十五品目 黒鰐の肉(後編)
一休みしてから、スニークとハンター・ギルドの裏で会う。
ランドルは正直に打ち明けた。
「スニークはん。すっごい、ええ皮を持つ黒鰐がいた。せやけど、わいの火竜の首切りが通用せん。近づくと、気付かれる」
スニークは渋い顔をして教えてくれた。
「そいつは、黒鰐のラプーンじゃな。奴の皮を求めて、何人ものハンターが返り討ちに遭った」
「あっちゃー、名前持ちか。どうりで、強そうな黒鰐やと思うた」
魔獣の中には特別に危険な奴がいる。
ハンターは危険な魔獣には名前を付けて呼んでいた。
スニークは真剣な顔で言い添える。
「ラプーンの綺麗な皮なら、依頼主も満足するじゃろう」
「名前持の皮がええの? あれは簡単には獲れんで。火竜の首切りやない。その一つ上の技の無形一閃が必要や。せやけど、わいには無形一閃が使えん」
「なら修得して、是非ともラプーンを仕留めてくれ。エイドリアンは推していた。ランドルなら無形一閃を使えるくらいの技量はある、と」
「それは、買い被りや。あれは、エイドリアン先輩だからできる大技や」
スニークは意気込んで伝える。
「いや、お前なら。できる。依頼人にはラプーンの皮が手に入るかもしれんと伝えて待ってもらう」
「待って、待って。そんな大言壮語して、できなかったら問題や。ここは、普通の黒鰐の上等な皮を持って行こう」
スニークは叱った。
「何を戯言をほざく。ラプーンを放置すれば、どのみち多大な犠牲者が出る。なら、これを機に、狩ったほうがいい。無形一閃とて今のランドルなら、あと一歩で修得できる」
「わかった。わかったよ。やってみるよ。でも、修得できなかったら、諦めてもらうで。わいだって死にたくないからね」
(もう、エイドリアン先輩がいないのなら、面倒事を持ち込まんでほしいわ)
ランドルは武器を大戦斧鬼斬りの咢から、大太刀の龍殺し零式に交換する。
ランドルは大太刀を携えて、食料と水を持って深度三のヒッソス樹海に入った。
汗を流しながら、枯れた樹海を、ひたすら歩き回る。
誰にも邪魔されない静かな場所を探した。
高さ二十m、幅二mの滝が流れる、開けた場所を見つけた。
ランドルは滝を前にして、ただ心静かに座った。
最初は雑念が頭をよぎる。次いで、滝の音、風の音が心を動かす。
座り続けると、渇きと飢えを覚える。それでも、石の上で、ただひたすらに座り続けた。
エイドリアンの言葉が浮かぶ。
「滝を斬れ、ランドル。無形一閃は決まれば、自然といえど切断可能な大技。その速さ、神速にして不可避。気付いた時に勝負は決まる」
陽が昇り、陽が沈み、また陽が昇る。その内、飢えは消え、渇きが止んだ。
樹海の風に呼吸を感じ、滝の流れに囁きを感じた時、やれると思った。
ランドルは大太刀を手に持ち、滝に向かい合う。滝を目掛けて一撃を下から上に放つ。
滝を流れる水の流れが、下から上に真っ二つに斬れた。
ランドルの見た光景は飢え、渇き、寝不足による幻かもしれない。
だが、ランドルは滝の流れが上から天に向かって一直線に斬れる光景を見た。
「ほんまにできたわ。これが本物の無形一閃なら、ラプーンを斬れる。偽物なら、わいが食われる。勝負の時やな」
ランドルは一度、ブレイブ村に帰って、風呂に入って軽く食事をする。
再びキャンプ地に降り立ち、大太刀を担ぐ。
ニックが不安な顔をして、声を懸ける。
「ランドルさん、月並みの言葉で申し訳ないですが、お気を付けて」
「今回は、きちんと狩ってくる。信号弾を見逃さんといてや」
ランドルは秋の空の下、ラプーンが寝床に向かった。
ラプーンは前回と同じ寝床にいた。ラプーンの寝姿は以前と変わらず悠然としていた。
(憎らしいくらい悠々としとるのう、まさに自然と一体やな)
自然に決まった形はない。形がないゆえ、本来なら切れず、壊れもしない。
そんな、形のない事象ともいえる相手を斬るのが、ハンター技の無形一閃だった。
ランドルは大太刀を抜き、両手に構える。じりじりとゆっくり距離を詰める。
距離が詰まって行く。ラプーンとの距離が三mにまで来た時だった。
ラプーンの尾が襲ってきた。
(ラプーンの尾が伸びた? ちゃう、あまりにもラプーンの攻撃が早くてそう感じただけや)
瞬間的に右後方に、ランドルは避けた。
避けたと思った時には、大きく開いたラプーンの口が目前だった。
(早い、早過ぎる)
ラプーンの口がそのまま、ランドルを飲み込む。暗黒からの月明かりが見えた。
ランドルを飲み込んだ口は、そのまま頭だけになり、地面に突き刺さった。
意識する前にランドルは動いていた。
ラプーンが口を開いた時には、大太刀がラプーンの首を刎ねていた。
(なんや、まるで、大太刀を振るった感覚がない。手応えもない。ただ、ラプーンの首が落ちているから、わいの仕業なんやろう。無形一閃、なんて、恐ろしい技や)
ランドルはラプーンを倒した喜びより、制御できない力の怖さが先だった。
ラプーンの口から這い出た。ランドルはラプーンの血で全身が真っ赤だった。
ハント成功の信号弾を上げて湖で血を洗い流した。
後始末をニックに頼んで、キャンプに戻る。飛竜便でブレイブ村に帰った。
家に帰ると、ラプーンに殺されそうになった恐怖と、無形一閃の威力に、体が震えてきた。
ランドルは朝まで震えると、朝風呂に行く。朝風呂を浴びると震えが止まった。
ベッドに横たわっても、すぐに眠れなかった。だが、いつの間にか寝ていた。
起きると夕方だったので、山海亭に顔を出す。
キャシーの変わらぬ笑顔がランドルも迎える。
「こんばんは、ランドルさん、寒くなってきましたね」
キャシーの言葉で緊張が解ける。
「ああ、そうやな。もう、秋も、しまいやな」
「そうそう、今朝、市場に珍しく黒鰐の肉が入荷したんですよ。今の時季だと熟成するのに二日掛かります。ですが、二日後には黒鰐の鍋料理が食べられますよ」
ランドルは素知らぬ振りをして返事をする。
「誰かが狩ったんやな。二日後を楽しみに待つわ。さて、今日は何を貰おうかのう」
キャシーがにこにこ顔でお勧めする。
「今日は常連さんから栗を貰ったので、栗ご飯がお勧めですよ」
(わいがラプーンと戦っている間に栗を拾ってきた常連がおるんか。まあ、それもええやろう)
「なら、栗ご飯を貰うわ、あとホット・ワインや」
ランドルは気を取り直して注文を出した。
 




