見た気はなかったんだがなあ」

「ハントである以上、失敗はありますわ。エイドリアン先輩が生きているのなら、またチャンスはあります」


 エイドリアンが厳しい顔で教えてくれた。

「凶鳥に罠は通用しなかった。眠り薬も、痺れ薬も、毒も駄目だった」


「正攻法しか効かんのなら、辛いですな。何せ、相手は鳥や。不利になれば、いつでも空に逃げられる」


 エイドリアンの顔は、どこまでも渋い。

「凶鳥は危険だ。特に深度一に出てくるのなら、早急に対策が必要だ」


「対策ねえ。そういえば、あの凶鳥、昼寝バッタを襲って食べていました。昼寝バッタをどんどん食べさせて、眠くさせる作戦は、どうでっしゃろう?」


「強い睡眠効果を持つ昼寝バッタを食べさせるか。睡眠薬は駄目でも、昼寝バッタの体に蓄積された成分なら、あるいは効くかもしれんな」


 エイドリアンは軽く一杯飲むと、帰って行った。

 翌日、ハンター・ギルドに依頼が貼り出される。


 内容は、昼寝バッタの生きた捕獲だった。

 ハンターたちが不思議そうな顔で話す。


「ハントの対象が昼寝バッタなんて、珍しいな。昼寝バッタの素材なんて安いぞ」

「素材目当て、ではないんだと。凶鳥の生き餌にするって話だ」


(さっそく、作戦開始やな。上手くいくといいんやけど)


 ランドルにも付き合いがある。鎖鎌を鎖ハンマーに持ち替えて、昼寝バッタを捕獲に乗り出した。

 ランドルは痺れ薬と打撃で、昼寝バッタの自由を奪う。捕獲したバッタは、六頭にもなった。

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